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    ruicaonedrow

    エタるかもしれないアレとかコレとか/ユスグラ/パシラン/フィ晶♂/銀博/実兄弟BL(兄×弟)/NovelsOnly……のはず

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    これも、短編集「SnowFlakes」に入れるよ~~~

    #ユスグラ
    yusgra

    ウィークエンド・シトロン いいレモンが沢山手に入ったのだと教えてくれたのはヴェインだった。何でも、市場へ荷運びに行ったら知り合いの商人が山ほど分けてくれたのだそうだ。ただ、これを騎士団内で消費するにはあまりに量が多すぎる。
    「それで……こうなったわけか」
     殺風景な卓に積まれたのは目を見張るほどの鮮やかな黄色。籐の籠に入れられ、周囲には柑橘系特有の爽やかな香りが満ちている。磨き込まれてつやつやに光る果皮は張りが良く、持ったときにずっしりと重みを感じる。本当に鮮度の良いものを持ち込んでくれたようだ。
    「長い空の旅にはビタミンが必須だぜ」ヴェインは得意げにそう言って鼻の下を擦る。「これだけ積んでおけば料理につまみにおやつにと、大活躍だ」
     何ならレシピも教えようか、なぁに、気にしないでくれ。危うく無駄になるところだったんだ、有効利用してくれればこのレモンたちも喜ぶだろうよ!
    「それで、一体何を作ることにしたんですか?」
     フェードラッヘを発って暫く、ルリアは楽しげにそう言って、グランの手元を覗き込む。グランは、うーんと唸った。卓の上に置かれた分厚いレシピ集をパラパラと眺めてはみたものの、ピンと来るものが殆ど無いのだ。材料が足りなかったり、調理工程が複雑だったりして、気軽に試してみようと思うまでの道のりが遠い。
     ――折角新鮮なレモンを貰ったんだから早めに使いたいよなぁ……。
     腐ってしまっては仕方ないし、譲ってくれたヴェインにも悪い。取り敢えず輪切りにして砂糖水にでも浸けておこうか。それとも蜂蜜を掛けて食べてしまった方がいいか。ラードゥガにでも持って行ったならお洒落なカクテルになるだろうか。ああ、ローアインたちに預けたのならもっといい調理法で食卓に並べてくれるかも……悩むグランの隣、ルリアは、そうっとレシピ集に手を伸ばした。パラパラとページをはぐって、あ、と嬉しそうに声を上げる。「これにしましょうよ、グラン」にっこり笑って、とあるページを指さした。「ちょうど、材料も揃ってることですし」
    「どれどれ……」
     ウィークエンド・シトロン。
     開いたページには、確かにそう書いてある。ヴェイン手製の可愛い挿絵付きで。
    「週末に大切な人と食べる、爽やかなレモン風味のバターケーキ……か……」
     工程を確認するが、それほど難しくはなさそうだ。普段のパウンドケーキにレモン果汁とそれらしい飾りを加えたもの、とグランは理解した。成る程、確かにこれであれば問題なくレモンを消費出来そうだ。
    「ねっ、いいでしょう」ルリアは嬉しそうだ。「ちょうど週末ですし、美味く出来たらみんなでお茶会にしましょうよ。ビィさんと、ユーステスさんも誘って」
     ――ユーステス。
     どきりとした。危うくレシピ集を取り落としそうになり、けれど動揺を外に出さないように努めて平常を装う。
    「ゆ、……ユーステスかぁ」こほんと咳払いをひとつ。「甘いもの好きかなぁ。そもそも、あんまりお茶会とか進んで参加する方じゃなさそうだけど」
    「グランが作ったものであれば、なんであろうとユーステスさんは嬉しいですよ」
     こちらの気持ちなどルリアにとっては何処吹く風だ。裏も表もないのだろう、さらっとそう言い放っては両手を合わせてにこにこしている。
    「さ、そうと決まればさっさと作っちゃいましょう! ほら、早く!」
    「ちょっ、……ルリア、待ってったら!」
     レシピ集をかっ攫い、レモンをひとつだけ持って、楽しげに歩くその後ろ姿が鼻歌と共に部屋の外へと消えた。慌てて後を追い掛けるグランの足は、厨房へと続く廊下に躍り出る。硝子窓の向こうは晴れ渡る空が広がり、眼下に綿飴のような雲を望み、陽光に満ちた世界は清浄な空気を纏って白く輝いている。流石に航行中に出歩く人は皆無なのだろう、辺りはしんとして、騎空艇の駆動音だけが低く轟くように響き渡っている。
     ルリアは、果たしてそこにいた。廊下の突き当たりにある大食堂、その隣にちょこんと位置する厨房。普段はローアインたちが根城にしているが、時間が時間なだけに今は誰もいない。
    「えーっと……粉ふるいと、ボウルと……あ、パウンドケーキの型も置いておかなきゃ……」
     別に長い距離を走ってもいないのに、グランの胸は訳もなく弾んで呼吸を苦しくさせた。うきうきと準備するルリアに追い付いたところで多少息を切らせてしまうくらいには。
     調理台の上には既に材料が並べられていて、粉類やバター、いくつかの卵に混じり、どんと中央に鎮座したレモンの黄色は一際鮮やかに見えた。ルリアは背伸びをしつつ上の棚から道具を取り出しており、うんと手を伸ばしているものだから、抱えたレシピ集がぷるぷると震えている。
     駄目だと言うつもりはないし、作るのは止めようとか他のにしようとか、興を削ぐつもりも勿論ない。グランはふぅっと息を吐いて肩を竦め、厨房に入って足早にルリアに近付く。ルリアが食べたいとねだっただけだ、決して君のために作ったわけじゃあないぞ――そういうスタンスでいこうと心に決めた。
    「きゃ……!」
     ふらついた華奢な身体を、転んでしまう前に後ろから支える。ルリアは目を上げグランを見て、えへへ……と照れたように笑った。有り難う御座います、助かりました、と。
    「何を取ればいい?」グランはさりげなくルリアを下げて棚に手を伸ばす。頭一つ分違うだけで棚の奥まで簡単に手が届くのだ。「泡立て器? それともスパチュラ?」
    「両方です」
     かくて、ウィークエンド・シトロンを作る準備は整った。ルリアは髪を結い上げエプロンを着け、気合い十分と言った様子だ。グランも頷いてそれに倣いつつ、調理台の上に広げたレシピを覗き込んだ。
    「えぇとまずは……レモンを洗って果皮を削る。削ったレモンは半分に切って果汁を搾る……」
    「はい!」
     ルリアは元気よく返事をして、レモンを掴んで洗い場に向かう。すぐに聞こえる水音を背に、グランはボウルと泡立て器を手に取った。バターと砂糖とをきっちり計るとボウルに放り込み、泡立て器で以て混ぜ始める。レシピ集には白っぽくなるまでと書いてあり、ヴェイン手製の可愛い挿絵もグランと同じようにボウルを抱え込んでいる。途中で溶き卵を加えつつ、グランは一心不乱に泡立て器を動かす。
     続いて、薄力粉を粉ふるいに掛けること三度。すっかりさらさらになった粉を少しずつ、少しずつ、分けながら混ぜ合わせる。この辺りになると泡立て器よりもスパチュラの方が良いだろう。さっくりと切るように練ることで気泡が潰れることなく、軽い口当たりの生地になるそうだ。あまり時間を掛けずに短時間で行うのが良いらしい……グランはヴェインのメモを読み、へぇ、そうなんだ、と得心する。
    「出来ました!」
     声に振り向けば、途端にふわりとレモンの芳香が広がった。ルリアの持つ小さな二つの容れ物には、レモンの皮を削ったものとレモンの果汁がそれぞれ入っている。綺麗な黄色が目に眩しい。
    「有り難う。じゃあ、オーブンを温めて……」
     先ほどの生地にレモンの皮と汁を加え粉っぽさがなくなるまで満遍なく混ぜ、予熱の間に型の準備をする。それから、ケーキに乗せるグラスアローという砂糖衣を作る。飾りによく用いられるのだというし、ピスタチオを砕いて乗せると色合いがとても綺麗になるのだとか……
    「ヴェインさん、本当に色々詳しいんですね」ルリアが感心したように声を上げ。
    「好きこそものの上手なれってやつだね」粉糖に余ったレモン果汁を混ぜながらグランも頷いた。
     だってこんな感じで他のレシピにも全部、注意する点とかポイントだとか、名前の由来とか料理の豆知識とかが沢山書き込まれているのだ。一朝一夕で出来ることではないだろう。こんな料理上手の幼なじみに美味しいお菓子を作って貰ったなら、そりゃあランスロットも甘いもの大好きになるよ、とグランは妙に納得した。僕だって絶対そうなる。
     ――美味しいお菓子。
     ふと浮かんだ言葉に、つい手が止まった。
     ――ユーステスは……。
     ヴェインのようにとはいかないまでも、お菓子自体は何度か作ったことがある。バレンタインやホワイトデーなどのイベントの他、メニュー開発の手伝いみたいな依頼も請ける。そうして都度作ったものは、そうっとユーステスに差し入れている。勿論、何度か作った挙げ句、美味しく出来たと自信を持って言えるもののみに限っているが。
     彼が甘いものを好むかどうかは知らない。けれど、拒否されたことは一度もない。
     美味だった、感謝する……とふわりと頬笑む顔を思い出し、グランはカッと頬を赤くした。瞬間湯沸かし器にでもなったかのように顔が一気に熱くなる。
    「グラン? ……どうしたんですか?」
    「な、……何でもないよ! それよりオーブンが温まったみたいだから生地を入れようか」
     ルリアは怪訝な顔をしていたが、これ以上突っ込んでも無駄ということは分かってくれたらしい。大振りのミトンを嵌めてオーブンに型を入れ、ダイアルを捻る。あとはちょこちょこ様子を見ているだけで大体一時間後には焼き上がっているという寸法だ。
     洗い物を済ませて器具を仕舞った後、ルリアはお茶会で使う紅茶やカップ、ソーサーなどを用意してくる、と張り切って厨房を出て行った。「折角レモンを貰ったのだし、レモンを使う紅茶がいいですよね」と鼻息荒く、キラキラした目で問いかけて。「それか、ウィークエンド・シトロンみたいな焼き菓子にあうような……私、ヘルエスさんに聞いてきます!」
     かくて厨房にはグランひとりがぽつねんと残された。流石に火を扱っている以上この場を離れるわけにも行かず、手持ち無沙汰にレシピ集を眺めている。時々オーブンの中を覗いてはみるのだが、劇的に変わるものではないので流石に飽きてしまったのだ。ただ、あまりに美味しそうな、空腹を否応なく刺激するような絵面が続くので、グランはふぅっと息を吐いてそっとレシピ集を閉じるしかない。昼飯にはまだ早すぎるし、ケーキが焼き上がった後もすぐに食べられる訳ではないため、これ以上腹を空かせるのは酷だろう。そう思った。
     太陽が南天に至るにつれ、艇内は徐々に賑やかになっていく。廊下は人々の歩く足音を幾つも響かせ、話し声は駆動音のまにまに潮騒のようにさざめく。遮るもののない空の上で、騎空艇グランサイファー号は降り注ぐ陽光をたっぷりと浴びて、目的地へ向けた航路をひた走っていた。
     やがて周囲に、焦げたバターの良い香りが漂い始めた。オーブンの中の生地は良い具合に膨らみ、上側にぱっくりと亀裂が入っているのが見える。もう少しすれば綺麗な焦げ目が付いて焼き上がりとなりそうだ。グランは先ほど閉じてしまったレシピ集をいそいそと手に取り、ウィークエンド・シトロンのページを開く。
    「えぇと……ケーキが焼けたらオーブンから取り出しケーキクーラーに乗っける……そのときにひっくり返して冷まさないと跡が付く……うん、成る程……冷めたら上辺を切り落として平らにし、グラスアローを塗る……ピスタチオを砕いて乗せ、乾いたら出来上がり……」
     となると、食事を終えて程よい眠気が襲ってくる昼下がりに、ウィークエンド・シトロンを囲んだお茶会が開催できるだろう。戻ってこないルリアはこの後回収するとして、そろそろ厨房から撤収しなくては仕込みにくる当番に悪いし、時間的にもちょうどいい。
     そう考えたグランがミトンを嵌めようとした、そのときだった。
    「……ん?」
     気配に顔を上げると、厨房の入り口に佇む影を見る。長身痩躯の青年は黙ったままそこに立っている。今し方到着したばかりなのか、何をしているんだと怪訝そうな面持ちである。彼の頭頂部にある大きな獣耳が柔らかく揺れた。
    「あ……」
     どき、とした。息が止まるかと思った。おかえり、と言おうとするのに口が回らない。
     ここは廊下の突き当たりにあるから、何らかの目的がないと訪れることもない。食事でも摂りに来たのか。それにしては時間が早すぎないか。まさか彼が食事当番なのか。いや、今日はリュミエールの面々であったはずだ。セワスチアンが腕を振るうと聞いて、ルリアが楽しみにしていたじゃないか――
    「っ、そ、その。まだ出来てないよ。これから飾り付けなきゃいけないんだから」
     何も言われていないし、そもそも何の用事かも分からないけれど、グランは咄嗟にそう言った。否、……勝手に言葉が飛び出ていた。
    「出来たら君も呼びに行くから。レモンは苦手じゃないよね? ま、まぁ僕じゃなくて、ルリアがどうしてもっていうから作ったんだし、ビィも入れて三人で食べるんじゃあちょっと大きいから君も呼んだらどうかって話になっただけで……」
     ああ、全く、何を言ってるんだ! 立て板に水といわんばかりに、自分の意思とは無関係に喋り続ける口を縫い付けたい気分だった。グランはもう彼の方を見ることが出来なくて、ミトンを嵌めた手とオーブンとに意識を遣った。ほんの数分であるのに、もう数時間もそうしているかのようだった。
    「そうか」永遠とも思えるような沈黙の後、彼は――ユーステスはぼそりと言った。その声音はとても穏やかに聞こえた。「茶会の件は先ほどルリアから聞いた。……楽しみにしている」
    「へ」
     素っ頓狂な声と共に、弾かれたように振り向いた先にはもう誰もいない。遠ざかっていく足音と硝煙の匂いが微かに残るだけである。グランはすぐに厨房から顔を出したが、さすがにあの長身から繰り出される歩幅なので彼の姿は既に遠い。陽光が照らし、ゆるやかに曲がっていくその先に、外套の端がふわりと翻りながら消えていく。
     ……グランはしばらく動けなかった。誰もいなくなった廊下をぼうっと眺めていた。
     パタパタと駆けてきて、遅くなりました! と紙袋を大事そうに抱えたルリアが戻ってきた後も。大きな目をパチパチと瞬き不思議そうな顔でこちらを覗き込んできた時も。
    「あ、ケーキ焼けたみたいですよ、グラン! えぇとこの後は……オーブンから出してケーキクーラーで冷ますんですね……それから……」
     そんなルリアの独り言を背中で聞きながら、鼻先にバターの焦げたような甘く香ばしい匂いを感じながら、……あぁ、これはどう言い訳したものかと、ずっと考えていた。知らず頬が熱くなるのを、気のせいだと片付けることも出来ない。
     一体どこまで話が伝わっているのだろうか。ウィークエンド・シトロンの由来は知っているのだろうか。ああでも、……バレンタインのときだって知らないと言い放った前科がある。なら、由来を知っていて然るべきで、つまり……あの言動は……。
    「グラン……?」ルリアの声がした。「どうかしたんですか?」
    「ッ……!」
     はっ、とグランは我に返る。後ろを向けばルリアが目を瞬きつつこちらを見つめている。その手にはミトンが嵌められていて、ケーキの型を持っていた。盛り上がった生地には綺麗で美味しそうな焦げ目が付いている。とても、良い匂いがする。
    「ご、ごめん」呟いて、駆け寄る。「手伝うよ。えぇとここから冷やすんだよな……」
     グランは思う。そうだ。誘う手間が省けて良かったじゃないか。ルリアが食べたいといったんだし、ルリアが呼ぼうと言ったんだし、僕は今回の件は噛んでいない……全然、噛んでいないんだぞ。
     けれど、……そう考えようとすればするほど、胸の鼓動は何時までも落ち着かないのだった。  
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    ruicaonedrow

    DONE一幕一場(状況説明)
    KA-11.
     ここまで道が混んでいるなんて何時振りだろうと、ラモラックは思った。少なくとも、直近ではないことだけは確かだ。
     第一師団がブルグント地方で戦果を上げたときだったろうか。それとも、第三師団が見習いたちと共に近隣の盗賊団を壊滅させたときだったろうか。英雄ロットが不在の今、好機とばかりに攻め込んできた賊を、モルゴース率いる魔導師団が完膚なきまでに叩きのめしたときだったかもしれない。
     ああ、……あのときは本当にスカッとした。魔術の師匠たる賢女モルゴースの勇姿は勿論のこと、魔導師団と騎士団との一糸乱れぬ見事な波状攻撃。悲鳴を上げ、武器を放り投げ、這々の体で逃げていく奴らの情けない姿といったら! それと同時に、この国は前線基地ばりに、常に戦争と隣り合わせなのだと実感した。知識の上では理解していたものの、こうして目の当たりにするとみんなどうして仲良く出来ないのか不思議でならない。お腹が空いて気が立っているとかなのかなぁ。それなら、食べ物が沢山あるところが分けてあげたらいいのに。困っている人がいたら助けてあげて、食べ物も半分こしてあげる。それで一件落着だっていうのにさ!
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