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    namidabara

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    6/2 進捗
    16日目/ 5/22の続き、月島さんが尾に陥落寸前。
    もうちょっとで終わりそう!最高!!

    #尾月
    tailMoon

    尾月原稿「俺は一生獣のままでいい。俺にもあの血が流れてるんだ。きっと誰かを傷つける。誰かと心を結び付けて人間になるより、一人で獣でいた方がよっぽどいい」
     それは紛れもない月島の本心だった。いつかのベッドで見上げた、鶴見の翳る美しい顔を思い出す。結局自分もあの獣と同じだった。自分に与えられた運命が受け入れられなくて、誰かを傷つけてでも安心したかった。誰かを傷つけてまで得られる安寧に、何が救えるというのだろう。
    「……俺も。俺も、獣ですよ。一人ぼっちの獣です。弱肉強食の理に縛られて、屈服させられて、強い種であるという点でしか評価されず。いつも蚊帳の外で、人間たちを眺めてる」
     尾形はベルトをなぞる指先を真っすぐに下ろし、鬱血痕が無数に散らばる鎖骨をなぞり、そして胸の真ん中に辿り着かせた。丁度、心臓があるところ。布越しに僅かに伝わる鼓動に目を細めて、言った。
    「一人ぼっちの獣同士、仲良くしましょうよ。どうせお互い、人間には馴染めんのですから」
     ぐりぐりと頭が押し付けられる。湿って束になった黒い髪が擽ったい。どれだけ強い力で押し付けられたって、月島の強い強い身体はよろめくことなく受け止める。傷つき続けたから、平気な顔で受け止められた。
     ああ馬鹿め、と月島は自分自身を嘲笑う。だから警告したじゃないか、その先に踏み込むなと、この男は危険だと。
     同じ獣ならいいんじゃないか。世界から弾き出されたこの男となら、心を結び付けたっていいんじゃないか。愚かにも、そう思ってしまった。
     自分に頭を預ける尾形の旋毛を見下ろす。丸い頭だった。幼い頃、確かに愛情を注がれて育った人間の頭だった。違う、違う、これは獣じゃない。本物の愛を知っているはずの人間だ。己惚れるな、自分に同胞など居はしない。どうせこの男も——。
    「尾形、離れろ。シャワー浴びてくる」
     ——この男も、己の項など噛んではくれないのだから。
     ぐ、と頭を押し返せば、引き剥がされた尾形はいつもの無表情の中に、僅かな悲しみの色を湛えながら月島を見下ろした。その細やかな表情の変化さえも感じ取れてしまう己に嫌気がさす。つきり。痛む胸の奥を必死で見ないフリをして、月島は未だ鈍く痛む体を引き摺ってベッドを這い出た。

     勝手知ったるというような足取りで、極端に物の少ない部屋をすり抜けてバスルームへ辿り着く。洗面台の下から丁寧に収納されたバスタオルを一枚拝借した。尾形の家だというのに、いつの間にこんなに覚えてしまったのだろう。他人で、部下で、ただのセフレの家だというのに。
     与えられた服を脱いで、ふと鏡に映る己を見た。鬱血痕や歯形が散らばる中、太いベルトで覆われていた部分だけは、くっきりと何もなかった。あるのは月島が削った項だけ。それが境界線だ。目を逸らして中に入った。
     シャワーのコックリングを捻る。吐き出されたのは身を貫くような冷たい水で、だけども月島はまんじりともせずにそれを浴びた。頭を冷やせ。熱を冷ませ。期待するな。裏切らないものなど、この世には存在しない。
     出しっぱなしの水はやがて湯に変わった。冷え切って随分と冷静さを取り戻した月島は、もうそろそろ潮時かもしれない、と思った。これ以上はいけない。あの黒瑪瑙と向き合い続けると、錯覚してしまいそうになる。今まで見ないフリを続けて上手く押し込めていた様々なものが、呆気なく暴かれていくような感覚が、何よりも恐ろしかった。
     次の誘いは断ろう。いっそのこと連絡先を消してしまおうか。無駄だ、会社で顔を合わせたときに問い詰められるに決まってる。それじゃあ会社ごと辞めるか? それこそ無理な話である。
     水滴に打たれながらすり、と手首の内側にくっきりと残されたキスマークを撫ぜる。月島は半ば無意識のままその鬱血痕に、濡れた唇を寄せていた。じわり、と視界が歪む。そのまま肘の内側に口を押し当てて、零れ出してしまいそうになる醜い嗚咽を押し殺した。
    『…………ただ。生きてて、良かった、って。月島さんが』
     剥き出しの心で与えられた言葉が蘇る。
     生きてて、良かったんだろうか。生きててよかったことなど、一度も無かったというのに。それでも良かったのか。こんな獣でも、生きていて。
     嬉しいと思ってしまった。そう思ってくれて、少しだけ心が救われた。あの男以外に抱かれたくないと思ってしまった。この身体に傷を、痕を残すのはあの男がいいと望んでしまった。行為の最中鎖骨の辺りを噛まれながら、このハッキリと引かれた境界線のその先も、その白い歯で食い千切ってくれないだろうかと、——祈ってしまった。
     目から何かが流れ落ちて、それが全く止まらなくて。月島はしばらく、シャワーから降り注ぐ熱い湯の中で立ち尽くしていた。自分が長風呂が好きだと公言していてよかったと思った。もうしばらくは、この水は止まらないだろうから。
     水音に紛れて。尾形が嫌いな、そして、月島と居る時には気にならなくなると言われた水音に紛れて。月島はただ必死で声を押し殺しながら、全身を濡らした。

     その日月島は数年ぶりに泣いた。それは、先程暗闇の中で見た生きるのが下手くそな子供の、下手くそな泣き方と同じであった。


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