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    あいぐさ

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    あいぐさ

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    寂しげなゆるいフィガファウ
    ※ワードパレット「映画」をお借りしました!

    黄昏に祈れ 飲もうと思って何百年経った飲んでいない酒を飲んだ。読もうと思って何百年経った読んでいない本を捨てた。 
     少しずつ、少しずつ持ち物を整理していく。酒瓶を隠す場所は減り、部屋はいつのまにか風通しがよくなった。ルチルの絵を飾ったり、ミチルからもらった小瓶を置くスペースが増えた。
    「……よし」
     その日も、フィガロは一人部屋の掃除をしていた。フローレンス兄弟は中央の国へ遊びに行き、レノックスは鍛錬のため朝から出かけている。怪我人もおらず、平和な一日だ。だから掃除をして、何事もなく終わるつもりだった。
     少なくなった本を机に積み上げていると、ふと扉をノックする音が聞こえる。
    「はいはーい、どうぞ入って」
    「……」
     帽子のつばを下げながら入ってきたのは、ファウストだった。彼がこの部屋に来るのは珍しい。誰かが怪我をしたときぐらいしか、彼はフィガロを頼らないのだ。
     気まずそうに一歩部屋に入り、ファウストはゆっくりと口を開く。
    「賢者が呼んでいた。確かに伝えたからな」
     要件だけを言い、彼は踵を返す。いつも通りだ。今日もそうだと思っていた。
     しかし、ファウストは背を向けることなくゆっくりとフィガロを見つめる。部屋を遠慮なく見回して、不思議そうにつぶやいた。
    「……何をしている?」
    「うん? 掃除だよ」
     フィガロは机の本を見て、ゆっくりと笑う。その途端、ファウストは苦虫を噛み潰したような顔をした。
     彼には分かったのだろう。フィガロが、未来に向けて準備をしていることを。誰も救いの手を差し伸べることができない、己の運命を静かに受け入れていることを。
    「そうか」
    「整理できるときにしておかないとね」
     いつ石になるか分からないから。そう続けようと思ったが、フィガロは口を噤む。目の前にいる彼が、手のひらにあとがついてしまうほどに拳を握りしめていたからだ。
     過去にはもう戻れない。フィガロ様と呼び、素朴な笑顔を見せる革命を志す少年は消えた。
     そこには、黒い服を纏った呪い屋がいるだけだ。
    「ねえ、ファウスト」
     立ちすくむかつての弟子は、重々しい服をゆらりと揺らす。澄んだ紫の瞳は今も変わっていない。
    「きみは、俺のために泣いてくれる?」
     その途端、ファウストから憤りのこもった強い視線が注がれる。明らかな嫌悪に、彼は困ったように笑うしかない。
    「……ふざけるな。そういう冗談は嫌いだ。大嫌いだ」
     静かに、まるで怒りを抑えるかのようにファウストは言い切る。今度こそフィガロに背を向け、ファウストは部屋を出て行った。
    「はは……、また怒らせちゃった」
     乾いた笑いは、物が少なくなった部屋ではよく響く。

     いつかの日、きみからは涙さえあればいい。
     ずいぶんと欲がなくなったみたいだった。
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