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    エタるかもしれないアレとかコレとか/ユスグラ/パシラン/フィ晶♂/銀博/実兄弟BL(兄×弟)/NovelsOnly……のはず

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    ヲタクというものは「推しが作ったパスタ」という概念だけでSSを1本仕上げることが出来る

    #ユスグラ
    yusgra

    トマトカルボナーラ ベッドの端っこにいるとき、無理に寝返りを打ってはいけない。それが柵の付いていないベッドであった場合は尚更である――
     そんな当たり前のことも忘れてつい転がってしまった僕は、次の瞬間大きな音と衝撃と共に床の上に墜落した。奇しくも夢で強敵と取っ組み合いを広げていた最中だったから、一瞬夢かうつつかも判断出来ず、シーツの端を握りしめたままで目を見開き、しばし固まってしまっていた。
     天井が見えた。壁にへばりついた窓の木枠も。程よく晴れ渡った空、澄んだ蒼を背景に流れていく白い雲、そうして、少しだけ開いた窓から吹き込んでくる爽やかな風がカーテンを軽やかに翻す。
    「……あー……」
     吐息と共に声を出し、のろのろと上半身を起こし、くあ、と欠伸をかみ殺す。被っていた掛布を引き剥がす頃には、僕の思考は、現状を何とか把握出来るまでに覚醒していた。落下したときに思いっきり打ち付けてしまった腰骨の周辺をさすりつつ、ベッド枠に縋って立ち上がる。床に転がっているクッションを元通りベッドの上に放り投げたところで、ふと扉の方が気になって視線を向ける。
     ――それじゃあ、行ってきますね、グラン!
     不意に、快活な声が脳裏を過ぎった。満面の笑顔と踊る蒼い髪、それから、こちらにくるりと背を向けて駆け出していった華奢な後ろ姿も。
     朝も大分早い時間、女性陣は、それはもう嬉しそうに各々街へと繰り出していった。一応は買い出しという名目だが、久しぶりの陸地であり、ここいらでは一番栄えている島なのだから仕方ない。グランも付いてくる? と誘われたのだがそこは丁重に辞退した。そもそも女性だけで出掛けるときは荷物持ちになると相場は決まっている。それに長い空の旅で張っていた気を少し和らげたいのもあって、まぁ、……実はというと夜遅くまで空図を眺めてあれこれ考えていたせいで寝不足で、街に行くことよりも二度寝を優先させたかったのだけれど。
     改めて耳を澄ませてみると、周囲は薄いさざめきの中にあって、遠く人々の賑わいに種々の物音が混ざっている。港に停泊中の騎空艇グランサイファー号はそのエンジンをすっかりと止めてしまっていたから辺りは妙に静かだ。僕はひとつ息を吐いてシーツを拾い上げ、ベッドの端に座り直した。あぁ、もうすっかり目も冴えてしまったな。これから三度寝なんて贅沢も、どうやら許されそうにない。
     ――キュウウゥ。
    「……、お腹空いたな……」
     そういえば寝しなに軽く食べたきりだ。最初に起きた時間があまりにも早すぎたので、食堂へ行って何か摘まんでくることも出来なかった。ルリアたちを見送った足でそのまま倒れ込むように眠ってしまったことを思い出し、僕は寝癖の残る頭をばりばりと掻いた。日も随分と高く、辺りの様子から察するに艇に残る者も殆どいないだろう。あれだけの大きな音を立てておきながら、誰も様子を見に来ないってことはそういうことなんだろう。僕のような寝坊助のために何かを作って置いておいてくれる……そんな気の利いたことは、期待するだけ無駄というものだ。
     それでも一縷の望みを込めて、僕は自室を出た。飛び跳ねた髪を撫で付け、ゴムの緩んだ下履きを懸命に腰まで引き上げつつ。廊下はしんと静まり返り、僕の足音くらいしか響いていない。だから、多少だらしない恰好でも問題はない。
     ……、なかったのだが。
    「うぅん……やっぱり無いかぁ……」
     食堂も厨房も思った通りのもぬけの殻で、鍋も食器も綺麗に洗われた後だった。備え付けの小さな貯蔵庫は空っぽ。もしかしたら野菜の尻尾とか、そうでなくとも、古くなった木の実とか固くなったパンとかないだろうかと見回っても、生ゴミどころか埃一つ落ちていやしない。『厨房内はいつも綺麗に』と書かれた張り紙を、僕は恨めしく見つめる――
     気配に気付いたのは多分そのときだったと思う。足音がして視界の端に影が映って、それで僕はようやく顔を上げた。そうして、あ、と小さく声を上げた。
     厨房の入り口に立っていたのはひとりの青年だった。頭頂部で、銀の髪に埋もれた大きな一対の獣耳がピンと跳ねた。「ここで何をしている」と呆れたように言って目を眇めている。「自室で寝ているとばかり、思っていたが」
    「あ、はは……実は、そのせいでお留守番なんだ」
     不審に思って当然だろう。僕は苦笑したまま彼の顔を見上げるしかない。長身痩躯のエルーンの青年、ユーステスの顔を。
    「それで、……お腹空いちゃったから。ちょっと、食べ物を探してたってワケ」
     けれど、これだけ探してもないってことはもう諦めた方が良いのだろう。そりゃそうだ。島で新鮮な食材を調達できるのだから、古いものは使い切って然るべきだ。ひとまず肩を竦めてみせ、僕は、厨房の入り口を塞ぐように立つユーステスの傍を抜けていこうとする。「取り敢えずもう一眠りして来るよ、夕方になればみんな帰ってくるだろうし――」
    「待て」
     その手を、手首を、唐突に掴まれた。はっと目を見張る僕に、彼はただ首を振る。
    「いい。そこにいろ」
    「……へ……?」
     ふぅっと息を吐いて、ユーステスは抱えていた荷物を下ろした。紙袋に入っていたのは塩漬けの豚肉、パスタ、にんにく、真っ赤なトマトと幾つかの卵、少量のセルフィーユだ。それらを手早く調理台に転がすと、彼は慣れた手つきで己の髪を束ね始める。「まさか、……何か作ってくれるとか……?」期待を込めた眼差しを向ければ、彼はただ、ふ、と口の端だけで笑った。いいから黙って待っていろとでも言いたげに、僕にちらりと視線を寄越したきりで颯爽と厨房に入っていく。
     ――料理、出来るんだ……。
     そりゃそうか。彼が任務に出るときは殆どが単独行動なのだという。一通りのサバイバル術は持っていて当然だし、長期任務にあたるとするなら自炊だって出来て当然だ。僕が知らないだけで、彼はきっと何だってお手の物なんだ。
     そんなユーステスは調理台から塩漬けの豚肉とひとかけらのにんにくを拾い上げる。包丁で以て細切れにしてフライパンに放り込む。ちょうど角の辺りに火が当たるように傾けると、脂身が溶けて周囲に香ばしい匂いが漂う。続いて小さな容器を取り出すと、その中に卵を二つばかり割り入れた。それも空いている片手のみで、だ。器用なことするなぁ、とただただ感心する。僕にはひっくり返ったって出来そうにない。
    「あの……」
     黄身と白身とを分けているところで、僕はそう小さく声を掛けた。ユーステスは目だけを上げて僕を見た。「どうした」と、チーズと卵を混ぜながら応える。
    「僕にも、何か手伝わせてよ。黙ってみてるだけじゃあ、……お腹空いちゃって落ち着かなくてさ」
     最後の一言は余計だったかも知れない。けれど、普通に手伝いたいと言ったところで受け入れてはくれないだろうことも分かっている。多少の逡巡があって、ユーステスは首肯した。「なら、湯を張ってくれ」大鍋を指さし、小さく微笑む。「そうしたらパスタを湯がく。急ぐ必要は無い。……まだ、下拵えが済んでいないからな」
    「分かった!」
     元気よく応えて鍋に水を張る。空いているコンロで火に掛けつつ、紙袋からパスタを引っ張り出して重さを量る。ユーステスはここで食事を摂るつもりだったのだから、僕の分と合わせて二人分だ。
     そうしてちらりと横目を遣れば、彼は調理台の上でトマトと玉ねぎを刻んでいた。一体何が出来るのか想像も付かない。材料と行程、パスタというヒントを鑑みると、カルボナーラであることは間違いないんだろうけど……。
     水面にふつふつと泡が浮いてきて、どうやら湯が沸いたようだ。大さじの塩をどさりと入れてから、僕は、手早くパスタを纏めて鍋に突っ込んだ。ユーステスに目を向けると、彼は玉ねぎと角切りにしたトマトをフライパンに入れている。ジュッと水分の弾ける音が厨房内に響き渡る。それから、腹の虫を騒がせるような香ばしい良い匂いも。
    「皿を出してくれ」フライパンを揺り動かしながらユーステスは言った。「直に出来る」
    「うん!」
     首肯し、厨房の入り口付近にある食器棚から大きめの平皿を二枚取り出す。その頃には、鍋の中のパスタは引き上げられて、フライパンの中でソースと混ぜ合わされていた。トマトの鮮やかな赤が目に眩しい。僕の腹がキュウゥと情けなく鳴いた。
    「美味しそう……」
     思わずぽつりと呟くと、ユーステスが、ふ、と笑った。いや、笑ったのだろう。僕の視線は完全にパスタに釘付けで彼の顔まで届かなかったけれど、彼の穏やかな雰囲気は手の仕草から十分に伝わってくる。平皿に、高さを出すようにパスタを盛り付け、セルフィーユと四つ切りにしたトマトとを飾っている……その優しげな仕草から。
    「ほら、出来たぞ」
     声を掛けられ、僕ははっとした。
     見とれていたと気付いたとき、何だか恥ずかしくなってきて「わ、分かった」と返事もそぞろに調理台に並べられた二つの皿を持ち上げた。そのまま、彼の顔も見ることが出来ずに食堂の方へと出る。ああ、頬が熱い……。
     皿を置いて水差しを取りに戻ろうとしたところで、ちょうど厨房から出てきたユーステスとかち合った。彼はゆるりと微笑んだままで、その手にはカトラリーが入った箱と水差し、コップをふたつ持っている。僕は慌てて回れ右をして、そのまま席に着く。ユーステスもそれに倣った。
     かくて窓に面した卓上に、美味しそうな匂いと湯気を立てる二つの皿が並んだ。やや朱の混じったクリームを纏う麺が堆く盛られた頂上、ちょこんと乗ったセルフィーユの緑が映える。カルボナーラにトマト……なかなかに見ない組み合わせだ。奇抜というほどでもないし、僕が知らないだけで当たり前のものかもしれないけれど、ついしげしげと眺めてしまう。
    「冷めるぞ」皿の向こうでユーステスが苦笑する。「腹が減っていたんじゃなかったのか」
    「い、いただきます」
     手を合わせ、挨拶もそこそこにカトラリーを手に取る。パスタをぐるぐると巻き付けてから一口、噛んだ途端に濃厚なチーズの風味とトマトの酸味とが口の中に溢れて、僕は思わず目を上げてユーステスを見た。彼はただ微笑んだまま黙々と食べ進めている。
     カルボナーラは卵とチーズと黒胡椒、それから塩漬けの豚肉とを使った、別名『炭焼き職人のパスタ』と呼ばれる料理である。炙った豚肉の旨味にクリーミーなソースが合わさり、そこに黒胡椒のピリリとしたアクセントが加わる。作り方は単純明快だがそれが難しいのだとローアインが言っていたっけ。熱の入れ方を間違えると卵はすぐに固まってしまうし、材料をケチってしまえば味が薄くなり、全体的にぼんやりとした印象になってしまうのだとか何とか。
     そんなカルボナーラに、ユーステスはトマトを足した。
     まろやかなソースにトマトの酸味が加わると、後味がこうもさっぱりするのか。カリカリに炒められた塩漬けの豚肉とプリプリのパスタ、ぷちっと弾けるようなトマトの食感、その違いも楽しい。何をどうやって思い付いたのかは分からないが、少なくとも人に振る舞える分には得意料理なのだろう。
     ――まだまだ僕の知らないことはあるんだろうな……。
     雪の中に埋もれた故郷の話。アシンメトリーの前髪に隠された隻眼の秘密。犬が好きであることとその原点。出会った頃に比べれば彼のことを理解していると言える。それでも、全てではない。
     ――もっと知りたいんだけどな……。
     教えてくれと言ったなら話してくれるのだろう……彼が必要と判断したなら、の話にはなるだろうけど。でも、そうじゃない。そうじゃないのだ。誰にも言えないこと、密やかな悩み、それこそ彼以外の誰も知り得ないようなことを、
    「うわ!」突如響いた声。「凄く良い匂いがする!」
     思考に沈んでいた僕は、そこではっと我に返る。そうして視界を巡らせたのなら、ドタドタ走ってくる足音と共に、食堂の入り口の方からひょっこりと見知った顔が覗いた。栗色のポニーテールが揺れ、ブラウンの瞳が見開いている。ひょっとしたら、あんぐりと空いた彼女の口よりも大きかったかもしれない。
    「お、おかえり……ベアトリクス」
     僕の声に、彼女はけれど応えず、否……多少目線を上げたがそれ以上が続かなかったようだ。卓に並べられた殆ど空っぽの皿と僕らとを交互に見て、目をぱちぱちとさせている。
    「騒々しいぞ」ユーステスがふぅっと息を吐く。「俺の平穏と静寂を乱すな」
    「あ、いや……」ベアトリクスは尚も目を瞬いている。「噂は、本当だったんだって思ってさ……」
    「噂?」
     今度は僕が目を見開く番だった。ベアトリクスは僕の反応を受けて、ん、と頷く。
    「組織内でまことしやかに囁かれていたやつでさ、何でも、任務の前にユーステスが料理を振る舞ってくれるっていうんだ。そいつがなかなか美味いらしくて……」
     ――ユーステスが、料理を?
     彼を見れば、彼は口角を緩やかに上げたままで、飾りのトマトを食んでいる。
    「もう少し早く帰ってくれば良かったなぁ……そうすれば私も、組織で評判のトマトカルボナーラってやつを食べられたかもしれないのに」
     いいなぁグランは、と言った台詞の先は、後ろから続いてきた他の足音に消された。「ちょっと、ベア、どこまで行ったの? 洋服、試着してみるんでしょ?」「ベアトリクスさーん、言われたとおり、美味しいスイーツも買ってきましたよ」方々に響く声にベアトリクスはぱっと顔を綻ばせ、じゃあな、と挨拶もそこそこに駆けていった。その姿は来たときと同じように唐突にいなくなった……忙しない音だけを置いて。「おーい、ここだよここ! ちょっと寄り道してたんだ、厨房から美味しそうな匂いがしたもんだから、……わ、おいルリア! そのシュークリーム、私のだぞ――」
     かくて食堂には僕らだけが残された。僕はユーステスを見て、ユーステスもまた、僕を見た。間に置かれた皿はもう空っぽだ。水差しの中身も大分減って、降り注ぐ陽光が硝子を透かせて卓の上にキラキラ輝く模様を描いている。
     互いにご馳走様でしたと両手を合わせ、誰ともなく立ち上がり、皿を持って歩き出し、……そこで僕はもう一度隣のユーステスを見上げた。精悍な横顔は穏やかに笑んだままで、けれどその目だけが不意にこちらを向いた。淡く、薄い、冬の空気の色をした目が。
    「昔、……よくローナンが作ってくれた」
     ぼそりと呟き、頭頂部の耳がふわりと揺れる。僕は頷いてその先を促す。
    「眺めているうちに何となく作り方を覚えた。……それで、試しに作ってみたらいやに評判が良くてな。噂を立てられる程になっていたようだ。覚えはないが……」
    「そう……」
     脳裏に浮かんだのは雪の情景であった。どこかの基地の厨房と思しき場所で、一人の将校が料理をしている。外はびゅうびゅうと吹雪いて、窓硝子にバチバチ叩き付ける音が響く。
     将校の傍には、少年がひとり。多少離れた位置から湯気の立つ鍋をじっと見つめている。そのうち良い匂いがしてくるので、彼の大きな耳だけがふわふわと揺れる。
     ユーステス、と青年将校は静かに少年に呼び掛けた。優しい声だった。もうじき出来るからな、さぁ、棚から皿を取ってくれ――
    「あのさ」
     僕は言った。皿とグラスを流し台に置き、水栓をひねる。冷たい水が手を伝って跳ね返って飛沫を上げる。
    「今度、作り方を教えてよ。ルリアとビィにも食べさせてあげたいと思ってさ」
     今回は僕だけがご馳走になっちゃったし、羨ましいって言われそうだから――そう続けつつユーステスに目線を遣ると、彼は、泡まみれのフライパンを濯いだところであった。
    「構わない」小さく頷く。「ただ……殆ど見よう見まねで覚えたものだから、詳しくはないぞ」
    「全然、大丈夫だよ」君と一緒に料理がしたいのもあるし、という本音は押し込んでおいた。「ただ、僕は料理は不得手だからお手柔らかに」
    「……ああ」
     ――ローナン、と少年は青年将校を呼んだ。雪に覆われた基地は薄暗い。天井のカンテラだけがゆらゆらと揺れて橙色の光を淡くばらまいている。
     青年将校が読んでいた本から目を上げると、部屋の入り口近くに少年が立っていた。両手に何かを持っている。目を懲らせばそれはどうやら皿のようであり、ふわりと湯気が立ち、実に美味そうな匂いが漂ってくる。
     差入れか、有り難い、と青年将校が身を起こすと、少年は無表情のまま頷いた。こと、と卓に置かれた皿を覗き込めば、カルボナーラらしき料理がこんもりと盛られていた。ただ、火加減が難しかったのだろう、固まった卵が散見される。
     アンタは簡単そうに作ったけど、と少年はぶっきらぼうに言う。凄く難しかった。分量もなにも分からない。だから、……正解を知りたくて、持ってきた。
     褐色の頬が多少色づいて見えるのは、カンテラの光のせいだろうか。青年将校は微笑み、少年を向かいに座らせ、カトラリーを手に食べ始めた。少年がじっと見つめるその先でひとつ頷き、口元を拭う。味付けは多少薄いが、これは個々人の好みであるから言及はしない。ただ、……成る程、きちんと教えているわけではないのにこの再現度はなかなかのもの。
     美味かったと伝えると、表情は変わらないまでも少年の耳がピンと立った。細かいところが気になるなら今度一緒に作ってみようかと誘えば、口元がむずむずと動いている。
     ――分かった。
     少年は言う。空の皿をひったくって、去り際に青年将校を見据えて。
     ――それで正解を知ることが出来るのなら安いもんだ。
    「そうだ」
     僕は手を打った。洗い物を綺麗に拭き上げて棚に仕舞った後、……正確に言えば彼の過去に思いを馳せているときにふと思い付いた。ユーステスがどうしたとばかりに僕を見遣り、僕はニッと笑ってその目を見返す。
    「君、これから時間ある? 一緒に街に行こう」
     有無を言わさず手を握ったのなら、彼は振り払うこともなくただ僕を見つめた。まだ何か食うのかと呆れたようでもあり、何をするつもりなのかと訝るようでもある。
    「美味しいもの食べさせてくれた御礼! な、良いだろ?」
     多少の間があった。けれど、逡巡はほんの一瞬だった。
    「了解した」ふ、と笑う。「なら、少し待っていろ。準備をしてくる」
    「うん!」
     僕も、……僕だってそうだ。こんな起きたばっかりのぼさぼさの頭と恰好で街に出られるはずもない。せめて普段着に着替えて、財布だってポケットに突っ込まなくちゃ。寝具を整えるのは帰ってからでもいいか。ドロシーがため息を吐きそうだけれど。
    「それじゃあ、また後で――」





    「しっかし驚いたなぁ、なんでユーステスが艇にいるんだ? この後任務に戻るとか何とか言っていなかったか?」
    「さぁ? 寝坊助のグランを艇に置いてきた、なんて教えちゃったものだから、様子を見に来たのかもね」
    「案外お腹空かしてるかもしれないわよ、って言ってましたもん、ゼタさん」
    「えぇ? じゃあユーステスはグランのために、そのためだけに、あの組織でも有名な噂のカルボナーラを作ってやった、っていうのか? うわぁ……いいなぁ……」
    「ま、アイツ、グランのこと大好きだし、いいんじゃないの」
     ゼタはニッと笑った。
    「それより、あたしたちはスイーツパーティを楽しみましょうよ。さ、どれから食べようかな、この島でしか採れない珈琲を使ったティラミスか、新鮮なフルーツがたっぷり乗ったパイか、さくさくのジャムクッキーか、……そうだ、イルザさんも呼んでこなきゃね、ベア、ちょっと行ってきてくれない……――」
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    ruicaonedrow

    DONE一幕一場(状況説明)
    KA-11.
     ここまで道が混んでいるなんて何時振りだろうと、ラモラックは思った。少なくとも、直近ではないことだけは確かだ。
     第一師団がブルグント地方で戦果を上げたときだったろうか。それとも、第三師団が見習いたちと共に近隣の盗賊団を壊滅させたときだったろうか。英雄ロットが不在の今、好機とばかりに攻め込んできた賊を、モルゴース率いる魔導師団が完膚なきまでに叩きのめしたときだったかもしれない。
     ああ、……あのときは本当にスカッとした。魔術の師匠たる賢女モルゴースの勇姿は勿論のこと、魔導師団と騎士団との一糸乱れぬ見事な波状攻撃。悲鳴を上げ、武器を放り投げ、這々の体で逃げていく奴らの情けない姿といったら! それと同時に、この国は前線基地ばりに、常に戦争と隣り合わせなのだと実感した。知識の上では理解していたものの、こうして目の当たりにするとみんなどうして仲良く出来ないのか不思議でならない。お腹が空いて気が立っているとかなのかなぁ。それなら、食べ物が沢山あるところが分けてあげたらいいのに。困っている人がいたら助けてあげて、食べ物も半分こしてあげる。それで一件落着だっていうのにさ!
    11028

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