5日前に私の誕生日を祝い、その日の勢いで灰原に告白をしたら嬉しい返事を貰って、付き合いを始めた。
それでも何かしら特別な変化はなく、世間一般的には夏休みという時期でも高専の学生寮で灰原と共に出されている課題と報告書を片付けていた。
「暑いねぇ」
「冷房は効いてるはずなんだがな」
「一旦休憩しよ!冷たいおやつ作ったんだよねぇ」
そう言って立ち上がって冷蔵庫の方に足を進める灰原の後ろ姿を横目で見てから、向かいに座っていた灰原の方に置かれている小さな本へと手を伸ばす。
課題の一つの中に読書感想文という夏休みの宿題としては定番のものがあった。
普段から本を読む私自身は特に困る事はなく、比較的短めの小説の感想をまとめ上げて終わらせた。灰原も私に比べたら少ないとは言えど、本を読むことに抵抗がないはずなのに今回だけは随分と時間をかけていた。
灰原が時間をかけて読んでいる本が気になり、その本を掴んで表紙を見たら有名な文学者の名前と共にタイトルが書かれていた。
作品は、葉桜と魔笛。
私自身はあまり馴染みのない小説に目を丸くし、栞が挟まっている箇所より前の部分を流し読みをした。挟まれている栞は残り数ページというところに居たから、物語自体は読み終えているのだろう。
「お待たせぇ!炭酸ゼリーに挑戦してみたんだぁ・・・・・それ、気になる?」
「いや、意外な作品を読んでるなと思って・・・・」
「そうかな?それ、僕は好きな作品だよ」
読書感想文の課題に出たときにまた読みたくなったんだよねとからからと笑いながら、麦茶が入ったグラスと共に持ってきたものは透明な器に入れた透明なクラッシュゼリーの中にみかんの果実が泳いでいた。見た目からも涼し気なおやつを前にして、流し読んでいた本を閉じてその器を両手で掬うようにして持ち上げてから左手の上に収め、器の傍らに置かれていたスプーンを右手で掴んで中身を掬って口に運んだ。
口の中に入る冷たいゼリーは舌の上に乗ったらシュワシュワとした炭酸の刺激を感じ、喉に通る時にはほのかな甘さを感じて、その炭酸と甘さが求めていたようにもう一度と味わおうとスプーンをまた器の中に入れる。
「姉さんの妹を想って書いた嘘の手紙がまた不器用だけど素敵でね・・・・」
「へぇ・・・・」
「特にここの短歌、僕これが大好き」
そう言って本を開いて指さした部分は手紙の内容である一文だった。
――待ちて待ちて ことし咲きけり 桃の花 白と聞きつつ 花は紅なり
「短歌の部分、ですか?」
「うん!これの意味分かる?」
見せている本を手に取り、その部分を目で何度もなぞっても意味が浮かび上がることはない。いくら読書が趣味といえど、短歌は専門外だ。
それでも眉間にシワを寄せて最適解を見つけようとする私を見て、灰原はくすくすと控えめな笑い声を上げてやっと意味を口にした。
「待ちに待った桃の花が今年も咲いた。その花は白と聞いていたけど、実際は赤の花が咲いたよって意味だよ」
「へぇ・・・・」
聞いた内容は特になんてこともない外で見たものなのだろう。
白だと聞いていた桃の花が、赤だったという。本当になんの他愛もないもの。
それを好きだという灰原の言葉の意図が分からず、首を傾げているとカランとガラスが涼しげな音を立てた。
「それはね、愛の短歌なんだよ」
「愛の・・・・?」
「そう。愛の短歌」
なんとも謎掛けのような言葉にまた頭が沸騰するような感覚を覚え、ゼリーを口に運んで体の中から冷やしていく。
半分ほど食べ終えたときに手を付けていなかったもう一つの器から灰原の手で半分ほど映され、また最初の時のような量に戻った中身をまた口に含む。
「桃の花は気立ての良さとかチャーミングという花言葉があるんだけど、実は別の意味があるんだよ」
「別の?」
「うん。桃の花はね・・・・」
そう言って人差し指を私の胸の中心に突き立てるように腕を伸ばし、トン・・・と軽い衝撃と共に胸の中心に当たる灰原の指先から視線をすべらせて灰原の顔を見る。
外の暑さで頬をほんのりと赤くさせた灰原が、少しだけ潤んでいるかのように揺れる目でじっと見つめている。
本当に頬の赤みは暑さからかと疑問と期待を抱えながら言葉の続きを待てば、その後の言葉に自身の熱も上がった。
「私は貴方のとりこ・・・・って意味があるんだ」
「貴方の、とりこ・・・・」
「うん。これを短歌に入れるなんて、すごい愛情だよね!」
そう言って伸ばしていた手を引っ込めて、両手で自身の顔に向かってパタパタと仰いで風を送っている灰原の手を掴んで自身の方へ引き寄せた。
「それを、なぜ私に教えたんですか?」
「なんでだと思う?」
「私にとって都合のいい解釈でもいいなら」
「いいよ。答え合わせする?」
からかうような言葉を並べる唇を自身の同じもので塞ぐようにして口付けて、それを答えとして示した。
遠くてまたカランと涼し気な音が聞こえて、ゆっくりと離した唇に少し塩っ気を感じた。
「・・・・合ってるか?」
「・・・・・大正解」
そして、もう一度触れ合った唇はさっき食べていた炭酸ゼリーの甘さを含んでいた。
その後は自身の欲まで刺激され、付き合って5日しか経っていないのにもう性器をすり合わせて熱を吐き出すような行為もした。
「あっつ・・・・」
外の暑さとは違う熱で喉の渇きを覚え、ぬるくなった麦茶を一気に飲んで喉を潤していく。完全にぬるくなっておらず少しだけ冷たさが残っていたようで、少しだけ頭が冷えて性欲も落ち着いてきた。
落ち着いたことで少し下げていた下着とズボンを上げて履き直し、フローリングに寝転がっている灰原の腹の上に残る白濁としたものをベッド端に置かれていたティッシュで丁寧に拭っていく。
「わぁ、豪快」
「別に普通だろ。灰原も飲むか?」
「ねぇ、二人っきりなんだから、名前で呼んでよ」
「っ・・・・ゆ、ぅ・・・・」
「はぁい」
「む、麦茶飲むだろ!」
「麦茶よりゼリーが食べたい。食べさせて」
上半身を起こして口をぱかりと開けて待っている灰原の姿を見ていたが、すぐに自身の手から食べさせなければいけないと言うことに気付いてまた熱が頭の先まで上がってきた。
「なっ・・・・!!」
「けーんーとー。あー」
「ぐっ、うぅ・・・・!!」
震える手で器に入れたままだったスプーンの持ち手を掴み、自分が食べた時より少なめの量を乗せて開いたまま口に運んだらかすかな振動と共に口が閉じてから顔を引いてスプーンの先が口から出てきた。
「ん〜!美味しく出来た〜!!」
「それはよかった・・・・」
「おかわりもあるよ?」
「今はいらない」
「なんだ、残念」
左肩に自分より高い体温と重さを感じながら、自身の方に残っているゼリーを口に運んで飲み込んでいく。
遠くで蝉の鳴き声が聞こえる、そんな夏の日の昼間の何気ない日々に私は恋人の今まで知らなかった一面を炭酸とほのかの甘みと一緒に知った。
余談として、灰原は本当にその本で読書感想文を書き上げて提出したらしく、その内容と選んだ本が意外性を呼んで教師の間で噂になったらしい。
「本当は宮沢賢治も考えた」
「作品は?」
「銀河鉄道の夜」
「また噂になりそうな作品を・・・・」