コンコンとうかがうようなノックの音が炎の守護聖オスカーの部屋に響く。
そろそろか。そう思いながらドアを開くとそこにいるのは予想通りともいうべきか金の髪を持つ女王候補の姿であった。
「ジュリアス様ならまだ来ていないが」
聞かれるより先にそう答えると目の前の少女ーアンジェリーク・リモージュは明らかに落ち込む顔を見せた。
特別な感情を持たないとはいえ、女性が悲しむ姿は正直あまり見たくない。
「カプチーノでも飲んでいくか」
そうオスカーが問いかけるとその表情はほんのりと明るくなる。
椅子に腰かけるように促し、カプチーノをカップに注ぐ。
泡の触感を楽しんでいるのだろうか。先ほどまでとは違い、くるくる表情が動いている。
「ジュリアス様の部屋には行かなかったのか」
オスカーがそう聞くとアンジェリークはカップから口を離し、少し遠くを見ながら答える。
「ええ、オスカー様の部屋に来ているような気がしたので」
そう言われてオスカーは思い出す。仕事の都合もあるが、ほぼ毎日のようにジュリアスはこの部屋に来る。そして、最初はたまたま会っていたアンジェリークが、いつの間にかジュリアスを待ち伏せするためにこの部屋に来ることが多くなってきたことに。そして、それがどんな感情から来るものなのかわからぬオスカーではない。
「健気だな」
思わずそんな呟きが出てしまう。
すると、アンジェリークはオスカーの方ではなく、窓から外を見ながら話す。まるでひとり言を呟くかのように。
「オスカー様の部屋でジュリアス様を見かけると、そのままジュリアス様の部屋までご一緒できるのが楽しみでした。でも、そんな楽しいひとときももうすぐ終わるのでしょうね」
アンジェリークがそう言うには理由がある。
現在、エリューシオンの建物の数は62。ライバル候補のロザリアが育成するフェリシアよりも10程度差がついており、アンジェリークが女王になるのも時間の問題だと囁かれていたからだ。
女王になると守護聖との距離は候補生のときの比ではない。
今は敬意を持って接している守護聖が、今度は自分が敬意を持たれる側となり、さらにベール越しの存在となる。
そして、恋をすることも許されない。
彼女がジュリアスと過ごす時間を満喫できるのもあとわずか。
「ジュリアス様のお部屋は緊張してあまり話せないけど、廊下だと楽しく話せるのです」
それが感慨深く話しているように聞こえるのは、気のせいではないだろう。
すると、そのとき、硬質なノック音がオスカーの部屋に響く。
ドアを開くとそこにいたのは予想通りともいうべきか噂をしていた者ージュリアス。
「アンジェリーク、お前も来ていたのか」
「ええ」
部屋にアンジェリークがいることに気がつくと、オスカーへの用事を手短に済ませる。そして、いつものようにといえばいいのだろうか、ふたりは廊下をともに歩き出す。
そんなふたりの背中を見ながらオスカーは複雑な心境になる。歩幅はかなり違うはずなのに、ずいぶんと息が合っているのかここからでもわかる。
「本来なら女王候補が首座の守護聖と親しいのは今後のことを考えると喜ばしいことなのだが……」
しかし、なぜかそのことに歯がゆさを感じてしまう。
部屋に戻ったオスカーはカップに残っていたカプチーノを口にする。
いつもは感じない苦味がなぜか口の中に残った。