オムライス目に映った風景に、あれ、と声に出た。駐車場に車を停め、外に出る。
欠け始めた月を背後にしたアパートには、ほとんど明かりが灯っていたけれどうちの部屋の電気はついていなかったから。
影山はまだ帰っていないのだろうか。
後部座席に置いていた荷物をまとめて、階段を上った。部屋の前にたどり着き、コートのポケットから鍵を取り出そうとした。しかし両手に大きめの荷物を持っていたせいで、指先に引っかかったキーチェーンが滑り落ちた。咄嗟に手を伸ばしたせいで、荷物までずり落ちる。
最悪だ、と思う前に背後から伸びてきた手が、素早く俺の荷物を受け止めた。
「……影山」
「おかえりなさい」
影山は床に落ちた鍵を拾い、部屋の扉を開けた。
「どっか行ってきたの?」
影山の手にはスーパーのビニール袋があった。
「なくなりかけてたものがあったんで買いに行ってた」
「え、マジ?ありがとう」
礼を言いながらふと、ビニール袋から卵のパックが透けているのが見えた。
「もしかしてだけど」と言いながら、自分が今日買ってきたスーパーの袋から卵のパックを取り出す。
影山は一瞬無言で俺の手を見ていたが、そっと自分のビニール袋から牛乳を取り出して見せた。
俺はそれに倣うように自分の袋から同じメーカーの牛乳を取り出した。
続いて俺はヨーグルトを見せた。次の瞬間、影山の手には同じものが握られていた。
俺たちにできることは、その場に崩れ落ちて笑いだすことだけだった。
「家に卵が24個ある……」
「牛乳は6本」
「俺ら二人で消費できる量じゃねぇ……どうする?店でも開くか?」
報連相が大事と普段からあれだけ言い合っているのに、時々こういうことが起きてしまう。俺たちは今までずっとひとりとひとりで生きてきたから、そんなこともあるよねと笑い合ったけれど、現実問題これらの食べ物には賞味期限というものがある。
【卵 大量消費 レシピ】で検索すると、実に様々な料理が出てくるのだが、残念ながら俺たちの料理スキルは高くない。
考えて考えて、「そういえばオムライスっていつも卵ケチって薄い奴にしてるから、贅沢に使ってふわとろのやつを作ろう」ということになった。
影山は冷蔵庫に貼ってある給食の献立を確認して「しばらくオムライスなさそうですね」と確認してくれた。
「もしかして飯作るとき、いつも献立確認してくれてんの?」
「貼ってあったんで一応」
「今日は八宝菜だった」
「うちじゃ絶対作んないですよね」
2人で並ぶと台所は狭い。俺たちはぎちぎちになって卵を大量にボウルに割り入れ、牛乳もいれる。こうするとふわふわになるのだそうだ。
フライパンを熱し、ドカンとバターを入れた。さっき作ったケチャップライスはリビングに一時避難してある。
「いくぞ」と合図し、ボウルの卵液を半分入れる。目指すは綺麗なオムレツを割ってつくる、トロトロオムライスだ。
動画で予習した通り、フライパンを揺らし、菜箸でかき混ぜながら焦げ付かないように焼いていく。ある程度固まってきたら端に寄せて形を整える。
「待って、なんか全然……思った通りにいかねぇ」
「くっついてますね」
「なんで!?あ、あ、どんどん火が通ってぱさぱさの卵に……!影山!ライス!ライス!」
俺の慌てように感染した影山も大慌てでケチャップライスを皿に盛りつける。差し出された皿にフライパンをさかさまにし、オムレツを乗せる。
しかし、オムレツは重力に気付かなかったようにフライパンから動かず、一瞬後になって思い出したようにボトンと落ちた。その一瞬の間がよくなかった。落ちてこないオムレツを不審に思い、フライパンを動かしてしまったのだ。元々決して綺麗ではなかったオムレツは、皿と調理台のちょうど中心辺りに落ちた。慌てて手で卵を動かすが、焼き立てとあって熱い。
半泣きで本来の位置に直し、急いでナイフを入れるが、綺麗に火が通っていた。
何とも言えない気持ちで影山を見上げると、影山は俺を慰めるように背中を撫でた。
「次は俺がやってみます」
「バターたっぷり使え、くっつくぞ」
影山は言われた通り、バターをたっぷりフライパンに塗ったが、その後は悲惨なものだった。
「スクランブルエッグじゃん」
俺の突っ込みに、影山は黙って山盛りにしたケチャップライスに乗せた。ポロポロとスクランブルが下山して皿の外に出ていく。
「オムライス……難しいんすね」
「俺、クマが卵の布団で寝てるやつ作りたかったけど、もしかしてアレすげえ難しいのかも……」
俺たちはトボトボとリビングに皿を持って移動する。
せめて少しだけでも可愛くしようとケチャップでハートを描いたが、途中空気が入ったのか「ブビィッ」という音と共に血しぶきが広がったのだった。
せっかくだから半分こにしようということで、ケチャップライス固焼きオムレツ添えとケチャップライススクランブルエッグ添えを食べ比べた。
あまりにも悲しい見た目だったが、味は悪くない。
「あんだけバター使ってんだもんな」
「米、うまいっす」
「玉ねぎもたくさん買っちゃったからな……たくさん入れたけど甘くてうまかったな」
食べ終えて、インスタにオムライスの写真をアップしながらふと「悔しい」と思った。
横で影山のスマホが鳴り、インスタを確認したらしい影山から「いいねが押された」という通知が返ってきた。
「俺のインスタ通知設定してんの?」
「はい」
ぐちゃぐちゃのオムライスの写真を見ながら「明日もオムライスにしたら怒る?」と聞く。
「いいですよ。次はもっとできる気がする」
「そうだ、俺たちはここで止まるわけにはいかない……なぜならまだ21個の卵が冷蔵庫にある」
影山は重々しく頷いた。
結局俺たちは3日連続でオムライスを作るという奇行に走った。
・卵が思い通りの部分に乗せられた
・少しだけ半熟の状態で食べることができた
という微々たる成長を見せたが、目標には程遠い。
ケチャップライスもクマの形に整えたが、綺麗な球にならず、重力に従って皿に崩れていく始末だ。
「まるで事件現場……」
「ケチャップで何か書きます?」
受け取ったケチャップで「犯人は…」とだけ書き、影山の方には影山のサインを書いてあげた。
食べながら「俺らもだいぶうまくなったな」と頷きあったが、お互い目が合った瞬間「明日は卵じゃないものが食べたい」「オムライスはしばらくいいです」と本音が出てしまうのだった。
終わり