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「ねえ、ルーク。アタシ達、いったいいつになったらそういう関係になるのかしら」
しびれを切らしたアタシはなんの脈絡もなく唐突にルークに尋ねる。突然問い詰められたルークは目を丸くしてアタシを凝視している。
「……? そういう関係とは……?」
「とぼけないで。もう付き合って半年も経つのに、キス以上のことはしてないじゃない」
そう、アタシはルークと一度もそういうことになっていない。付き合ってもう半年も経つというにも関わらず。これは最後までやっていない、という意味ではない。性的なスキンシップを全くしていない、という意味。
キスだって、エレメンタリースクール生向けの少女漫画の最終回のような可愛らしいものばかり。そんなことで、アタシを満足させられるなんて思っているのかしら。
「寮だってお互い一人部屋なのに、そんなことってある?」
「オーララ、ヴィル。なんてことを言うんだい。私達はまだ高校生だよ」
「そうよ、健全な思春期の男子高校生よ。今どき、ミドルスクールの生徒でもキス以上のことをやってるわよ」
「そうなのかい? 最近の若者は進んでいるね」
驚く姿がウソっぽい。普段さんざん愛を語っているくせに、こんなときだけ純粋ぶって。今日こそは、なんでアタシとキス以上のことをしようとしないのか、とことん問い詰めてやるんだから。
「アタシと肌を重ねたいって思わない? 触れ合うだけのキス以上のスキンシップをしたいって」
「ヴィルをそんな目で見るだなんて……」
「ルークはアタシに性的な魅力を感じないってこと?」
「ノン! とんでもない、ヴィルはあらゆる魅力に溢れているよ!」
自分の発言の矛盾に気がついてほしい。性的魅力は感じるけれど、性の対象にはならない、ということ? 辻褄が合わなくてよくわからないわ。
「アタシが誘ったって、のらりくらりとかわしてしまうし。いったいアタシがどんな気持ちで……」
「……ヴィル……」
ルークにはぐらかされるたび、アタシがどれだけ切ない気持ちになっているか、考えたことがあるのかしら。愛する人に拒否されて、悲しまない人間がいる? 正直そろそろ心が折れてしまいそう。
ルークが詮索されることが嫌いなのは知っているけれど、なにか事情があるなら話してほしい。アタシ達、恋人同士なのだから……。
「ヴィル……悲しい顔をしないで。ヴィルが悪いわけではないんだよ」
ルークはそう言って眉尻を下げる。普段ルークにこんなふうに感情をぶつけることなんてめったに無いから、随分困らせてしまっているみたい。でも、今までさんざんこちらの誘いを断られた。少しくらい怒ったって、許されるんじゃないかしら。
「……私はね、ヴィル。キミに劣情をぶつけることなんてできない、と思っているんだよ」
「……どういうこと?」
「美しいヴィルを私の劣情で穢してしまうわけにはいかない、という意味だよ」
……なるほど。言い分はわかったわ。アタシを美しいと思うあまり、自分のみだらな感情をぶつけることに抵抗がある、ということね。ルークらしい、納得のいく理由だわ。
「……だったら、アタシが劣情をぶつける側になれば良いってこと?」
「ヴィルが私に……?」
ルークは再び目を見開いて固まった。かと思えば、目をつむってなにやら思案する。いったいどんな想像をしているかは知らないけれど、本人を目の前にしてやるような想像ではないことは確かだわ。
「……それは……私にヴィルの美しさを堪能する余裕がないような……」
「そんなこと知ったことじゃないわよ!」
……詮索するつもりは毛頭ないけれど、なんだかどんな想像をしていたか気になってきたわ。聞いたところで、絶対教えてくれないとは思うけれど。
「とにかくヴィル、どうか私が聖人になるまで待っていてくれないかい」
「……聖人って性欲あるの……?」
……これ以上の押し問答は無駄ね。今日のところはアタシの負けで良いわ……。なんだかどっと疲れたし。ルークの心情を聞けただけでも、少し前進できたかしら。
「私にはヴィルに劣情をぶつけることも、ヴィルの美しさを見逃すことも耐えられそうもない。わがままな私を許しておくれ」
「本当にわがままね……。まぁ、アンタのポリシーはよくわかったわ。そうやって信念を曲げないところも、アタシは好きよ」
「わかってくれたのかい、ヴィル」
ルークは心底安心したように頬をほころばせる。アタシにはわからないようなこだわりや葛藤がルークの中にあるのでしょう。それを無理矢理捻じ曲げるようなことは、できればアタシもしたくない。
「ええ、まぁね。でも残念ね、ルーク」
「残念? いったいなにがだい?」
「アタシは日々美しくあろうと自分を磨いているの。全身ね。その美しさは日々形を変えていて、そのときにしか出会えないものばかりよ」
アタシ自身がルークの信念を無理矢理曲げるようなことはしない。でも、ルークが勝手に自分の信念を曲げるのはアタシにとってなんの問題もない。
「それをアタシに一番近いところにいながら堪能しないなんて、もったいないわね、ルーク」
「……な、なんてことだ……!」
自分でも意地悪な顔をしていることがわかる。ルークはそのまま頭を抱えうずくまった。
しばらくそうやって悩んでいるが良いわ。アタシが誘わなくたって、思わず手を伸ばしたくなるくらい魅力的になってやるんだから。