記憶すらも共有したくないほどに「最期に呼ばれるまで、七海は僕のことなんてすっかり忘れているものだと思ってたよ」
「何故?」
空港にて。隣に座る七海は心外だという顔でこちらを振り返る。出会った頃から彼は考えていることがすぐに顔に出るタイプだった。
「だって、僕の話を全然しなかったでしょ?僕のこと知らない人にはもちろん、五条さんたちでさえ」
七海は殊更昔の話をしなかった。だから、七海に僕という同級生がいたことを知る人は少ない。しかも、知っている人に対しても、僕のことを思い出して語りだすということはなかった。
「…大抵の人にはギムレットで察してくれたんだがな」
「七海がよく飲んでたお酒?」
「ええ」
お酒に何が?と首を傾げると、どこから取り出したか携帯を操作しこちらに画面を見せるそこに書いてあったのは。
「カクテル言葉?オシャレだね!って…」
「…」
その意味を理解して、自分を思ってこれを飲んでいたのかと確認しようと七海の顔を見ると、その頬は赤く染まっていた。
「いやでも、これで僕のことだって断定はできないよ!」
食事の席、酒の席、いろんな場所でだわいない話をする中、昔話に花を咲かせる周りに、七海は自分のことだけは話さなかった。
「…たまにはみんなに僕のこと思い出してほしかったのに」
「だからだ」
「何が?」
「話題に出すと、皆が灰原を思い出す。知らない人間なら興味を持つだろう。それが嫌だった」
「嫌?」
「灰原が私に向けた声、表情、感情。全部私だけのものだ。誰とも共有なんてしたくなかった」
そんなことをまっすぐこちらを向いて言うから。
「うわあ…」
そんなわけないのに、なんだか勘違いしてしまいそうで。
「僕、七海からすごく愛されてるような気になっちゃうよ」
「何を今更」
今日の七海は距離が近い。今だって、腰に手が回って耳元から声がする。
「私だけのものにしたいと思うくらいには恋焦がれていたんだ、もちろん今も、その気持ちは変わらない」
それは、独占欲と言うには重たい感情の吐露だった。