おいしい日常「いただきます」
手を合わせ、箸を持つ。椀の中の煮込まれた具材から、湯気がほのかに立ち上る。そうっと息を吹きかけ、口に含むように啜る。汁を嚥下すると、毛穴がふわっと広がるように弛緩し、頬はおのずと横に広がる。
獲れたばかりの鹿肉と、干した山菜。鍋に入れて煮込み、そこへほんのり塩を加えると、素材の持つ旨味がまろやかにひき立つ。素朴な味付けがこっくりと体の中に沈み、温もりを孕んでするすると胃の腑へ落ちていく。ほうっ、と静かに吐いた息は、椀の中の汁物と同じくらい、すっかり温まっている。
北海道へ渡って来てまだ日は浅い。砂金をかき集めて幼馴染との約束を果たすつもりが、成果はさっぱり上げられないどころか、一攫千金を狙った妙な旅もつい先日始まったばかりだ。凍えるほど冷たい川に手を入れて、永遠に川底と睨めっこするよりは、こちらの方がまだ可能性はあると、杉元は藁にもすがる思いで好機を掴むことにしたが、金を得るための代償の大きさを身を持って知る。
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