神にフォローされて怯えています(2) 神字書きからフォローされて早三日。そろそろ何か行動を起こしたいけれど、どうしたらいいのか分からない。
朝起きて、フォローが外れていないことを確認して、ファウストは深いため息を吐く。安堵と落胆が混ざり合った感情は、彼にももう分からないものだ。
一人で悩んでいても、一向に答えは出ない。
だから、とりあえず相談することにした。
タイミングよく、今日はちょうどリモートでの打ち合わせが行われる。
ファウストはデスクの前に座り、テレビ通話用のアプリを立ち上げ、ヘッドホンを装着した。すぐにピロンと入室の音が鳴る。
「あー、もしもし? ファウスト、聞こえるかい?」
「ああ」
短く返事をすれば、音声の主は画面をオンに切り替えた。真っ白な壁に白シャツ姿の彼は、ファウストの担当編集のフィガロ・ガルシアだ。
新連載のネタに行き詰まっていたとき、「同人活動でもやってみたら笑」とファウストを勧めた張本人である。
真面目なファウストは後日アカウントを開設したことをフィガロに報告した。競業のあれそれに引っ掛かったら嫌だな、と思い一応話したらあれよあれよとアカウントを聞き出されてしまったのだ。そのため、フィガロにはファウストの推しているカップリングも勿論バレている。最近は同人小説への感想(全部褒め言葉)も言ってくる始末だ。本当に大きなお世話である。
「おはよう、調子はどうだい?」
「普通だな」
「そっか、じゃあ問題ないね。早速この前送ってくれた原稿についてなんだけど……」
無駄無く進行されるのは、ファウストの新刊の企画書のフィードバックだ。
昨日送られてきたメールと共に、フィガロからつらつらと改善点を述べられていく。気に食わない人であるが、彼の言うことは大体が的を得た適切なアドバイスであった。仕事とプライベートをちゃんと分けることができる真面目なファウストは、メモを取りながら彼の話を熱心に聞く。
一通り話し終えると、フィガロはふっと息を吐く。
「俺からは以上だよ。なんでも力になるから、いつでも連絡してきてね」
いつもの定型分を口にしたフィガロに、ファウストは少しだけ口籠もりながら話し出す。
「……相談がある。その、この話とはあまり関係がないが」
「プライベートな話? いいよ、俺に任せて」
フィガロは、いつだってファウストの話に熱心に耳を傾けてくれる。著者と編集の関係になる前からの知り合いではあるが、彼は自分勝手でありながらどこかお人好しなのだ。
「……同人活動についてだ」
ファウストの言葉に、フィガロはにこやかに笑う。
「息抜きになってる? 最近ツイートしてないみたいだけど」
「僕のアカウントを見るな。その、最近少し困っていて」
「うん?」
ファウストは数日前の衝撃的な出来事をそのまま話した。フィガロはどこか半笑いのような反応をしながらも、拙い言葉をちゃんと最後まで静かに聞いていた。
「……つまり、影響力の強い人からフォローされて今後の身の振り方を悩んでいるわけか。なるほどね」
「まあ、そういうことだ」
ファウストの拙い長話を一瞬でまとめたフィガロは、どこか楽しげに笑う。
「そんなの、フォローを返せばいいじゃないか。フォローありがとうございます、よろしくお願いしますって挨拶までしておけば大丈夫だよ」
それができたら何も苦労はしない。ファウストは無言でため息を吐くと、フィガロは不思議そうに首を傾ける。
「あれ、そういうことじゃないの?」
「やっぱりお前に相談したのは間違いだった……」
「まあ、俺はよく分からないからなあ」
ファウストは頭を押さえ、ゆるゆると首を振る。
人間関係の苦しみは当事者しか分からない。加えて、ファウストはそういう駆け引きがうんと苦手で、恐らくフィガロは得意な方だろう。理解はしてもらえるだろうが、共感は難しいに違いない。
ファウストは慰めの言葉を貰いたい訳ではない。解決の意見が欲しいのだ。そのはずだった。
けれど、いざ正論を述べられると動けない自分がいる。そんな歪な心を恐らく気持ちを共有できない相手に説明するほど、ファウストはお人好しではなかった。
「まあ、とにかく、いろいろ大変なんだ。放っておいてくれ、そして僕のアカウントを見るな」
「きみが教えてくれたのに」
「おまえが無理矢理聞き出したんだろう」
肩を動かし楽しそうに笑うフィガロをファウストはギッと睨みつける。
ああ、やっぱり言わなければよかった。自分の一瞬の気の迷いに、ファウストは大きなため息を吐いた。
寝る前、結局ファウストはポッシデオさんをフォローした。形式的な挨拶をリプで送り、小さな息を吐く。結局フィガロの言われた通りのことをしてしまい、どこか自己嫌悪に苛まれそうだ。
その日は前回タイミングを逃した小説を投稿して、大人しく布団に入る。
明日の自分に全てを任せ、ファウストは大人しく目を閉じた。
次の日、昨日投稿した小説に見たことのない数のいいねとリツイートが付いていた。
「……は?」
寝起きの頭が一気に覚醒する。
それだけでは感情は収まらず、ファウストはスマホをベッドへ投げつけたのだった。