よく晴れた日に「由乃様、とても綺麗ですよ」
「ありがとうございます」
手伝ってくれた女中達が去り、部屋には一人きりだ。
「これが私…」
由乃は鏡に映った自分の姿に驚きを隠せなかった。白無垢身を包み、整えられた髪と化粧。
自分でないみたいだ。
本日はこれから祝言が執り行われる。
あの人とーーー。
由乃はギュッと目を閉じた。そうでもしないと気持ちが溢れて泣きそうになるから。
ほんのわずかな時間だと思われる。
「馬子にも衣装だな」
ぼそっと聞こえた一言に由乃は朱の入った唇を緩めた。
こんな日にこんな皮肉を言うのはただ一人。
「素直に似合ってるって言ったらどうですか、お義兄様」
「お義兄様ね。お前に言われるのはどうも違和感しかねえな」
「慣れてください」
「無理だな」
頼朝は肩をすくめた。
「まぁ、仕方ないですよね。私だってちょっとびっくりしてますから」
幕府の薬師がまさか反乱軍の大将の嫁になるなんて誰が想像しただろうか。
報告した時の幕府軍の驚いた顔は見ものだった。
(まぁ、この人は気づいていたみたいだけどね)
由乃は横目で頼朝を盗み見た。礼服を身に纏いいつになく様になっている。
「なんだよ」
「いいえ」
「そういや義経はどうしたんだ?」
「まだ支度してるみたいです……と言うか反乱軍や幕府のみんなにつかまってるみたいで」
「ふうん」
「義経様は頼朝様と和解出来てからは、本当に幸せそうでした」
「そうか? 別に何も変わらねぇだろう」
「全然違いますよ。口では厳しいこと言っても頼朝様のこと大好きなんですから」
由乃はなんとも言えない表情になった。
ずっと離れてしまった兄とようやく時を過ごせる……それがどんな嬉しいことなのは重々承知しているが、少々妬いてしまう。
「その顔、義経に見せてえな」
「え?」
「なんでもない。それよりいつまでそこにいるんだ。さっさと入って来いよ」
頼朝は襖の向こうに声をかけた。
程なくして袴姿の義経がいた。黒もよく似合う。思わず見惚れてしまうくらいには。
だが、その顔はいつなく無表情だった。寧ろ怒ってるようにも見えた。
「今入ろうと思っただけだ」
「そうかよ」
どこか殺伐した空気に由乃は狼狽えた。今日くらいは穏やかに出来ないものなのか。
その時外から祝言の始まりを告げる声がした。
「……邪魔したな」
「いえ、ありがとうございます」
頼朝は由乃の頭をポンとひとなでし、耳もとで囁いた。
「義経を頼むぞ」
「!……はい」
頼朝は微笑を浮かべ、ほんの義経の前を通る際、同じように何かを呟き、部屋を後にした。
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程なくして義経が口を開いた。
「先程何を話していたのだ?」
「え?」
「兄上と。随分と……楽しそうだったな」
どこか不服そうな顔をし、視線を逸らしていた。
(義経様……ひょっとしてやきもち?)
由乃は今すぐに義経を思いきり抱きしめたい衝動に駆られた。
こんなところが愛おしくて仕方ない。
義経の手を両手で包み込んだ。
「あなたのことですよ」
「え?」
義経はぽかんとした。
「忘れないで下さいね。私がいつだって考えてることはあなたのことばかりですから。さあ行きましょう。みんなが待ってます」
「由乃」
「え?……ん」
呼び声と共に唇を塞がれる。ほんの刹那、触れるだけの口づけ。
「本当はもっとしたいが、紅が取れてしまうからな……今日のあなたはいつにもなくて綺麗で困る」
紫水晶の瞳が由乃を見つめていた。
「……っ」
ドクンと胸が高鳴る。
義経の方がよほど綺麗だろう。それこそ国宝級に。
彼は一切世辞は言わない。いつだって純真無垢で。
鞍馬が魂を欲しいと言うのもなんとなくわかる気がした。
「続きはまた夜に。あなたのことをもっと知りたいから」
義経は由乃の手を取り歩き出した。
空は雲一つない快晴で、ふわりと爽やかな風が吹いていた。
「あ、そう言えばさっき頼朝様は義経様に何を話したんですか?」
「別に……大したことじゃない」
「え! 絶対そんなことないですよ。だって義経様嬉しそうでしたし」
「……っ、あなたにはそう見えたのか?」
「はい。だって義経様のことですから」
由乃はにっこりと微笑んだ。
頼朝に言われたこと。
『由乃のこと泣かすなよ……良かったな』
あの時は間違いなく兄の顔をしていた。
義経しかしらない。多分これから先も。
終