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    あいぐさ

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    あいぐさ

    ☆quiet follow

    一瞬でモブ北魔女に気に入られるファと、そんな彼を後方腕組みで見つめるファの話。ゆるーくフィガファウ

    若紫 授業で使いたい薬草がある。修行の息抜き、そして経験も兼ねて、フィガロはファウストと共に摘みに行くことにした。
     薬草が自生する場所は、北の魔法使いらしい、傲慢で強い魔女の保護する村だ。挨拶に訪れたフィガロを見ても、彼女は強気な姿勢を崩さない。
    「あら……」
     しかし、ファウストには違った。

    「ファウストのおかげだよ、ありがとうね」
    「いえ、僕は何もしていないので……」
     荒れ狂う空でも箒の上で優雅に足を組むフィガロ。両手でしっかりと箒を掴むファウスト。
     師匠に褒められ、真面目な弟子はゆるゆると首を振る。
     実際、彼は本当に何もしていない。魔女に挨拶をしたぐらいである。
     それなのに、硬化な態度を続けていた魔女はぽっと頬を染め、ファウストの手に薬草を握らせた。そして、フィガロには相変わらず嫌そうな顔をしたまま、ふわりと姿を消してしまったのだ。
    「俺は嬉しいよ。こんなにも魅力的で優秀な弟子を持つことができて」
     顔か、才能か、礼儀か、それとも違う何かか。どこか琴線に触れ、北でもそこそこの強さを誇る魔女に気に入られたらしい。
     見るだけで魅了されてしまうなんて、ハニートラップみたいだ。しかも天然ものときた。面白くて、楽しくて、なんだか嬉しくて、なんだか歌ってしまいたいぐらいである。
    「あの、フィガロ様……?」
     しかし、ファウストは困惑していた。いつもの威勢の良さも、ハキハキとした物言いも身を潜めている。自分の知らぬ間に、都合よく物事が進んだことに、違和感を覚えたらしい。
     きっと、そういうところだ。誠実で、謙虚で、義理堅い。あの魔女も、随分と見る目がある。
    「いいよ、気にしないで。ほら、前を見て」
     どうかそのままでいてほしい。彼の成長はもちろん望むが、どうか、魅力の先にあるひねくれには無縁のままで。彼には真っ直ぐ育って欲しいのだ。
     白い雪、強い風、寒い空。未だ飛ぶのを慣れていないファウストは、フィガロの言葉にぎゅっと箒を握りしめる。そんな動作すら本当に愛らしくて、そして可愛らしい。弟子とは、こんなにもいいものだったとは知らなかった。
     きっと、彼は素晴らしい魔法使いになるだろう。いいや、そうしてみせるつもりだ。ファウストはやる気も才能もあり、フィガロの言葉にも真摯に耳を傾ける。
     理想通りなのだ。あらぬ疑いをかけてしまうほどに。本当に、何もかも。
    「帰ったらすぐに修行に取りかかろう。それとも、休んだ方がいい?」
     答えなど、もちろん分かりきっている。顔を引き締めたファウストは、いつも通りの大声で、フィガロの問いかけに答えた。
    「いいえ。本日もよろしくお願いします!」
     透明な声に、空気がビリリと揺れる。
    「あはは、そうだね」
     元気で真面目な声は何度聞いてもいいものだ。
     若いって、いいな。フィガロは、心底楽しそうに笑った。

     人当たりの良い笑みに騙されてはいけない。何人の魔法使いが、彼によって石へ姿を変えたのだろうか。
    「やあ」
     魔女は、一瞬のうちに魔道具を出した。
     フィガロ、話が通じる方ではあるが、都合が悪くなれば一切の容赦をしない。北の国での常識だ。
    「おいおい、挨拶にきただけなのに。ほら、ファウストも」
     一人でも強大な力を誇るのに、連れまでいるのか。自分の命の心配をしながら、彼女は隣の魔法使いに目を向ける。    
     そこには、フィガロや魔女よりもうんと若い青年が立っていた。
    「ファウスト・ラウィーニアと申します。フィガロ様の元で授業をしている者です。突然押しかけた無礼を、どうかお許しください」
     決してへりくだらず、しかし尊敬の意を忘れず。ウェーブのかかった髪を揺らし、彼はゆるりと頭を下げた。
     バイオレットの瞳は、彼女のお気に入りの宝石のよう。真摯な姿勢は、彼女の好きだった強い魔法使いのよう。 
     まだ、北の地に慣れていないのだろう。頬の辺りがほんのりと赤くなっており、すぴと鼻が動いた。
     その瞬間、魔女はどうしようもない感情に襲われた。うっかり隙を見せてしまいそうなほどに、彼に目も心も奪われてしまったのだ。
     北の魔法使いは、よくも悪くも純粋だ。
     だからこそ、相手の悪意や善意を鋭い。特に、彼女のような強く用心深い魔女は、いつだって相手の心の変化には機敏だった。
     だからこそ、こんなにも綺麗で澄んだ相手には会ったことがなかったのだ。
     相手を蹴落とすことも、消すことも、石にすることも、きっと彼は考えていない。ただ、薬草を貰うために、純粋に挨拶に来たのだ。
     隣で笑ういけ好かない魔法使いは嫌いだが、ファウストのことは気に入った。それも、大層。
     加護と、祝福と、それからなるべく綺麗なものを。一瞬で用意したそれを、魔女はファウストに握らせる。
     決して、油断はしない。彼の隣にいる魔法使いは、本気を出せば魔女を一瞬で無に返すことができるからだ。
     指先が、彼の冷たい手のひらに触れる。
     ああ、恥ずかしい、恥ずかしい。緩んだ顔を見られたくなくて、すぐに姿を隠す。

     指先に残るのはほのかな熱。そっと唇を寄せたくなるほど、胸がいっぱいだった。
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