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    あいぐさ

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    あいぐさ

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    薔薇の花とフィと魅入られるファの話。ブロマンスフィガファウ、師弟時代捏造アリ

    薔薇と輝き 綺麗な場所に連れて行ってあげる。

     そう言われ、二人は朝から荒れた北の空を飛んでいた。
     中央の国では当たり前のように聞いていた鳥の声も、野花も、北の国には存在しない。見渡す限り白い白い世界が、ただ悠然とそこにある。
     最初は恐ろしかった。それから、綺麗だと思うようになって、今は、また恐ろしいと思っている。修行の一環で森に放置された記憶が、まだ、どうしても頭の奥で燻ってしまう。
     フィガロの後ろにいれば、風の抵抗は幾分か弱くなる。うんと天候の悪い今日は、ファウストがこの空を飛ぶのには少しだけ危険だった。
     悔しげな顔をするファウストの髪を、フィガロの手でわちゃわちゃと撫でられる。慰めと、少しのからかいを含んだその行動に、いつだってファウストは助けられていた。
    「ほら、あそこだよ」
    「……え?」
     眼下に見えるのは青々とした緑。真っ白な景色にはあまりにも似つかわしい、見慣れた色。驚きの声に、目の前の男は小さく笑う。
     くるり、後ろを振り返ったフィガロは箒を少しだけ仰け反らせ、そして一気に前に倒す。高い空から勢いよく下降していくその技は、昨日教えてもらったばかりだ。
     上手いと、褒めてもらった。だから、できるはず。箒の柄の部分を握りしめ、体重を後ろにかけ、そのまま一気に倒す。
    「わ、わ!」 
     髪が頬に当たって痛い。目が乾く、舌を噛みそうだ。目がうまく開けられない。
    「おっと」
     ふわりと身体をひねらせたフィガロの横を、ファウストの箒がびゅんと通り過ぎていく。少し先で急ブレーキをかけた彼は、焦りと反省と、好奇心に満ちていた。そんな爛々とした瞳は、フィガロのからの生温かい視線によりスッと鳴りを潜めてしまう。
     フィガロは、勿体無いなと思った。
    「もう少し慎重にね」
    「はい、すみませんでした……」
    「よろしい」
     トン、と地面に降りた男は、指を鳴らして箒をしまう。キラリ、と美しく渦を巻きながらしまうのは、すごく難しいと最近気付いた。
     青々とした森は、明らか不自然な霧に包まれていた。
     手を伸ばした先すら見通すことができないほど、視界がうんと悪い。それでも、フィガロの魔力のおかげで、ファウストは自ずと進む方向が分かった。時折、彼が止まって振り返ってくれることすらも、見えなくても伝わってくるのだ。
     フィガロの気配と声を頼りに進んでいくと、霧は徐々に薄くなっていく。植物の香りと知らない魔力も強くなっていった。
     次、何かあれば魔道具を出そう。辺りを見回しながら、ファウストは慎重に進んでいく。
    「ファウスト、もうすぐどよ」
    「はい!」
     フィガロの声が聞こえたのと、二つの特徴的な木々の間を抜けたのは、きっと同じぐらいだろう。
     視界を遮り続けていた霧が、パッと晴れた。
    「わぁ……!」
     そこには、たくさんの薔薇の花が広がっていた。木々の幹を伝うように生える赤は、数えきれないほどに、どこを見ても広がっている。
     加えて、あまりに高濃度の知らない魔法使いの魔力。悪酔いしそうになる前に、フィガロに肩を叩かれ、息がしやすくなった。
    「ありがとうございます」
    「いいよ。ほら、綺麗でしょ?」
    「はい! こんな場所があるなんて、知りませんでした!」
    「俺も久しぶりだよ」
     赤い薔薇たちは、奥へ歩いていくフィガロに向けて、生きているかのようにゆっくりと首を動かす。不気味で怖いはずなのに、どこか綺麗で、目が離せない。
    「魅入られないようにね〜」
    「はい!」
     元気に返事をすれば、薔薇の一部がファウストの方を向く。しかし、すぐに興味を失ったらしい。再びフィガロへと引き寄せられていった。
    「きみたち、本当に俺が好きだね」
     白色のシンプルなブラウスに、黒のスラットしたパンツ。髪をかきあげながら、フィガロは指をパチンと鳴らす。
     まるで蛇のように伸びる蔦、茎たちは、長身の強い男に近づいていく。しかし、見えない何かに阻まれ、彼の身体に触れることすらできなかった。
     フィガロはそっと腕を伸ばし、薔薇の花に手を差し伸べる。途端に動かなくなった赤い花へ鼻を近づけて、そしてファウストに向かって笑いかけた。
    「うん、いい匂い」
     風に靡く髪の毛が、彼の美しい顔に影を作る。榛と冬の海の瞳が、朧げに届く光に反射した。
     綺麗で、消えてしまいそうだと思った。


     記憶というのは、ふとした瞬間に思い出す。伸ばし結えた白銀の髪の毛、冷たい視線を向けるあの人の姿。全部、閉じ込めた記憶の鍵をいとも簡単に開いてしまう。
     その日、ヒースクリフが花束を買ってきた。カナリアから談話室に飾る花を頼まれ、彼が見繕ってきたのだ。
    「青い薔薇を勧められて……、どうでしょうか?」
     淡い青と濃い青が重なり合う薔薇たち、そしてかすみそう。バッタリ出会ったファウストに、ヒースクリフは恥ずかしげに感想を求めた。
    「ああ、綺麗だと思うよ。きみに任せて正解だったな」
    「ヒースはセンスがいいからな。当たり前だ」
    「なんでシノが威張るんだよ……」
     カナリアはにこにこと笑いながら、微笑ましく彼らを見守っている。視線に気付いたのか、二人はすぐに喧嘩をやめ、丁寧に礼をしてその場を後にした。
     入れ替わりに来た男は、ファウストを見てにこやかに手を振る。じっと睨んでも、笑みをたたえた男にはもう効かない。
     花束を持ったカナリアにファウストの二人が目に入ったその男は、少しだけ驚いた顔をして、二人を見つめる。
    「花束? ファウストが?」
     その言い方では、あらぬ誤解をされそうだ。ファウストはため息を吐き、不思議そうな顔をする男をじっと見つめた。
    「……ヒースが選んできてくれたんだ。感謝しろ」
    「へぇ、いいじゃない」
    「当たり前だ」
     どうぞと渡された花束に、フィガロはそっと顔を近づける。
    「うん、いい匂い」
     カサリ、包装紙の音が鳴った。
     談話室の大きな窓からは、淡い光。優しげに笑う男の顔に、はねた髪の毛が影を作り出す。目を細め笑う男の榛と冬の海の色たちは、キラキラ、キラキラと輝いていた。 
    「……っ」
     あのときも、綺麗だと思った。にこやかに微笑む彼は、儚げで、今にも消えてしまいそうで、気持ちが落ち着かない。
     腕を組み、眼鏡のブリッジに手をかけ、そして息を吐く。いつもの動作ですら、妙にぎこちなくなってしまう。
     どうして、ここまで動揺してしまっているのだろうか。
     もう見たくない。それでも、どうしてもフィガロに目が吸い込まれてしまう。彼の息遣いを、細やかな動きを、優しげな眼を、目で追ってしまうのだ。
    「え、なに?」
     視線に気付いたのだろう。
     不思議そうな顔で見つめるのは、弱くて優しいお医者様。ずいぶんと立場も変わった。
    「……いや、なんでもない」
     彼に背を向ければ、気の抜けるような挨拶をされる。返事は、しなかった。 

    「……っ」
     
     いくつかの扉を抜けても、階段を登っても、瞳の奥に光がある。

     キラキラ、キラキラ。
     キラキラ、キラキラ。 

     ずっと、輝きが頭から離れない。
     




     
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