安息の地 窓に流れ込む雪はガラスの端から塵のように積もっていく。いくらか重なり合ったそれは、ぱらりと壁を伝い地面に落ちた。
「……ファウスト?」
雪風が轟々と荒む雪の音も聞こえない、あたたかな部屋。そこには、ベルベットの膝掛けに倒れ込む弟子の姿があった。膝の上で開かれた本は、フィガロが昨日渡したばかりの古書である。ページの進み具合から、彼が夜ふかしをして読み進めていたことは明確だった。
「全く……」
気の張った真面目な表情に比べ、今の彼は年相応のあどけなさを残す。髪を梳くように指を通すが、彼は少しだけ身じろぐだけだった。
「ちゃんと、寝てるなぁ……」
くぅ、くぅ。
耳をすませば、小さくて静かな寝息が聞こえてくる。フィガロは、くるりと指先を回し、柔らかな膝掛けを用意した。
魔法なら一瞬。それでも、彼は自らの手で布を広げる。カツ、カツと靴音を立てるものの、彼は未だ夢の中の住人だ。
「おーい、ファウスト。殺されちゃうよ」
北の国では、隙を見せれば殺される。フィガロも、そうやって過ごしてきた。
だからこそ、己の目の前で無防備に眠る魔法使いなど何百年ぶりだろうか。白いブラウスを覆うように、肩からそっと布をかける。
気のせいか、顔が少しだけ綻んだ気がした。
「……まあ、いいか」
ここは安息の地。飢えた魔法使いにも、荒れた天候にも、小賢しい人間にも、誰も邪魔することはできない空間。
フィガロのお気に入りの場所だった。