白無垢の恋「将を射んと欲すればまず馬を射よ!というわけで灰原くん、対戦よろしくお願いします!」
とある秋日和の朝、登校してきた灰原を見知らぬ女子が教室で待ち構えていた。リボンの色から察するに三年生。入学してから約半年、決闘を申し込まれる謂れはなかった。
「あの…決闘じゃないので話だけでも聞いてもらえたら…」
後ろから小声で話しかけてきたのはクラスメイトの女子生徒。三年生との関係性を聞くと同好会の先輩後輩だと答えた。
「同好会?」
「そう!我らが被服同好会!今度の文化祭でファッションショーをするんだけど、それに七海くんに出てほしいと思って君のところに来た!」
「…だったら僕じゃなくて七海の所に行けばいいのでは?」
「彼にはあっさり断られたよ!」
「…だから『馬』の僕の所に来たと」
「ご名答!君に説得してもらえば彼も了承してくれると思ってね!」
馬扱いは別にいい。だが、自分と七海の関係が他学年にまで知られているのが気になった。隠してはいないが大っぴらにもしておらず、逢瀬が隔離された十組で行われているのもあって、二人の関係性を知っているのは自分や七海のクラスメイトくらいだと思っていたのに。何かやらかしたかなと考え込んでいると、先ほど小声で声をかけてきた女子生徒が疑問への答えを口にした。
「先輩が七海くんに話を断られたって聞いて、うちのクラスに七海くんの恋人がいるって話をしちゃったばかりに…ごめんね…」
「そういうことか」
原因がわかればなんてことはない。謝り倒す女子生徒に気にしないでと言葉をかけた後、改めて三年生へと向き直る。
「七海が嫌がっていることを僕が無理強いするわけにはいきませんので、お断りします」
クオーターなこともあり華のあるその容姿。だがそれに反して彼自身は目立つことがあまり好きではない。昔からそうだった。そんな彼の気質を灰原はきちんと尊重したいと思っている。
「ちなみに、七海くんには狐の嫁入りと称して白無垢を着てもらう予定です」
「説得はまかせてください!」
灰原だって健全な男子高校生。恋人の花嫁姿を見たいか見たくないかと聞かれれば、見たい!というわけで、先の発言を撤回、協力する流れとなった。
***
「絶対嫌です」
昼休み。いつも通り灰原を膝に乗せた七海は三年生に対して無情に言い放った。
「本当に?」
「嫌です」
「僕、七海がおめかしした姿見たいんだけど、それでもダメ?」
「おめかしって…。そもそもなんで白無垢で私を指名するんですか?普通に女子でいいでしょうに」
「普通のもの作ってもつまらないじゃない!」
「…じゃあ、灰原に着せるのは?」
「灰原くんは狐ってかんじじゃないからね。愛嬌がありすぎて」
「わかる」
「狐なら七海のほうが適任だよな」
「うるさいですよ」
騒ぎ出した外野を諌める七海に、灰原が攻めの一手を出す。
「七海、お願い…!」
「…っ!」
七海の反応が変わった。あと一歩である。
「ショーが終わったら文化祭の終了時間まで衣装貸してあげるから、灰原くんにも着てもらったら?」
「やりましょう」
七海とて健全な以下略。完全に三年生の手のひらの上で踊らされた二人であった。
***
なお、当日はファッションショーの後に七海は同好会の関係者に囲まれてしまい、灰原が白無垢を着ることはなかった。
「ごめんね」
「許しません。この白無垢ください」
「これは私の渾身の作品だからダメだよ。でもそうだな…わたしがこの業界で一人前になったら、灰原くん用の白無垢を作ろう。これで許して?」
「…わかりました」
約束ですからね、と念を押した七海の執念をこの時の彼女は知らなかった。
***
しばらくして
「いや、事務所設立の時に花が来た時はまさかと思ったけど、本当に依頼しに来るとは…」
「約束ですから」
「にしてもまあ…随分と男前になっちゃって…」
「恐縮です」
「いや本当に、どうやったらお狐様がゴリラになるの?男子って十代後半にも成長期があるかんじ?周りの誰もBボタン連打しなかったの?わたし筋肉にあんまり興味ないんだけど」
「安心してください、灰原はムキムキじゃありません。相変わらず小さくて可愛いですよ」
「百八十超えのゴリラが言う『小さくて可愛い』ほど信用できないものはないんだよ。というかやっぱり灰原くんの白無垢作成でいいのね今回!?」
「もちろんです」
***
後日
「お久しぶりだね灰原くん!早速だけど、対戦よろしくお願いします!」
「…馬子にも衣装とはいいますけど、僕に白無垢は似合わないですよ」
「馬扱いしたの根に持ってる?」
若手の新星デザイナーと灰原のバトルの勝敗は、依頼主の男のみぞ知る。
***
大人の七海は前世を思い出した上でのこの奇行