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    百合菜

    遙かやアンジェで字書きをしています。
    ときどきスタマイ。
    キャラクター紹介ひとりめのキャラにはまりがち。

    こちらでは、完成した話のほか、書きかけの話、連載途中の話、供養の話、進捗なども掲載しております。
    少しでもお楽しみいただけると幸いです。

    ※カップリング・話ごとにタグをつけていますので、よろしければご利用ください

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    百合菜

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    幸村バッドエンドを元にした話。

    「これ以上、龍神の力を使わないでほしい」、幸村にそう言われた七緒はその言葉を守ることに。
    ふたりは九度山での生活を送り、七緒は普通の人として生き、幸村とも家族になる。
    ふたりの間には子どもも生まれ、一見平穏な生活を過ごすことに。
    しかし、三成との約束を果たすため、幸村は大坂の陣へ行くことに。
    バッドエンドでは命を落とした彼だけど、今回はどうなる!?

    ##幸七
    ##遙か7
    #幸七
    #遙か7
    far7
    #ゆきなな
    sevenSnowflakes
    #遙かなる時空の中で7
    harukanaruTokiNoNakade7

    ここから開く新たな未来1.

    「そう…… 豊臣方が……」
    「ええ、姫もご存知のように私には豊臣に切っても切れない義理がございます。この戦の結末は見えているに等しいですが、私には赴かないといけいない理由があるのです」

    慶長十九年(1614年)秋、九度山では一組の夫婦が真剣な眼差しで向き合い、話し合いをしていた。襖ひとつ隔てた寝室では子どもたちが寝息を立てている。
    話し合いをしているのは真田幸村と七緒のふたり。
    天下は徳川のものになったとはいえ、豊臣側の抵抗はたびたびおこなわれており、先日、ついに決定的な亀裂が入る出来事があった。
    そこで、豊臣側はかつての臣下に声を掛けており、幸村も戦いに加勢するよう使いのものがやってきたらしい。
    まっすぐ自分を見つめる瞳を見ながら、七緒はついにこの日がやってきたのかと思う。
    人として、そして幸村とともに生きると決めてから間もなく、兄の五月は元の世界へと戻った。そのとき、五月から元の世界での真田幸村の生涯について聞かされた。「もしかすると、おまえの役に立つかもしれないしね」。そんな言葉を添えて。
    そのときに理解したのは、歴史が大きく変わらないのであれば、自分たちは少なくとも十四年近くは幸せに暮らせるということ。そして、慶長十九年の秋以降、転機が訪れるということ。そのときにどのような選択を行うかによって、もしかすると歴史とは異なる未来を待ち受けているかもしれない可能性があるということだった。
    そして、今まさに五月が伝えた転機がやってきているということだろう。

    「わかりました」

    自分がどのような言葉を発しても目の前の男性は出陣するに決まっている。仮に反対をしたとすれば、自分に知られない形で抜け出すことだってありうる。だとすれば、ここで自分が取るべき態度はただひとつ。

    「私も武士の妻です。あなたの背中を押したいと思います」

    七緒の言葉に幸村の硬い表情が緩む。
    彼の中で取るべき行動は決まっていたのだろうが、それでも七緒が首を縦に振るか横に振るかで、その後の気持ちの持ちようは変わるかもしれないし、それが戦功にも影響するかもしれない。七緒は龍神の神子として活躍していたとき、幸村が何かと背中を押してくれたように、今度は自分が幸村の決意を後押ししたい。そう七緒は思った。

    「ただし、ひとつお願いがあるのです」
    「何でしょう」

    戦に赴くことを許されたためか、幸村の表情は明るい。そんな彼の顔を曇らせることになるかもしれない。そう思いながら七緒はおそるおそる、でもしっかりとした眼差しで見つめる。

    「その戦ですが、私もご一緒させてください」
    「姫……」

    幸村が絶句するのも無理はない。
    龍神の神子として活躍していた時、何度か戦に参加したことはあるが、前線で戦うことはなく、怨霊退治を行ったくらい。実戦の経験はほぼない。さらにいえば十年以上、争いのない平和な状況に身を置いている。そんな女性を連れていけというのは無理があるのは自分でもわかっている。

    「気になることがあるのです」

    もちろん五月から幸村が大坂の陣で命を落とす可能性があると言われたことも気掛かりである。だが、それ以上に気になるのがかつて日の本を手中に収めようとしたカピタンの存在であった。
    七緒が龍神の力を使わなくなったということはカピタンにとっては絶好の機会でもあるはず。それにも関わらず姿を消している。それも十年以上、ずっと。
    もちろん、その裏で何か工作をしている可能性もあるので、幸村を通じて彼の兄・信之や時折訪ねる阿国や大和たちからの情報収集は怠らなかったが、カピタンはもちろん、彼を信奉するものたちが行動を起こしている様子は見られなかった。
    だけど、大きな戦が起こるとすれば、その混乱に乗じて何かをしでかす可能性はある。そして、それは日の本全体を破滅に招く事態を引き起こす可能性はある。
    幸村とともに生きることを選んだ自分だが、だからこそなのだろうか。日の本を危険に晒そうとするものの存在が許せないと感じた。

    「わかりました。本当は姫にはここ、九度山で過ごしてほしいのですが」

    七緒から説明を受けた幸村がいつもの表情を見せて答える。幸村から返ってくる言葉はもっともだと思う。
    誰であれ、大切な家族には戦いに出てほしくないと思う。ましてや、幸村は自分に日の本全体を見守る龍神の立場を捨ててまで個人の幸せを選ぶことを望んだ。その日々が少しでも長く続いてほしいと願うのは自然なことだろう。

    「でも、それでこそ姫なのでしょうね」

    小さく息を吐く幸村を見て思う。元いた世界の幸村が命を落とすのは来年にあたる慶長二十年の初夏。だけど、その歴史を覆すような出来事が起きればいいと思ってしまう。覚悟をしているとはいえ、やはり一分でも一秒でも彼と長く一緒に生きたいから。
    ともあれ、運命を少しでも変えるべく真田家のものは九度山を発つことにした。

    2.

    「つばきさん、あやめちゃん。お久しぶり!」

    大坂城へ向かう前に七緒たちが立ち寄ったのは星の一族のふたりがいる堺の筒見屋の屋敷。
    幸村との間には女と男のふたりの子どもがいるが、戦いに出すことはできない。だからと言って九度山ではいくら信頼できるものとはいえ、自分たちの目の届かないところとなると、子どもたちが人質に取られるなどの可能性もなくはない。そこで昔の縁故を使い子どもたちは星の一族の屋敷で預かってもらうことにしたのだ。
    事前にもらって文に書かれているように歩いていると、遠くから手を振っているものたちが見えた。おそらくつばきとあやめだろう。
    至近距離で会ってみると、最後に会ってからそれなりの年月か経過していたにも関わらず、すぐにふたりだとわかる程度には面影は残っていた。しかし、七緒がびっくりしたのはあやめの姿である。

    「あやめちゃん、そのお腹!」

    七緒が幸村とともに生きると決めてから間もなく、あやめはつばきの元へ帰っていった。
    文を交わすことも可能ではあったが、幸村と関わっていることが知られると筒見屋の商売に影響が出かねないと考え、たまに九度山に顔を出す阿国たちに手紙を託す以外に近況を報告することはなかった。その後あやめはいい人に巡り合ったと聞いていたとはいえ、あの小さかったあやめが母親になるというのは驚き以外の何物でもない。
    そう思っているのは自分だけではなかったらしい。隣にいる幸村も驚きを隠せず、目を丸くしている。
    しかし、あやめはさらに驚きの事実を口にしてきた。

    「なかなかお知らせできなくてごめんなさい。でも、実は三人目なのです」

    確かにこの世界では十代の結婚は珍しくない。実際、あやめが結婚したという知らせを受けてからそれなりの時間が経っているため、よくよく考えると不思議ではない。
    ただ、頭ではそうわかっているが、気持ちの整理は簡単に出来ない。

    「なんだか大変なときにごめんね」

    それしか言うことができなかった。
    あやめの事情を知っていれば、もう少し別の方法を考えたのに。そう思う七緒であったが、つばきやあやめは気にしていないようだった。

    「いえ、これだけ人数いれば少しくらい増えても問題ありませんし、むしろにぎやかになって結構ですわ」

    心根はわからないが、目の前の者たちの助けを借りないといけないのは事実。
    もし無事にここに再び戻ることができたら、手厚いお礼をしよう。七緒は心の中でそう誓う。

    「では、神子様と幸村さまのご武運をお祈りいたしますわね」

    あやめに部屋で見送られ、つばきは表まで送ってもらうことになった。

    「神子様、幸村さま。おふたりにお耳に入れたいことがございます」
    「何でしょうか」
    「おそらくですが、大坂城にカピタンが出入りしています。ここ最近のことですので、おふたりには耳に入っていない情報かと思います」

    幸村が戦に出ると聞いてから動向が気になっていた存在。
    やはりとも言うべきか。
    そして、つばきがわざわざ見送ってくれたのはこれを伝えたかったからに違いない。
    幸い自分たちは豊臣の実質的最高権力者に近い立場に事実をそれとなく確認することはできる。
    幸村の方をチラッと見ると幸村も頷いている。
    七緒は幸村とともに次の目的地へ向かうことにした。
    昔と変わらない星の一族の献身ぶりに感謝しながら。

    3.

    「幸村、そしてなお姫。あなたがたが来てくれると心強いわ」

    大坂城で幸村と七緒を迎えて入れたのは以前と同様、淀殿であった。
    ただ、あのときとは違うのは今回は戦、それも大きなものが迫っているということ。そのため、より一層人目を避けながらの接見となった。
    七緒にとっては懐かしく、そして血のつながりを感じさせる存在。それに甘えそうになるが、つばきから聞いていた話もあるし、隣に座っている幸村もやはりいつもと違う面持ちであることから、心を引き締めた。
    淀殿―七緒にとっては茶々姉さま―の口調は相変わらずしっかりしたものであったが、目の下には隈が出来ていることを七緒は見逃さない。豊臣に、秀頼に天下が取れることを願い、そして画策し、しかしながら叶わない日々。その心労が積み重なっているに違いない。七緒はそう考えていた。

    「カピタンが調達してくれた武器も素晴らしいけど、信頼できる仲間はやっぱり別の意味で安心するわね」

    茶々の口から聞こえてくる名前にドキリとする反面、筒見屋で聞いた話は本当だったのかと納得する部分もある。

    「今、カピタンとおっしゃいましたか」

    おそらく幸村も焦りつつも、それを何とか隠して茶々に尋ねる。

    「ええ。少し前からこの城に出入りしているの。南蛮の武器を取り揃えてくれるけど、なかなか優れたものが多いわ。これならこの戦も勝ち目が見えてくるわね」

    かつてこの豊臣に近づいた男は一旦退いたものの機をうかがい、また豊臣に近づいているらしい。そして、おそらく豊臣を利用した上で日の本を手中に収めることまで彼は考えている可能性すらある。
    一方、豊臣に天下を戻すことに躍起になっている茶々にはカピタンのその魂胆までは見えていないに違いない。
    ただ、カピタンはうまく茶々に取り入ったはず。カピタンの野望を話したところで彼女は受け入れず、意固地になるだけというのも見えていた。
    幸村にそっと目配せすると、彼も頷いている。ここは事を荒立てないのが一番だ。

    「そうですか。それは私たちにとっても心強いですね。私たちはしばらく大坂にいます。何かございましたら、お声掛けください。すぐ馳せ参じます」

    幸村はそれだけ話してその場を立ち去る。七緒もあとに続いた。どうしたら事態を打開できるか考えながら。

    4.

    大坂城を出るまで幸村と七緒のふたりは無言を貫いていた。
    そして、城の姿が小さくなり、あたりに誰もいないことを確認してから幸村が呟いた。

    「つばきさんの話した通りというか、姫の予想した通りでしたね……」
    「ええ……」

    何らかの形でカピタンか裏で糸を引いているのではないかと考えていたし、実際つばきからもその情報を得ていたが、本人から聞くのではまた印象が異なる。

    「南蛮の武器ともなれば、威力はすごそうですよね…… 『殺戮』という言葉が似合う光景になりそうです」
    「そうですね。豊臣に武器を売って何をしようとしているのか。もう少し探る必要がありそうですね」

    幸村の言葉に七緒は頷く。
    自分の悪い予感―カピタンが絡んでいるのではないか、は残念なことに当たってしまった。
    豊臣に武器を売るのは金稼ぎなどという単純なものではないだろう。
    どこまで核心に迫られるか不安ではあるが、その陰に隠れている思惑を見逃したくはなかった。

    すると、隣を歩いている幸村の歩が止まる。
    七緒も合わせて足を止めると、幸村が囁くように伝えてきた。

    「こちらですが、私の旧知のものがおります。ご挨拶にうかがいたいと思います」

    そこは堀の形などから察するに武人の屋敷だろうと思われる建物であった。
    幸村が名乗るとあっさりするほど簡単に案内され、客間に通される。しばらくの間待っていると、幸村と同じ年頃の男性が入ってきた。

    「毛利殿!」

    幸村が懐かしみを込めて話しかけた男性を見て、誰かに似ていると七緒はすぐにそう思った。そして記憶を探って思い出した。兄の五月に似ているのだ。茶色がかった髪の毛に似たような瞳。ただ、戦国の世を生きているだけにその瞳に映る光は強いものであったが。
    そして、一見華奢なように見えるが、肩幅が広いどころが彼を武士であると示していた。

    「こちらは毛利勝永殿。私が大坂にいたときにお世話になった者です」

    七緒は会釈をし、簡単に自己紹介を行う。
    毛利殿が面白がるように七緒を見つめてきたがそれは一瞬のこと。すぐに幸村と毛利殿は真剣な表情となった。

    「なるほど、カピタンか。噂には聞いている。最近、大坂城に出入りしている南蛮商人が怪しいと。武器も売っているとなれば納得だが、豊臣にそれを使えるものがどれくらいいるか疑わしいものだ。まあ、淀殿はそこまで考えていないだろう」
    「ええ、それを考えても豊臣に勝利をもたらすための武器の売買とは思えないのです」

    そして、ふたりはこれから起こる戦の状況の分析を冷静に始めた。
    もしかすると先ほど幸村はたまたま通りかかった風を装っていたが、もしかすると前もって今日の来訪を伝えていたのかもしれない。
    ふたりが頭を突き合わせて話をする様子を見て七緒はそう思った。

    「大坂城で弱点となるのは南側だと思う。そこを狙われたら陥落しかねない」
    「豊臣は長期戦に持ち込むらしいな」
    「俺は短期決戦で終わらせた方が勝ち目があると思うが、まあ、今の淀殿に意見できる人はいないだろうからな」
    「カピタンとか言ったか。その男にしても、おそらく長期戦で疲弊した方が都合がいいだろうしな」

    それから間もなく始まった戦い―大坂冬の陣で知られる戦いは、五月から聞いていたものとほぼ同じ展開であった。
    幸村は大坂城の南側に真田丸と呼ばれる城を築き上げ、徳川の目を引き付けるのに一役買った。
    幸いともいうべきか七緒も龍神の力を使うことなく、裏方で他の女性たちとともに戦闘の助力となるべく働いていた。
    もっとも戦は徳川の勝利で終わり、幸村が築城した真田丸はさっそく解体されることとなったが。


    「大坂夏の陣か……」

    遠くで解体される真田丸を見ながら七緒はポツリと呟く。
    次の戦いはおそらく夏の陣。元いた世界の真田幸村が命を落とした戦いでもある。
    カピタンが裏で操っているにも関わらず自分の知っている歴史と恐ろしいほど流れに変化はない。
    やはりこの世界の幸村も初夏に命を落とすのだろうか。
    それとも、歴史の綻びともいうべき瞬間があり、運命を変えることはできるのだろうか。
    今の七緒にはわからない。
    ただ、運命を変えられるのことを信じて突き進むのみ。

    「姫、ここにいたのですか」

    振り向かなくても声でわかる幸村だ。

    「ええ。幸村さんがせっかく造ったのに、もったいないなと思って」

    そう話す七緒に対し、幸村は少し目を細めて見つめてくる。
    そして、聞いてくる。

    「ところで姫、ひとつお聞かせください」
    「なんでしょう」
    「姫のいた世界で私と同じ名を名乗る人物は、次の戦で命を落としていませんか」

    急に迫ってきた核心を突く質問。
    いつか聞かれるのではないかと内心危惧していた。それが今やってきたということだろう。
    できるだけ表情を変えず七緒は幸村に向き合う。

    「なんでそう思ったのですか」

    自分の命に関わる話をしているとは思えないにこやかな表情を幸村は見せる。

    「それくらいわかりますよ。九度山を発つとき、姫はいつになく真剣な表情をしていました。そして、大坂に来てからそれはより強いものとなった。だからおそらくそうなのだろうと思ったのです」


    そう、目の前にいるこの人はいつも自分のことをしっかり見つめている。
    そして、ときには自分以上に心の機微を察している。
    一緒にいる時間が長すぎて忘れていたけれど。

    「武士にそのような心配をさせるなんて、妻として失格ですね」

    幸村がそこまで覚悟を決めているなら、自分も覚悟を決めるしかない。
    そして、ふたりで新たな道が切り開けないか確かめたい。
    七緒は腹を括り、幸村に問う。

    「幸村さん、確認させてください。あなたが一番守りたいのは何ですか?」


    5.

    やがて迎えた大坂夏の陣はカピタンが豊臣方に調達した武器の威力もあり、七緒が知っている戦況とは異なっていた。
    冬の陣では武器の数も少なく、使いこなせるものも少なかったが、数ヶ月という年月は思いの外長い時間だったらしい。
    充分な量の武器が豊臣方にまわり、そして容易に操作するものも多数現れた。
    それが武士の戦いとして正しいのかはさておき、勝ち負けだけで考えれば豊臣方は確実に勝利に近づいているかのように見えた。
    ただし、カピタンが関わっている以上、別の意味で油断ならない状況であるのも事実だと七緒は踏んでいたが。

    七緒は大坂城で淀殿や秀頼殿に付き添っていた。
    事前に幸村と打ち合わせしたことを思い出す。
    幸村が敵陣に切り込むことで徳川の意識を大坂城からそらすと。ただし、万が一のことがあれば淀殿たちを連れて逃げ出してほしいと伝えられていた。淀殿たちを生かすことが三成との約束であり、決して破ってはならないものだと。
    遠目に幸村が指揮を取る赤備えの軍が徳川に斬り込むのが目に入る。彼はおそらく自分の言葉を守っているのだろう。一方で彼がいくら強靭とはいえ、多勢を相手にするには時間の限界があることを七緒は知っていた。
    それに、徳川でも幸村の動きに翻弄されないものもいるはずだ。
    もしかすると先に行動に出た方がいいかもしれない。そう思った矢先であった。

    「火が……! お城に火がまわっています!」

    五月から聞いていた大坂城の焼き討ち。
    そして、幸村からも可能性があると聞かされていたこと。
    淀殿に生きるように説得し、逃げ切り、安全な場所で生きること。
    それが幸村、しいては三成が七緒に託したことであった。
    もっとも淀殿は七緒の手を振りきろうとした。彼女も武士である以上、生き恥をさらすのを恥と考えているように七緒の目には映った。
    炎がまわるのにさほど時間は掛からないだろう。嫌な臭いが部屋に充満するのを感じながら七緒は淀殿の手を取り、瞳を見つめる。

    「戦いはまだ終わっていません。生きてさえいれば、いくらでも戦うことができます。だから逃げて!」

    そう言って淀殿の手を引っ張る。
    彼女が納得しているかはわからない。ただ、考えるのはあとだ。今は火の気から逃げるのみ。
    秀頼も後ろからついてくる気配を感じながら七緒は火の気のないところを探す。
    それは敵陣と鉢合わせする可能性が高いことも意味するが、それでも炎に包まれるよりはましであった。

    幸い徳川のものと遭遇することもなく、城から脱出できた。
    しかし、そこに待ち受けていたのは意外ともやはりともいうべき存在であった。

    「南蛮怨霊!?」

    一体、二体なんてものではなく、数え切れないほどの怨霊が辺り一面に溢れかえっている。
    豊臣、徳川関係なく怨霊は襲い、そして身分の上下問わずその場から逃げようとするもので辺りは混乱していた。
    七緒はこの中のどこかにいる幸村のことを気にかける。彼は怨霊との戦いも経験しているし、いまだに八葉の力は残っている。だから大丈夫だろうと今は信じるしかない。

    淀殿と秀頼殿を守るため薙刀を振るいながら思う。カピタンの狙いは自分かもしれないと。そのために大坂城に火をつけて誘き寄せたのかもしれない。そう思いつつも、七緒の龍神としての本能が騒ぐのを感じる。
    ここは自分が守らないといけない。豊臣だろうと徳川だろうと関係なく。そして、南蛮怨霊といえども、怨霊は悲しき存在。浄化をしなければならない。
    ずっと使わないでいたから勘は鈍っているかもしれない。だけど、今はそれにかけるしかない。そして、その結果幸村たちと二度と会えないかもしれないけど、ここで食い止めないと日の本全体がカピタンの支配下になる恐れもある。それだけは避けたい。

    同時に七緒の気がかりは淀殿たちのことであった。幸村と淀殿たちを安全な場所に連れていくと約束した以上、それを果たせないと後悔するだろうし、それ以前に顔向けができない。
    すると、後ろから自分の肩に手を置くものがいた。
    敵かと思い身構えたところ、響いてきたのは知っている声であった。

    「あなたは幸村の……」

    茶色の髪に茶色の瞳。毛利殿であった。

    「幸村から話は聞いています。さあ、私にお任せを」

    この者の言葉を本当に信用していいのかわからない。戦況のゴタゴタで敵陣に寝返り戦功を上げようとしている可能性もゼロではない。
    だけど、怨霊の出現で混乱するもので溢れ返っている中、ほかに淀殿たちを託せるのはいなかった。
    七緒は毛利殿の瞳をしっかりと見据えて頭を下げた。

    「なお姫……」
    「茶々姉さま、お元気で……」

    小さくなっていく淀殿の後ろ姿にそう声を掛け、七緒は走り出した。



    戦の中心地に向かうほど怨霊の数は増え、それに反して逃れる兵の数も増えていった。

    「この辺でいいかな……」

    一体ずつ浄化をしていたのではキリがないし、自分の体力も持たない。
    できるだけ広い場所を見つけ、何度も唱えてきた浄化の文言を口にする。

    すると、七緒の身体が光に包まれ、ふわっと空に浮かぶのを感じる。
    見れば人の形は失われ、龍神として空を舞っていた。

    「龍神様だ……」

    大坂城にいる兵からそのような感嘆の声が聞こえてくる。それが自分に向けられている言葉だとわかり、不思議な感じすらする。

    そんな中、怨霊による恐怖心から解放された武士たちが我を取り戻したのだろうか。
    木の陰に潜んでいたカピタンを見つけ出し、縄で縛り上げているのが目に入った。おそらく彼は人の世界での裁きを受けるのだろう。

    空を悠々と駆け抜ける感覚はどこか懐かしい。
    そして肌に当たる風ですら自分の一部のような感触となり、大きな力にそのまま意識が呑み込まれそうになる。
    ふとそのとき、七緒の心にひとりの男性の声が響いてきた。

    「姫……」

    幸村だ。
    どんなときも、どんな状況でも自分を支え、見守ってくれた存在。
    この姿を取り戻した以上、もう元に戻ることはできない。
    だけど、叶うのであればもう一度人としてこの人と生きたい。薄れゆく意識の中、七緒はそう願った。

    6.

    意識を取り戻した七緒の目に入ったのは、虹色とでもいうのだろうかさまざまな色の光が混ざりあった空間であった。

    目の前にいるのは黒き龍。
    記憶をもとにすれば自分の対・黒龍だろう。
    ふと思い出す。
    本当は黒龍がとらえられているのを気にしていたものの、その直後に幸村に龍神の力を使わないように約束させられたことを。
    その後、五月や幸村たちが対処したようだが、根本的な解決に至ったのかはわからない。
    ただ、少なくとも自分はこの龍の対であることの役目を十年以上、放棄してきた。

    「黒龍、ごめんね。ここに来るのが遅くなって」

    謝って済む問題とは思えない。だけど、そうしないと気が済まなかった。

    「龍の世界では瞬きほどの時間。白きものよ、気にするではない」

    確かに龍の世界では十数年という歳月はわずかなものかもしれない。だけど、人の世では決して短いと言えない時間でもある。
    幸村からは充分人としての幸せを与えられた。淀殿もおそらく無事に逃げ出した以上、彼も友との約束を守って満足しているであろう。

    ……真田七緒としてこれからも生きたい気持ちはある。だけど、それも今日で終わり。個を持たない龍の世界に戻ろう。それが今まで役目を果たしていないせめてもの償いになれば。
    そう覚悟を決めたそのとき。

    「人の子と交わり、子を産んだそなたは既に龍ではない」

    黒龍の口から出てきたのは意外な言葉であった。
    え!?
    七緒がそう思うのも束の間、意識を失うのを感じる。

    「戻るのだ。そなたを待つ人の子のところに」


    7.

    「つまり言い方は悪いですが、白龍の役目をクビにされたということでよろしいでしょうか」

    黒龍と話していた空間から戻り、人の姿を取り戻した七緒を出迎えたのは幸村であった。
    そして今は陣の中でふたりきりになり休ませてもらっている。
    瞳が潤んでいること、そして目の回りが赤いことは、先ほどまで彼が涙を流していたことを示していた。
    自分も幸村とはもう二度と会えないかと思っていた。
    だから、白龍としてではなく人として生きるように伝えられたことは正直、驚き以外の何物でもない。
    でも、嬉しい気持ちがあるのは事実。ただ、その嬉しさが今はまだ実感できないだけで。

    「龍の世界では瞬きほどの時間とは言っても、十年以上役目を放棄していたから、あきれられたようです」

    幸村も自分の気持ちを処理しきれないのだろう。
    苦笑なのか何なのか読み取れない表情をしながら七緒を見つめてくる。
    そういえば、そう幸村が呟く。

    「淀殿と秀頼殿は無事逃げられたようです。勝永殿の使いの者から報告がありました」

    よかった。
    七緒が真っ先に思ったのはそのことであった。
    戦況はある時点まで豊臣に有利であったとはいえ、おそらく大坂城が燃えた時点で不利に傾いた。
    そして、南蛮人から武器を調達し、幕府に刃向かったとなれば反逆者として死罪は免れないだろう。
    カピタンの計略でもあったため、淀殿だけに罪を着せるものでもないと思うが、徳川に刃向かうことを決めたのは淀殿の決断である。
    罪から逃れるのが正しいかはわからないが、七緒はふたりがどこかで生き、幸せになることを願うしかなかった。

    「先ほど柳生殿がいらっしゃり、私たちの処分について報告を受けました」

    処分。
    その言葉を聞いて七緒は背筋が凍る思いがした。
    幸村の人生は大坂夏の陣で終わるものだと覚悟をしていたこともあり、その先があるとは考えてもいなかった。
    しかし、実際は自分たちはこうして生き延び、そして豊臣にくみしたため処分される側にある。
    死罪かそれとも……。
    せっかく幸村と人として幸せに生きられると思った矢先にこのようなことがあるとは思いもしなかった。
    しかし、幸村から聞いたことは意外ともいうべきことであった。

    「龍神の神子が怨霊で溢れ返る戦場を収めたことで免除する、とのことです。ただし、今後も九度山で蟄居することと徳川の監視があるという条件付きですが」

    つまり、昨年までの生活と大差はないということだ。
    おそらく幸村の兄・信之の嘆願があったり、七緒自身かつて家康に直接面会を果たしていたことも影響しているのかもしれない。

    「よかった」
    「何がですか」
    「私たちがようやく役目から解放されたような気がして」

    龍神の力を使わず人として生きると決めたものの、やはり後ろめたい気持ちはどこかにあった。
    そして、幸村も自分とは違う形とはいえ、友との約束に縛られていた。
    だけど、ようやくその縛りから解放され、個人として幸せを求めることが許される気がする。

    ふとそのとき、幸村が七緒の身体を抱きしめてきた。
    身体に重力を感じるのは久しぶりのことで思わずドキリとしてしまう。

    「少しの間、こうしていただけませんか」

    耳元でそう囁かれて断ることなどできるはずもない。

    「ええ、いいですよ」

    そう言いながら七緒も幸村の背中に手をまわす。
    触れあった部分からドクンドクンと幸村の心臓の音が響き、戻ってきたという実感が急に湧いてきた。

    「九度山に帰ったら甘えてもいいですか?」

    龍神としての自分を捨てたからだろうか。
    「欲」というものに対して執着を持つようになった気がする。
    さすがに誰がいつ来るかわからない場所で求める気にはなれなかったが、家族しかいない場所ではもう少しふたりでしか楽しめないことを満喫したかった。

    「九度山まで待てますか?」

    幸村の瞳が彼にしては意地悪く光り、七緒を見つめてくる。それにドキッとしていると、幸村が真顔を取り戻して言う。

    「冗談ですよ」

    からかわれていたことに気づき、悔しさのあまり七緒は幸村の胸をこぶしでポカポカ叩く。もちろん手加減はして。
    そして思う。
    夫婦でありながら互いにどこか気を遣っていた部分があったのに、短期間で急に距離が縮んだような気がする。

    ふと幸村の顔が近づき、至近距離で囁かれる。

    「お帰りなさい、姫」
    「ただいま、幸村さん」

    そう返そうとした言葉は幸村にふさがれたくちびるに飲み込まれてしまう。
    そして、何度も何度もついばむようなキスが語っているような気がした。彼がどれほど人としての七緒とともに生きたいのかということに。

    「では、九度山に帰りましょうか。もちろん、途中、堺に寄ってから」

    幸村が七緒にそう呼び掛ける。
    その声は今までの彼からは聞くことができない明るさに満ちたものだった。
    ここからは自分たちも知らない自分たちだけの物語。
    それをどう幸村と紡ぎ出せるのか期待しつつ七緒は幸村と歩き始めた。片手はしっかり幸村とつなぎながら。
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    💒
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    百合菜

    DOODLE地蔵の姿での任務を終えたほたるを待っていたのは、あきれ果てて自分を見つめる光秀の姿であった。
    しかし、それには意外な理由があり!?

    お糸さんや蘭丸も登場しつつ、ほたるちゃんが安土の危険から守るために奮闘するお話です。

    ※イベント直前に体調を崩したため、加筆修正の時間が取れず一部説明が欠ける箇所がございます。
    申し訳ございませんが脳内補完をお願いします🙏
    1.

    「まったく君って言う人は……」

    任務に出ていた私を待っていたのはあきれ果てた瞳で私を見つめる光秀さまの姿。
    私が手にしているのは抱えきれないほどの花に、饅頭や団子などの甘味に酒、さらにはよだれかけや頭巾の数々。

    「地蔵の姿になって山道で立つように、と命じたのは確かに私だけど、だからってここまでお供え物を持って帰るとは思わないじゃない」

    光秀さまのおっしゃることは一理ある。
    私が命じられたのは京から安土へとつながる山道を通るものの中で不審な人物がいないか見張ること。
    最近、安土では奇行に走る男女が増えてきている。
    見たものの話によれば何かを求めているようだが、言語が明瞭ではないため求めているものが何であるかわからず、また原因も特定できないとのことだった。
    6326

    百合菜

    MAIKING遙か4・風千
    「雲居の空」第3章

    風早ED後の話。
    豊葦原で平和に暮らす千尋と風早。
    姉の一ノ姫の婚姻が近づいており、自分も似たような幸せを求めるが、二ノ姫である以上、それは難しくて……

    アシュヴィンとの顔合わせも終わり、ふたりは中つ国へ帰ることに。
    道中、ふたりは寄り道をして蛍の光を鑑賞する。
    すると、風早が衝撃的な言葉を口にする……。
    「雲居の空」第3章~蛍3.

    「蛍…… 綺麗だね」

    常世の国から帰るころには夏の夜とはいえ、すっかり暗くなっていた。帰り道はずっと言葉を交わさないでいたが、宮殿が近づいたころ、あえて千尋は風早とふたりっきりになることにした。さすがにここまで来れば安全だろう、そう思って。

    短い命を輝かせるかのように光を放つ蛍が自分たちの周りを飛び交っている。明かりが灯ったり消えたりするのを見ながら、千尋はアシュヴィンとの会話を風早に話した。

    「そんなことを言ったのですか、アシュヴィンは」

    半分は穏やかな瞳で受け止めているが、半分は苦笑しているようだ。
    苦笑いの理由がわからず、千尋は風早の顔を見つめる。

    「『昔』、あなたが嫁いだとき、全然相手にしてもらえず、あなたはアシュヴィンに文句を言ったのですけどね」
    1381

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    百合菜

    DONE2021年2月7日に開催された天野七緒中心WEBオンリーで実施した「エアスケブ」で書いたものです。
    リクエスト内容は、「はっさくを食べる二人」。

    本当は、「探索の間に、幸村と七緒が茶屋でかわいくはっさくを食べる」話を書きたかったのですが、実際に仕上がったのは夏の真田の庄で熱中症になりかかる七緒ちゃんの話でした^^;

    ※スケブなので、無理やり終わらせた感があります
    「暑い……」

    七緒の口から思わずそんな言葉が出てきた。
    富士に登ったものの、呪詛返しに遭い、療養することを強いられた夏。
    無理ができない歯がゆさと戦いつつも、少しずつ体調を整えるため、その日、七緒は幸村の案内で真田の庄をまわっていた。

    秋の収穫を待ちながら田畑の手入れを怠らないものたちを見ていると、七緒は心が落ち着くのを感じる。
    幸村を育んだ土地というだけに穏やかな空気が流れているのだろうか。ここにはいつまでも滞在してしまいたくなる安心感がある。

    しかし、そのとき七緒はひとつの違和感を覚えた。
    呪詛とか怨霊の類ではない。もっと自分の根本に関わるようなもの。
    おそらくこれは熱中症の前触れ。
    他の土地よりは高地にあるため幾分和らいでいるとはいえ、やはり暑いことには変わりない。
    七緒の変化に幸村も気づいたのだろう。
    手を引かれたかと思うと、あっという間に日陰に連れていかれる。
    そして、横たえられたかと思ったその瞬間、七緒は意識を失っていた。


    水が冷たい。
    そう思いながら七緒が目を開けると、そこには幸村のアップの顔があった。
    「姫、大丈夫ですか?」
    そう言いながら自分を見つめる紫の瞳 1386

    百合菜

    DONE2021年2月7日に開催された天野七緒中心WEBオンリーで実施した「エアスケブ」で書いたものです。

    リクエストは「炊事をする幸七」です。
    ……が、実はこれは没案の方です。
    (それを先に書く私も私ですが^^;)

    そもそも「炊事」とは何なのかとか、買い物で終わっているじゃない!という突っ込みはあるかと思いますが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
    「姫様、こちらは何ですか?」

    何度目になるかわからない八葉たちによる令和の世の天野家の訪問。
    さすがに慣れてきたのか、八葉の者たちは早速手洗いを利用したり、リビングでソファに座りながらテレビを見たりするなど、思い思いのくつろぎ方を見出すようになった。
    その中で、七緒と五月、そして武蔵の三人は八葉に茶と軽い食事を出すために台所へいた。

    「これは、電子レンジって言うんだ」
    「でんし…れん……じ、ですか?」

    水道水の出し方や冷蔵庫の扱いには慣れてきた武蔵であったが、台所の片隅にある電子レンジの存在は使ったことがないこともあり認識していなかったらしい。
    七緒もそのことに気がつき、武蔵に説明する。

    「うん。説明するより、実際に見てもらった方がいいと思うから、使ってみようか」

    そう言って七緒は冷凍室から冷凍ピザを取り出す。
    そして、慣れた手つきで袋を開け、さらにピザを乗せていく。
    数分後、軽快な電子音が鳴り響き、そしてレンジの扉を開くとトマトソース匂いが台所に広がっていく。

    「ほお、相変わらず神子殿の世界にあるものは興味深いね」
    「そうですね、兼続殿」

    そこに現れたのは兼続と幸村のふ 2359

    百合菜

    DONE2021年2月7日に開催された天野七緒中心WEBオンリーで実施した「エアスケブ」で書いたものです。
    リクエスト内容は、「はっさくを食べる二人」。

    本当は、「探索の間に、幸村と七緒が茶屋でかわいくはっさくを食べる」話を書きたかったのですが、実際に仕上がったのは夏の真田の庄で熱中症になりかかる七緒ちゃんの話でした^^;

    ※スケブなので、無理やり終わらせた感があります
    「暑い……」

    七緒の口から思わずそんな言葉が出てきた。
    富士に登ったものの、呪詛返しに遭い、療養することを強いられた夏。
    無理ができない歯がゆさと戦いつつも、少しずつ体調を整えるため、その日、七緒は幸村の案内で真田の庄をまわっていた。

    秋の収穫を待ちながら田畑の手入れを怠らないものたちを見ていると、七緒は心が落ち着くのを感じる。
    幸村を育んだ土地というだけに穏やかな空気が流れているのだろうか。ここにはいつまでも滞在してしまいたくなる安心感がある。

    しかし、そのとき七緒はひとつの違和感を覚えた。
    呪詛とか怨霊の類ではない。もっと自分の根本に関わるようなもの。
    おそらくこれは熱中症の前触れ。
    他の土地よりは高地にあるため幾分和らいでいるとはいえ、やはり暑いことには変わりない。
    七緒の変化に幸村も気づいたのだろう。
    手を引かれたかと思うと、あっという間に日陰に連れていかれる。
    そして、横たえられたかと思ったその瞬間、七緒は意識を失っていた。


    水が冷たい。
    そう思いながら七緒が目を開けると、そこには幸村のアップの顔があった。
    「姫、大丈夫ですか?」
    そう言いながら自分を見つめる紫の瞳 1386

    百合菜

    DONE2021年2月7日に開催された天野七緒中心WEBオンリーで実施した「エアスケブ」で書いたものです。
    遅刻となってしまい、申し訳ございません。
    リクエスト内容は、「空を見る二人」。

    5章をイメージして書きました。では、どうぞ。

    ※ゲームを見返すエネルギーがないため、取り急ぎ「荘園」という言葉を使いました。
    後日見返して訂正します。
    「若様、姫様、そろそろ休んだらどうだい?」

    その日、七緒は幸村とともに真田家の荘園の見回ることとなった。
    富士で呪詛返しを受けたため、現在、七緒は信濃でゆっくりと療養している。幸い身体の調子は戻ってきており、再度の富士登山に向けて体制を整えているところであった。

    見回りと言っても幸村はただ視察するだけではなく、農作業に加わる。
    故郷を離れていた時期が長いため、民とともに田畑の手入れを行うことが何よりの喜びだと話す様子が七緒には印象的だった。
    幸村には「姫は木陰で休んでいてください」と言われるが、周りのものがあくせく働いているのを見ると申し訳ない気持ちになる。それに幸村が生まれた土地のために汗水を流しているのだから、少しでもいいから力になりたい。
    そう思って七緒もともに身体を動かしていたのだが、思っていた以上に時間が経ったらしい。
    太陽はいつの間にか空の一番高いところまで上り、強い日差しが七緒と幸村を照らしていた。
    「せめてものお礼に」と言われて差し出されたおむすびを七緒は口に頬張る。
    塩でシンプルに味付けされたものだが、空腹の身にはそれが却っておいしく感じる。

    ふと何気なく七緒は 1602

    百合菜

    DONE2021年2月7日に開催された天野七緒中心WEBオンリーで実施した「エアスケブ」で書いたものです。

    リクエストは「炊事をする幸七」です。
    ……が、実はこれは没案の方です。
    (それを先に書く私も私ですが^^;)

    そもそも「炊事」とは何なのかとか、買い物で終わっているじゃない!という突っ込みはあるかと思いますが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
    「姫様、こちらは何ですか?」

    何度目になるかわからない八葉たちによる令和の世の天野家の訪問。
    さすがに慣れてきたのか、八葉の者たちは早速手洗いを利用したり、リビングでソファに座りながらテレビを見たりするなど、思い思いのくつろぎ方を見出すようになった。
    その中で、七緒と五月、そして武蔵の三人は八葉に茶と軽い食事を出すために台所へいた。

    「これは、電子レンジって言うんだ」
    「でんし…れん……じ、ですか?」

    水道水の出し方や冷蔵庫の扱いには慣れてきた武蔵であったが、台所の片隅にある電子レンジの存在は使ったことがないこともあり認識していなかったらしい。
    七緒もそのことに気がつき、武蔵に説明する。

    「うん。説明するより、実際に見てもらった方がいいと思うから、使ってみようか」

    そう言って七緒は冷凍室から冷凍ピザを取り出す。
    そして、慣れた手つきで袋を開け、さらにピザを乗せていく。
    数分後、軽快な電子音が鳴り響き、そしてレンジの扉を開くとトマトソース匂いが台所に広がっていく。

    「ほお、相変わらず神子殿の世界にあるものは興味深いね」
    「そうですね、兼続殿」

    そこに現れたのは兼続と幸村のふ 2359

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    百合菜

    PAST遙か6・有梓
    「恋心は雨にかき消されて」

    2019年有馬誕生日創作。
    私が遙か6にはまったのは、猛暑の2018年のため、創作ではいつも「暑い暑い」と言っている有馬と梓。
    この年は気分を変えて雨を降らせてみることにしました。
    おそらくタイトル詐欺の話。
    先ほどまでのうだるような暑さはどこへやら、浅草の空は気がつくと真っ黒な雲が浮かび上がっていた。

    「雨が降りそうね」

    横にいる千代がそう呟く。
    そして、一歩後ろを歩いていた有馬も頷く。

    「ああ、このままだと雨が降るかもしれない。今日の探索は切り上げよう」

    その言葉に従い、梓と千代は足早に軍邸に戻る。
    ドアを開け、建物の中に入った途端、大粒の雨が地面を叩きつける。
    有馬の判断に感謝しながら、梓は靴を脱いだ。

    「有馬さんはこのあと、どうされるのですか?」
    「俺は両国橋付近の様子が気になるから、様子を見てくる」
    「こんな雨の中ですか!?」

    彼らしい答えに納得しつつも、やはり驚く。
    普通の人なら外出を避ける天気。そこを自ら出向くのは軍人としての役目もあるのだろうが、おそらく有馬自身も責任感が強いことに由来するのだろう。

    「もうすぐ市民が楽しみにしている催しがある。被害がないか確かめるのも大切な役目だ」

    悪天候を気にする素振りも見せず、いつも通り感情が読み取りにくい表情で淡々と話す。
    そう、これが有馬さん。黒龍の神子とはいえ、踏み入れられない・踏み入れさせてくれない領域。
    自らの任 1947