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    さみぱん

    はじめての二次創作

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    さみぱん

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    2022.10.9開催の笹唯webオンリー”恋のはじめはまばゆい音色”にて発行の笹唯本『Butterfly Effect』に収録しました②

    札幌から帰る前、笹塚さんが書いた曲を弾くふたりのお話

    初出:2021.12.6

    ##笹塚
    ##笹唯未満
    #スタオケ

    まだ7にしかならない 朝日奈に弾かせるために書いた曲──。それが今、奏でられようとしている。楽譜になる前、自分の頭の中で鳴っていた音なら覚えている。それは朝日奈のヴァイオリンに近しい音質で再現できていた自負はあるが、折角本人が目の前にいるのだから、朝日奈の奏でる生音で聴きたい。もちろん録音するつもりで準備も済ませた。
     しかし実のところ、つい先刻目覚めるまでは、弾いてもらうどころか楽譜を見せるつもりすら全然なかった筈だ。溢れてくる音を勢いで書きなぐっただけの粗削りな楽譜。まだ何の計算も、調整もできていない。サンプル音源用ならまだしも、本来見せられる段階のものではないのに、朝日奈の声が聴こえて、その笑顔を見てしまったら、ヴァイオリンが聴きたい気持ちが抑えられなくなってしまったのだから不思議だ。
     それに普段、仁科以外で奏者を指定して曲を作るなんてことは殆どないが、今回のこれだけは、何故か朝日奈じゃないとダメだった。それがどうしてなのか、できればその理由も解明したい。
     チラリと様子を窺うと、先刻まで挙動不審だった朝日奈の顔がまだほんのり赤い。他人のことが好きかどうかなんて簡単に答えられるわけがないのに、お互いにそんな非生産的な質問をしてしまった結果らしい。
     恋愛対象ではなく単に好き嫌いについての質問だとしたら。そうだな、ここ最近の朝日奈のヴァイオリンの音なら気に入っている。伸び伸びとしていて何の抵抗もなく耳に滑り込んでくる心地良い音になった。早く聴きたい。
    「まだ?」
    「ちょっと待ってください。心の準備を……」
    「そんなの要るか?」
    「要りますよ…。こんな、その、ラブレター、みたいな楽譜弾くんですから」
     ふーん、ラブレターか。初めから甘めの設定だったがそこまで具体的に言われるとはな。朝日奈が弾く、つまり発信者は朝日奈のつもりで作ったのに、『ラブレター』という概念を付加すれば、作曲者側、つまり俺から届いた手紙を読んでいるように弾くこともできるわけ、か。参ったな。
     解釈によって音色は違うとしても、ベクトルの向きが変わるのは想定外だ。いきなり面白くなってきた。だとすると…ここはもう少し重くして、後ろで調整した方がいいか。手元の譜面に書き込みをしていく。
     朝日奈はヘイジョウシンヘイジョウシンと呪文のように唱えながらヴァイオリンを構えている。そんなガチガチじゃ、ラブレターじゃなくて果し状みたいだ。
     これが仁科なら、何も言わなくても楽譜を渡すだけでこちらの意図をほぼ正確に汲んで、最初から俺が欲しい音を鳴らしてくるところなんだけどな。朝日奈がどんな解釈をするのか興味あるが、この分だとなかなか始まりそうにないので、一応ディレクションは出した方がいいだろう。
    「じゃあ最初は何も考えずに弾いてみて」
    「え…何も、ですか? んー、やってみます」
     そのあと何度か注文をつけて弾かせてみる間、朝日奈がちっとも目を合わせようとしない。そんなに意識されるとこっちまで妙な気になってくるじゃないか。
     もう少し音源が欲しいところだが、音を聴くたび書き込みが増えて、手を入れる箇所が多すぎるので、今日のところはこんなもんだろう。
     折角なので出しっぱなしのコントラバスを抱えて次のリクエストを出す。
    「なあ、今度は俺だけ見て弾いて」
    「う……また難しい指定してきますね」
    「なんで? もう暗譜できただろ」
    「そういう事じゃなくてですね……あれ? さ、さづかさんも弾いてくれるんですか⁉」
     やっとこっちを見た朝日奈が、コンバスに気づいて思った通り食いついてきた。
    「そうだな。今日は音出し途中で切り上げたし、あんたの音聴いてたら俺も弾きたくなった。合わせる?」
    「はい! ぜひ!」
     急に顔つきが明るくなって眼がキラキラしてきたな。そうか、どうやら俺はこの顔が見たかったらしい。これならさっきのパターンとはまた違う音も聴けそうだ。
    「あんたのタイミングでいい。合図くれ」
     ニコニコしていつもよりゆったりとヴァイオリンを構える朝日奈とアイコンタクトを交わす。小さく頷き返すと、一瞬目を伏せたあと、微かに息を吸う音が聞こえた。オケのコンミスとして出すアインザッツとは違う、いまこの場にいるふたりの間だけでわかる合図だ。
     次の瞬間、滑らかな弓の動きと共に甘やかな音色が広がる。さっきの指示を覚えていたのかセッションだからなのか定かではないが、時折譜面を確認する以外は俺の方を見てくるようになった。しかし、始める前のアイコンタクト以来、なかなか目が合わない。しびれを切らしてその視線を絡めとると、その音色が一層甘く変化した。見つめ合って弾くというのも新鮮でいい。自分でも口元が緩むのが分かる。
     まあ俺の方の譜面はラブレター仕様じゃないし伴奏でもないので、そろそろ主導権を握らせてもらうことにしよう。朝日奈の甘い旋律に被せるように重音を響かせ、半ば強引にメロディーラインを奪っていく。ふたつの楽譜、ふたつの楽器、ふたつの宇宙。高音と低音が付かず離れず響き合い、交錯し、複雑に絡み合う。


    「ちょっと笹塚さん何ですかそのカッコいいの!」
     曲が終わるなり興奮した面持ちの朝日奈が駆け寄ってきた。そのまま俺の譜面を覗き込んでくる。近いな。
    「なにコレ……。私にはあんな甘い音で弾かせといて、自分のはこんな華やかでカッコいいなんて、やっぱりズルいです!」
     朝日奈は食い入るように見ていた楽譜から顔を上げ、こちらを振り返りながら抗議してくる。勢いで髪が揺れ、ふわりと甘い匂いがした。
    「だから作曲家の特権だって言ったろ。あんたこそ、俺と目が合っただけであんな音色変わるなんてな。もしかして惚れた?」
    「む……言いたくないですけど、正直グラグラきてます」
     その言葉とは裏腹にジト目で睨むように見てくるのが面白い。そんな顔をするなら本心を言わなきゃいいのにと思うが、そんなバカ正直なところも朝日奈の魅力のひとつなわけだ。
    「笹塚さん、これも『計算通り』なんですか」
    「いや。まだ全然だったんだけど。あんた、感度良すぎるんじゃないか」
     なにソレからかわないでください、と今度はモゴモゴ呟いている。恥ずかしがったり嫉妬したり照れたり忙しいヤツだ。次はどんな表情が出てくるのか、もっと知りたくなってしまう。
    「それにしてもあんたの解釈は面白いな。三つ目のが特に良かった」
    「えっと? 三つ目って言ったら、代筆のでしたっけ? あれは弾いてても面白かったです。頼まれて代筆したラブレターを読み返してるところ、とかよく思いつきますよね。当人じゃないっていうのが良かったのかな」
     シチュエーションのみ提示してそれを朝日奈が自由に解釈して弾く、という手法が一番ハマったのがこれだった。本人が言うとおり、客観的に見られたのが良かったのだろう。あれならソロはもちろんデュオでも使えるかもしれない。
    「代筆バージョンでデュオ演るときはスラップ入れてもいいかもな。雰囲気出そう」
    「スラップ奏法って弦を引っ張って叩くみたいなやつでしたっけ。何か関係あるんですか?」
    「そりゃ代書と言えば『ポン』だろ」
    「へ? ぽん⁇」
    「落語の代書屋、知らない? ネタバレになるから詳しくは言わないけど、二代目枝雀アレンジのやつ。検索したらいくつか動画もあるから見てみれば」
    「はあ。その雑学、どこから仕入れてくるんですか……」
     そんなマニアックな話でもないと思ったんだけど。まあ、そうか。誰か身近に落語好きでも居なきゃ触れる機会ないのかもな。
     じゃ、もう一押ししてみるか。
    「実はもう一枚あるんだけど。見る?」
    「見たいです!」
     デスクから三枚目の譜面を取って、目の前にある俺の譜面台にひらりと置いてみせる。ここならすぐ傍に来ている朝日奈の顔をじっくり観察できる。
    「ヴァイオリンなんですね。んんー? この感じは、仁科さん?」
    「どの辺が?」
    「そうですね……。軽やかに入ってきて油断してたら誘惑されちゃう、みたいな」
     仁科用の譜面はメロディアスで艶っぽい感じに仕上げてあるのでだいたい合ってるが、今の感想は曲の話なのか仁科本人の話なのか、朝日奈は一体どちらのことを言っているのだろう。何故かそんなことが気になる。
    「そういえばこれもコード進行同じですよね。もしかしてトリオですか?」
    「そうだな、半分正解」
    「半分?」
    「ああ。トリオだけじゃないから。あんたが弾いたみたいにソロでもいけるし、俺とデュオもできただろ」
    「もしかしてそれぞれ組み合わせ出来るってこと⁈ すごい!」
    「いやまだ全然ダメだ。まだ7にしかならない」
    「えー! 7ってことは…、まずソロで3曲でしょ。デュオも3組できるし、トリオも合わせて7通りってことですよね。十分すごいですよ! うわぁ、楽しいなぁ」
     朝日奈を喜ばせるつもりで書いたわけではなかったにしろ、こんなに心底楽しそうに譜面をなぞる姿を見せられると、出来立てほやほやの今のこのタイミングで見せたのも間違いではなかった、と辛うじて思える。
     あの時、朝日奈にバッハに似てると言われて、単純に嬉しいと思った。その気持ちを反芻しているうちに生まれてきたのがこの三曲だ。逆にしても曲になるには程遠いし、まだ全然遊び心が足りてないのもわかっている。
     それでも、朝日奈のあの音があれば、たぶんもっと面白くできる。どんどん可能性が広がる予感しかない。
    「それ、そっち行く時までに完成させるから。楽しみにしてて」
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    さみぱん

    DONEスタオケ版フリーライトへの参加作品です
    https://twitter.com/samipan_now/status/1528016739367198720
    いぶちこさん(@ibuchi_co)の、めちゃくちゃ可愛くて笹唯ちゃんも桜も満開なイラストにSSをつけさせて頂きました!

    少し不思議な体験をした笹塚さんのお話。
    頭の中でどんな音が鳴っているのか聞いてみたいです。
    初出:2022.5.21
    まぶしい音『それでね、今日────』
     電話の向こうの朝日奈の声が耳に心地いい。
     札幌と横浜、離れて過ごす日があると、小一時間ほど通話するのが日課になっている。最初はどちらからともなくかけ合っていたのが、最近は、もうあとは寝るだけの状態になった朝日奈がかけてくる、というのが定番になってきた。
     通話の途中で寝落ちて風邪でもひかれたら困るというのが当初の理由だったが、何より布団の中で話している時の、眠気に負けそうなふんわりした声のトーンが堪らない。
    『────。で、どっちがいいと思います?』
    「ん……なに?」
    『もう、また聞いてなかったでしょ』
     俺にとっては話の内容はどうでもよかった。朝日奈の声を聞いているだけで気分が晴れるし、何故か曲の構想もまとまってくる。雑音も雑念もいつの間にかシャットアウトされ、朝日奈の声しか感じられなくなっているのに、断片的な言葉しか意味を成して聞こえないのが不思議だ。
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