まわる 屋外での修行中、不自然な風がフィガロの長いケープを揺らす。
「……フィガロ様?」
淡い紫に発光する魔法で描かれた陣は、ファウストの気が緩んだ隙に寒い空気へ溶けていく。あっ、と困ったような顔をした彼に、フィガロはゆるりと笑った。
「あぁ、ごめんね。全く、いつも急だな……」
フィガロ様は偉大な魔法使い。だから、ときどきこうして思いもよらぬところから呼び出しがかかる。
「いえ、お帰りをお待ちしています」
ファウストが手を差し出すと、フィガロはありがとうと礼を言う。そして、その両手にずっしりと重いケープを置いた。
「夜までには帰ってくるからね」
「分かりました!」
上等な生地に皺がつかないように、長い裾が地面につかないように。ファウストはしっかりと抱き上げ、丁寧に頭を下げる。
ファウストが見たことのない陣を描き上げたフィガロは、ひらりと手を振り、白色の雪景色に溶けていった。
「……寒い」
動かなくなった途端、北の国の寒さがじんじんと身体に染み込んでくる。白い息を吐きながらフィガロの邸宅に戻ったファウストは、玄関先でようやく一息つく。
「《サティルクナート・ムルクリード》」
魔法を使い、先ほどまで丸め込まれていたケープをゆっくりと広げていく。雪やシワも温かな風を当てることで、簡易ながら手入れも欠かさない。
最後に目視で全てを確認し、ラックにかければ終了だ。
「……」
しかし、その日は少しだけ欲が出た。
いつもならハンガーにかけるケープを、ファウストは軽く宙に浮かせる。先ほどまで教えてもらっていた魔法だ。フィガロとファウストとではどうしても身長に差がある。こうしなければせっかくきれいにした裾が汚れてしまうのだ。
ヒラヒラと浮くケープを前に、ファウストは一歩進む。
そして、上質な布地を手に取り、そのまま身にまとった。
首元のボタンを閉めると、スッとした爽やかでどこか大人びた匂いが鼻を通りぬける。これがフィガロの香りであることは、家に住むファウストはもちろん知っている。
肩からずっしりと圧を感じながら、ファウストはそっと自身の魔法具を取り出した。
鏡の中に映るのは、厳かな師の衣服を見にまとった未熟な己の姿。クルリと周る、浮かれた己の姿。
悪いことをしている、いけないことをしている、それでも、それでも。
ファウストは、もう一度、ゆっくりと鏡の前で回った。