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    MandM_raka

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    MandM_raka

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    初めてのモブ霊書きかけ供養

    #モブ霊
    MobRei

    大人になってから反省する事は山ほどある。
     それは子供には言えないような失敗がどんどんと増えていく。俺が子供の頃は大人は失敗しないものだなんて思っていたが、実際は大人は失敗しても子供に言わないだけで、それを隠しているなり嘘で誤魔化しているだけなのだ。
     ああ、大人になるってのは本当に面倒だ。俺は昔から要領も良かったしどんな事だって適当に何とかしてきた。実際の所、そこまで大きな挫折ってのは味わったことがないかもしれない。
     自分でも思うが俺は何とも悪運が良いのだから。
     話は冒頭に戻る。大人になってから失敗する子供にも言えない失敗の代表、それは酒だ。昨日モブが成人になった記念に俺の奢りで飲もうって誘って、居酒屋で飯食いながら飲んでたのは覚えている。
     そこでベロベロに酔っぱらってモブに迷惑かけまくったとかならまだいい。今回の失敗はそんな事よりも最悪の状況だ。
     まず目が覚めて俺の視界に入ったのは見慣れない天井だ。その上裸だったんだから何をやってしまったかなんてわかりきっている。何ともありがちな展開ではあるが、実際に自分がこの立場になってみて分かったがめちゃくちゃにパニくる。
     酒飲んだ勢いでナンパでもしたのか?この年で?とか、モブは何処に行ったんだとか、一気に色んな事を脳でフル回転させながら恐る恐る隣を見た。
     布団の隙間から見えるのは綺麗な黒髪。ほぼ頭まで布団に入っているから顔までは見る事が出来なくて、覚えてもいない相手を起こさないように気を付けながら枕元に手をついて身を乗り出した。

    「…ウソだろ」

     俺の隣でこっちの気も知らないで寝息を立てていたのは、ガキの頃から知っている俺の弟子だ。いや、弟子ってのは名ばかりみたいなもんだが。
     ヤバい、マズい。なんでよりによってモブなんだ。
     数年前のあの会見の時なんて比べ物にならない位に焦っているのが自分でも分かる。ドクドクと心臓がうるさい。
     体の全部が心臓になったんじゃないかって程、普段は意識していない心臓の鼓動が痛い程に分かってしまう。
     男二人で寝ていても窮屈じゃないなんて、きっと此処はラブホだろう事も何となく分かっている。相変わらず昨日の記憶は全く思い出せないが、居酒屋の近場にあるホテルに入ったのだろう事は何となく想像がついた。
     とにかく、モブが起きる前にどうにかしないと。いや、どうにかするって言ったってモブは全部覚えているかもしれない。
     だったらなんで俺とホテルなんて来てるんだ?全然意味が分からん。
     もしかしたら俺が酔いつぶれたから家まで送るのも面倒で手近なホテルに入っただけかもしれない。その時に俺が吐いたから俺だけ全裸なのかもしれない。うん、このパターンが濃厚だ。
     とにかく俺の服を探そうと布団から抜け出そうとした時、怖い物見たさで布団の中をそっと覗いてみた。
    (なんでお前まで裸なんだよ…!)
     現実はいつだって容赦ない。でも大体の事は自分が蒔いた種だ。そんな事はわかりきっている。酒で酔って記憶が無いからって、ガキの頃から知ってるコイツに手を出したのも俺のせいだ。
     とにかく思考がぐちゃぐちゃで、どうしようなんてこんなにも思ったのは久し振りすぎて本当にどうしていいか分からない。
     正直、適当にナンパした女だったならどんなに良かっただろう。それで性病貰ったとしても酒に気を付けないとな、でちょっと反省するだけだったと思う。
     だってそこには感情なんて無いんだから。この年になって一晩一緒に過ごした位で惚れた晴れたも何もない。
     でもコイツには違う。モブは俺がずっと守りたいと思ってた相手で、でも実際は守られてばかりなんだけど。ああ違う、俺はガキの頃から見ていたコイツを、たった二十になっただけで手を出したなんて、今日は人生で一番最悪な日だ。
    「師匠?」
     大袈裟な程に体が跳ねた。ああ、ヤバイ。モブの顔が見れない。
     背後で布が擦れる音が聞こえて、モブが起き上がったのが分かった。どんなツラしてモブに会えばいいんだ。やけに喉が渇いてきて、ああ俺緊張してるんだな。
     どうしていいか分からないまま視線を動かすと、ベッドの近くにあったデジタル時計が八時過ぎになっているのが見えた。
    「あー! ヤバイ、時間!」
     今日は朝から仕事が入っていたのに、すっかり寝坊した。それにモブだって大学の講義があるんじゃないかって大声出したら逆に冷静になった頭で考えついて、床に散らばってた下着やらをかき集めて自分でも驚く程の早着替えをする。
     酒くさかったらヤバイなって思いながら洗面台に行って顔を洗えば、酷い顔をした自分と鏡越しに目が合った。今まで良い事ばかりしてきたなんて思っていないが、それにしたって今回はマジでマズい。アメニティの使い捨て歯ブラシの使い心地は最悪で、歯茎への優しさなんて持ってやしない。
    「モブ、俺先に出るぞ。ホテル代置いとくから」
     財布から掴んだ二万位をテーブルに置いて、モブの返事を待たないまま部屋を出た。部屋を出たら見えた廊下に、マジでラブホ来てたのかと痛感して溜息を漏らす。
     それにしたって俺はマジの最低だ。酒飲んで記憶飛んでる間に何か変な事口走ってないと良いが、何か言っていたとしても酔っ払いの戯言だって言ってしまえばいい。
     問題は今の俺の態度だ。俺は保身するようにモブの顔を見る事もなく、金だけ置いて逃げてきた。
     二十歳になったモブの祝いの飲みだったハズなのに、自分の迂闊さに反吐が出そうだ。ホテルを出てみれば想像通り昨日の居酒屋の近くにあるホテル街だった。ここからなら事務所までもそう遠くない。
     少しだけ残る頭痛には気付かない振りをして、人ごみに紛れて事務所へと向かった。

     夕方になって仕事も落ち着いた頃、今朝の事を思い出してしまってまたへこんできた。実際仕事中もモブの事が気になって殆ど適当に客の相手をしていたが、やる事がなくなると途端に現実に思考が戻されるのだから厄介だ。
     いや、逃げてばかりいる場合ではないのは分かっているんだが。
     今朝、結局俺はモブの顔を見れないままだったと思う。視界の端には入った、当たり前だけど。でもその時にモブがどんな顔をしているのか全く思い出せなくて、なんとなく俺からモブに連絡する勇気は出ない。
     何年も付き合いがあって成り行きで保護者みたいになってたのに、そんな奴に酔った勢いで手を出されたなんてモブにとってもトラウマもんだろう。もしかしたらもう此処には来ないかもしれない。
     元々俺とモブはお互いに用事がある時しか連絡しない。中学の頃は俺が除霊の手伝いにしょっちゅう呼び出していたけど、それも芹沢が来てからは頻度がどんどんと減っていった。モブが高校受験があったり、進学して環境が変わって忙しくなったからっていうのもあるが、小中学校の頃は俺以外に相談できる相手も居なかったモブはどんどんと友達を作っていって、頼れる相手も俺以外にも出来ていったから何となくお互い本当に必要な時しか会わなくなった。
     必要な時って、それこそ芹沢が来れない時とか、芹沢の手に余るような霊が出てきたとか。でもそれも結構なレアケースで、モブが高校に入ってからは数か月連絡しないなんて事も増えていった。
     久し振りに顔を合わせれば、学校でどんな事があったとか、今はどんな友達が居るかとか、そんな話を聞く事が多い。
     それ自体は別に退屈でもないが、なんとなく胸にちりちりとしたような感覚が湧くのはなんなんだろうか。子離れ出来ていない親でもあるまいし、学校であった事位きちんと聴けよなって自分に思う。
     モブが高校に入って暫くした頃、彼女が出来たと聞いた事があった。今思い出そうとしてもその時の俺がなんて言ったのかは記憶が定かではない。
     正直に言えば、結構ショックだった。中学の頃にも彼女が出来たと聞いてショックを受けたが、あれはその時とは全く違う感覚というか。
     ぶっちゃけると、俺は見た事も無いモブの彼女に嫉妬をした。
     ランドセルを背負ってるようなガキの頃から知っているモブに何をしてくれてんだって気持ちと、どう足掻いても俺がその位置に立つ事が出来ない事を分かっている絶望感。
     たった数か月で彼女と別れたと聞いた時には、表面上はいい大人の振りをして慰めてやったけど、内心はめちゃくちゃに喜んでいた嫌な奴だ。
     気が付いた時にはモブが好きになっていて、それは今まで思っていたような俺が守らないといけないなんてヌルい気持ちではなくなっていた。一回り以上も年の離れた男に好きなんて言われたって気持ち悪いだろうと思うから一生言うつもりはないけど、俺以上にモブの事を好きな奴が居たら顔を見てみたいもんだ。それ位に俺はモブの事が好きだ。
     だから今朝の事は本当に焦った。二十歳になったから、万が一俺がモブに手を出しても犯罪にはならないななんて思っていたからだろうか。完全に気が緩んだ失態としか言いようがない。
     記憶がぶっ飛んでいる間に万が一にもモブに対して好きなんて口走っていたら失踪したくなる。その方がモブも喜ぶかもしれないが。
     弱い酒なんて飲むもんじゃない。どんなツラしてモブに会えばいいか分からない程今の俺は思考がほぼ停止している状態だ。仕方ないだろう、一生封じ込めておくつもりだったのにこんな事でモブへの気持ちがバレたかもしれないなんて思ったら消えてしまいたい。
    「師匠、この後って時間ありますか?」
    「ちょっと待ってくれ、今考え事で忙しい」
    「そうですか。落ち着くまで待ってます」
     は?
     デスクに突っ伏してぐるぐると答えの出ない思考に溺れていたせいで、全く気が付いていなかった。
    「モブ!?」
    「はい」
     普通に話しかけられて返事をしたけど、いつの間にモブが来たのかも全く分からない。しかもモブは勝手知ったるとばかりにお茶まで飲んでいるし。実際知っているんだから構わないが、茶を淹れる程の時間ここに居た事に気が付いてもいなかったなんて自分に驚く。
     てかどんなツラして会えばいいなんて考えていたのに、本人が此処に来るだなんて思っても居なかった。もしかしたらもう二度と此処には来ないかもしれないなんて思っていたし。
    「いつから居たんだよ…」
    「少し前ですよ。なんだか難しい顔をしていたので声をかけるのは後にしようかなって」
     空気読めるようになったじゃん、モブ君。もう少し空気を読んで今日いきなり来るのはやめてほしかったけど。
     俺の耳に届くのはモブが茶を啜る音と、自分の心臓の主張する音だけだ。
     覚悟を決めるように深く息を吐いてからモブに向き直ると、モブは今朝の事なんて無かったかのように普段通りの表情をしていた。
     金だけ置いて逃げるように出て行った男に対して怒りに来たのかと思ったが、どうやらそういう訳でもなさそうで狡い俺は心の何処かで少しだけ安心してしまう。
    「あの、さ。俺昨日の事あんまり覚えてないんだよな。もしかしてお前に迷惑かけた?」
    「え…」
     声が震えないように必死に取り繕って言った言葉に、モブは驚いたように言葉を漏らした。これはもしかしなくても俺は何か口走っているかもしれない。言っただけならまだしも、手を出してしまっていたら完全にアウトだ。弟君に殺されかねない。
     ヤバい、まるで時間でも止まったかのようにお互い沈黙してしまった。実際止まっているのならどんなに良い事か。
     俺の質問に対して何も答えないモブを見ているのも何だか気まずくなってしまって顔を逸らしたら、モブが湯飲みをテーブルに置いたらしくその音だけで肩が跳ねてしまった。
     自分の覚えていない所で、俺は何をやらかして何を口走ったんだろうか。
     あのモブが沈黙する程の何かを言ってしまったのかもしれないと思うとすっげー気まずい。気まずくていっそ消えたい。昨日の俺の事をモブの記憶から消して欲しい。
    「あー、折角の二十歳のお祝いだったのに、ごめんな。俺変な事とかしてたかもしんないけど、酔っ払いの勢いっていうか、…ごめん」
     いつもは口からぽろぽろと出てくるはずの言葉も一切出てこない。しどろもどろになりながら言い訳する三十路の男はなんて惨めに見えるんだろうか。
     って言うか今の言い訳も最低だよな。もしかしたら俺はモブに手出してるのかもしれないのに。それに気づいた瞬間に俺はさっと血の気が引いた。
     言ってしまった言葉はもう巻き戻せなくて、もうこれ以上も言い訳が思いつかなくて、俺は何処までも惨めで愚かだ。
    「…昨日の師匠は、随分と機嫌が良さそうでした。弱いのに飲みすぎたせいか歩くのもままならなくなったので、僕が歩くのを手伝っていたら急に吐いてしまって。急な事だったのでどうにも出来なくて、二人とも服が汚れてしまったから手近なあのホテルに入っただけです」
    「マジかー、悪い悪い。ちょっと浮かれすぎたかもな」
     嘘だ。
     モブの言葉に適当に笑いながら返事をしたけれど、頭の中は酷く冷静に今のモブの言葉が嘘なのを理解している。正確に言えば本当の事を言っているだろうが、大事な所だけを隠して俺に言ったんだろう。
     俺の為についた嘘なのに、それがモブが大人になった事を嫌でも思い知らせてくるようで何だか苦しく感じる。
     俺は何処までも自分勝手だ。保身したい癖に、モブに嘘をついてほしくない。
    「…ごめんな」
    「気にしてませんよ。僕の事をお祝いしたいって気持ちは本当だったと思うので」
    「うん」
     俺は狡い大人だから、モブの優しさから出た嘘を言及する事が出来ない。それがモブをもっと傷付ける事かもしれないのに。
     ――俺は、最低だ。
    「それじゃあ、僕は帰ります」
    「え、何か用事があったんじゃないのか」
     何か、なんて我ながら白々しい。モブが来た理由なんて昨日の晩の事を話に来たに決まっているのに。
    「いえ、大した用事じゃないです。昨日飲みすぎた師匠が心配だったから来ただけですよ」
     そう言って顔を逸らしたモブの横顔がやけに大人びて見えた。そりゃそうだ、こいつはもうランドセル背負ってたガキでもないし、学ラン着た中学生でもない。
     れっきとした成人男性なんだから、大人になっていて当たり前なのだ。
     さっきこの後時間があるかって聞いてきた癖に、明らかに気を遣って帰ろうとしているモブに何て言っていいのか分からない。
     引き留めるべきなのか、そうじゃないのか。
     頭の中で何が一番いい選択肢かを考えている間に、モブはさっさと出て行ってしまった。追いかけるべきか? いやいや、男に追いかけられても気持ち悪いだろ。どうせ追いかけられるならモブだって可愛いお姉ちゃんが良いに決まっている。
     それこそ大学には同じ年頃の可愛いお姉ちゃんがたくさん居るんだろうから、モブだってそういう子に話しかけられるのはいい加減慣れてきているだろう。
     身長だって俺とそう変わらないまで成長したし、ヒョロい訳ではない細身の体はモテそうだ。あの個性的な髪型だって、大人になった今となっては毛量も子供の頃より落ち着いていい感じのマッシュ系に収まっているのだし、これはあくまで俺の予想だがそれなりにモテるんじゃないかと思う。
     そんな弟子が師匠とラブホで一晩過ごしただなんて、きっとこれから先もモブの人生の汚点になるだろう。
    「最っ低だな」
     言い訳をして何も行動を起こさない自分に対して嫌悪感が酷い。何か言うべきだったかとモブに連絡しようと携帯を開いて、昔は気軽にかけていた番号へ発信する事は出来ないままデスクの上に置いた。

     あれから数日経過して、俺は変わらず仕事をこなして終わったら家に帰って適当に飯食って風呂入って寝て、また仕事に行くっていう日常を淡々と過ごしていた。
     あれからまたモブが来るんじゃないかとか、連絡が来たらなんて言うかとか色々考えていたせいで普段よりも疲れていたかもしれない。
     さっさとあの日にあった事をアイツと向き合えばこんなに苦しい思いはしないかもしれないが、その結果万が一俺がモブに手を出していた事が確定してしまったら首を括るか失踪するかの二択だ。
     でも意気地のない俺の事だから、きっと実行するとしたら後者になる。
     けど実際の所、仮に俺が死んだとしてもモブには俺を呼び出せてしまいそうだからあの世にも逃げ場はないよな。そうなれば失踪一択だ。
     失踪した所でモブから逃げきれるのかどうかは分からないが、あいつが俺をそこまで追いかけるのはもう死を覚悟した方が良いと思う。そうじゃなきゃいきなり失踪したおっさんを探すもんか。
     捨てたと思われて殺されるかもしれない。モブがそうしたいのならそうすればいいけど、あいつが警察に捕まるような事になるのはごめんだから完全犯罪で殺してくれ。
     とまあ、今日は朝からこんな思考が頭を占めているのだから、結論的に言えば俺はモブから逃げる事に疲弊していたんだろう。実際モブから逃げている訳ではなく、会う勇気もない俺が勝手に避けていただけだが。
     いや、避けている訳でもない、連絡していないだけだ。モブから連絡が来ない事に対して安心してしまっているが、別に逃げている訳でもなんでもない。前言撤回する。
     でも実際問題、ここまで気にしてしまっている時点でさっさと連絡して話して、殴られるなりなんなりした方がいいんだと思う。
     正直モブの事はめちゃくちゃに好きだ。俺にとって居るのが当たり前な程に大事な存在だから、だからこそなるべく長く一緒に居れるように自分の気持ちなんて一生言うつもりはない。
     だから、モブになんで手を出したのかって聞かれたら、酒の勢いと欲求不満だったとか適当に言うと思う。いつもの通り、なんでもないような顔をして嘘をつけばいいだけだ。
     ああでも、これでモブと会えなくなるのは嫌だなあ。
     俺がどんな事をしていたって、あいつは俺の事をいい奴だって言ってくれる程に真っ直ぐな奴だ。モブは俺に助けられたと言っていたけれど、実際は俺の方が何倍も助けられている。
     これでモブとの縁が切れてしまっても、酒なんかに負けて俺がやらかしてしまった事の代償なんだから仕方がない。
     きちんと向き合って、責任を取ってやるのが大人としての務めだ。
     重苦しい息を吐いてから久し振りにモブへ電話をかけて、夜に用事が無いのなら事務所に来て欲しいと呼び出した。俺の声震えてなかったかな、なんて切ってから心配になったけど、電話越しなんだからそこまで変でもなかったと思う、多分。
     あとはモブが来たらきちんとあの日の話をして、謝るだけだ。

    「モブ~、飲んでるかー?」
    「師匠、大して強くないのに飲みすぎですよ」
     素面じゃ無理でした。
     酒のせいでやらかした事を謝ろうと呼び出した癖にまた酒飲んでるなんて我ながら懲りないな。事務所でウイスキーボンボン齧っといてよかった。
     素面じゃ絶対にモブと会った瞬間に何も言えなくなる気がしてたから、ウイスキーボンボンを齧った後に近くの居酒屋に連れ込んだのは我ながら流れるように自然だったと思う。あんまり覚えてないが。
     モブは意外に酒が強いらしく、向かいでウーロンハイをすいすい飲んでた。居酒屋に来てまでラーメン食ってるし。でも居酒屋のラーメン美味いよな。
     目の前に居るモブはいつもと変わらない様子で淡々と俺の愚痴だったり、最近の仕事について聞いてて、あの日の事を気にしているのなんて俺だけみたいだ。いや、でももしかしたらそんな事はないかもしれない。
     モブは昔から結構変な事を気にするタイプだから、実は結構気にしてたりして。ああでも、その反面こいつって普通の人間なら気にするような事も全然気にしなかったりするんだよな。
     ああもう、どっちか分かんねえ。気にしてても気にしてなくてもこいつらしいと思ってしまうし、俺ってこんなにモブの事分かってない人間だったっけ。
     今までモブの事なんてなんでも分かってる気になってたのに、あの日以来なにも分からない。
     けど、あの日の前も後も変わらずに分かっている事もある。
     モブは俺の事を別に好きじゃないって事だ。
     いや、これだけだとなんか猛烈に俺が傷つくから言い方を変える。モブは俺の事を良い師匠だと思っていて、恋愛感情なんてモンは俺には持っていない。
     そりゃそうだ、一回り以上年の離れた男に対して恋愛感情なんてもんを持っているなんてどうかしてる。
     本当に、どうかしているとしか思えない。
     ランドセル背負っている時から知っているガキに惚れるなんて、絶対に正気じゃない。守ってやらないといけない対象になるのは分かる、大人として。
     でも、俺はいつからか分からないがモブに対して好きだって思う気持ちが抑えられなくなっていて、今目の前でラーメン食ってるだけでも幸せだなんて思ってしまう程に重症だ。
     もしかしたら今日でこいつと会えなくなるかもしれないのに、って思ったら鼻の奥が痛くなった。まずい、泣くな。泣くな。
     年の離れた男に泣いて縋られるなんて一生のトラウマだぞ。そんなトラウマを俺が植え付けて良い訳ないだろ。
    「師匠」
     モブの声に気が付いて顔を上げると、食い終わったラーメンの器を端に寄せているのが見える。ああもう、帰る時間か。
     ちょっとだけ出た鼻水を反射的に吸って、ゆっくりと息を吐く。ここを出たら、ちゃんと謝らないと。
     先延ばしにする事ばかり考えている自分に呆れながら、伝票を手に取って出口へと向かう。ここを出たら、モブに謝って、そんで俺は嫌われて、ああヤバイ、吐きそう。
    「師匠、大丈夫ですか? 顔色悪いですけど」
     飲みすぎたんじゃないかって心配してくるモブは本当優しいよなあ、あんな最低な事した相手に対して気を遣えるなんて俺よりも余程大人だ。
     俺は今まで大人を頼ってきた事があんまりないから、モブの気持ちは分からないと言えば分からないけど。でもきっと、信用してた相手に裏切られるって事は、好きな奴と会えない事よりもずっとキツくて辛い筈だ。
     俺が適当に出した一万のお釣りはモブが俺の財布にしまってくれて、引きずられるようにして居酒屋を出た。
     ああ、此処から出たんだから謝らなきゃいけない。どうしよう、なんて切り出したらいいのか分からない。
    「師匠、今日は余り話してくれないんですね」
     自他ともに認める程の口達者な俺が当たり障りない話しかしていなかった事なんて、モブにはお見通しだったらしい。そりゃそうだ、ずっと俺の弟子やってんだもんな。
    「今日師匠の家に行ってもいいですか?」
     謝ってさっさと解散しないといけないと思っている俺と、もう少しだけ一緒に居たいなんて思っている女々しい俺の対決は、女々しい俺の圧倒的勝利。
     いいぞ、なんて意識していないような声を出すのをめちゃめちゃ頑張った。いい年した男が馬鹿みたいだ。恋愛初心者か俺は。
     モブの事を好きかもしれないと気付いてからはAV見てもいまいち反応しないし、風俗は行くのを想像しただけでゾワッとしてしまうようになったんだから、恋愛はおろか強制的にオナ禁までしてる訳だが。
     俺は男を好きになる対価としてインポになったんじゃないかって悩んだ時期もあった程だ。
     でもこの前の事を考えれば、俺ってモブには勃ったって事だよな。俺、モブの事好きすぎかよ。分かってるけど。
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    MandM_raka

    REHABILIお題で頂いた分裂したDPのお話【スパデプ】「緊急事態って何?」
     緊急事態が起きたと言われてデッドプールのケイブに来てみれば、珍しく素顔の状態のデッドプール──ウェイドが真っ先に出迎えてくれた。
     室内だというのに厚ぼったいパーカーとスウェットを着ている彼は相変わらずフードを被っていて、今更僕相手に素顔を隠す必要なんてないのに、どうやらこの癖はいつまでも抜けないらしい。
     見た所五体満足だし、緊急事態には思えないなと思っていたけれど。これで下らない用事だったら力加減も出来ずに殴ってしまうかも。
    「流石の俺もあんまり事態を飲みこめてない」
    「はあ?」
    「ハイ、スパイディ~!」
     ウェイドが苦渋を飲むような表情で真剣に言うものだから、状況が分からない僕は首を傾げ──ようとした所で後ろから急に感じた重みに思わず息を飲んだ。
     背後から聞こえた声は聴きなれたデッドプールの物で、けれど僕の目の前にはウェイドが居て。
     混乱する頭で恐る恐る後ろを振り向けば、真っ赤なスーツに憎たらしい程に見慣れたマスクを被った男が僕に抱き着いていた。
    「え…、え?何、これ、誰?」
     余りの混乱に頭が上手く働かなくて語彙力も家出してしまった。この体になってか 4646

    MandM_raka

    REHABILIお題で頂いた糸にぶら下がってキスする二人【スパデプ】「君また腕無くなってるの?」
     騒ぎがあったビルまで来てみれば、屋上でデッドプールが腕を失くしている状態で寝転がっているのが視界に入る。
     普通の人間なら一大事なその状況も彼ならばいつもの事になっているのだから、慣れとは恐ろしい。
     意識はあるのかと近付いてみれば、どうやら意識はあるらしく無事な右腕を軽く上げられた。
    「遅かったな、ウェブズ。殺しはしてないから安心しろよ」
    「そういう問題ではないけどね」
     どうせなら僕の庭で仕事をしてほしくない。
     殺しをしないと僕に言う彼の言葉は九割方守られていて、今までどうしてもそうしなければならない時以外はニューヨークでは殺しをしていない。そのどうしてもそうしなければならない事も無ければいいのだけど。
     彼の仕事柄どうにもそうはいかない時もあるようだし、何よりも彼が逆恨みされた時は手加減をしてもそうはならないらしい。
     もう彼の仕事について口を出すことはやめるようにしているけれど、どうしても何かを言いたくなってしまうのは仕方がない事だと思う。
    「俺ちゃんの可愛い左腕どこいっちまったんだろ」
    「さあね、少なくともここには無いよ」
     よく体の一部とお 4789

    MandM_raka

    REHABILIお題で頂いた蜘蛛はカフェインで酔うらしいスパデプ蜘蛛にカフェインを与えると酔っぱらうらしい。
     詳細はネットの情報しかないがこれはどうやら有名な話らしくて、あくまで生物的な意味の蜘蛛にカフェインを与えるとドラッグよりも酔っぱらうって話を見て興味が湧いた。
     そういえば愛しのヒーローはコーヒーの類を飲んでいるのは余り見た事が無いかもしれない。
     ネットで見た情報では蜘蛛が巣を作る前にドラッグを与えたよりも、カフェインを与えた方がぐしゃぐしゃな巣を作っている。人間にとってはカフェインは脅威ともいえる程の成分ではないが、自然界を生きる昆虫には害になるんだろう。
     確かにカフェインを取るなんて彼らが普通に生きていれば早々無いだろう。
     さて、此処までで今回の俺ちゃんが何をしようか分かったと思う。
     スパイディは人間だけど、その効果は表れるのかって興味が湧いた。酒を飲んでいるのもあまり見ない彼が酔っぱらっているのは見てみたい。
     いつも崇高な精神を語ってくるあの口がどう変わるのか、興味を持たない方がおかしいと思う。
    「でも普通の量じゃ効果出ないよな」
     コーヒーを飲んでいるのは余り見ないが、コーラはよく飲んでいる。コーラにも当然カフェインは入 5994

    MandM_raka

    TRAININGリルデプちゃんと初めての邂逅をするデプちゃん【スパデプ】『ハイ、今回の話は今までのあらすじなんて存在しない。突発的に始まるから覚悟しろよ。一応前提としては俺ちゃんの事が本当は好きなスパイディと、スパイディがめっちゃ好きだけど関係が壊れるのが嫌だから何も言えない健気な俺ちゃんって感じだ。うーん、これだけ聞いて本当に読みたい奴居るの?いかにもインターネットにこういう話をアップしてるファンガールが考えそうな内容だよな』
     俺ちゃんは今とっても疲れているかもしれない。テーブルの上でグラスに寄りかかりながらそう言ってくる小さい謎の生き物は俺ちゃんに見た目だけなら似ているかも。
     何だこれ。どういう仕組みなんだ?誰かの悪戯だろうか。
     そう思って持ち上げてみたら非難するようにピーピー悲鳴を上げていたけど、取り合えず電池か何か入っていないのか探してみる。
     幻覚にしてはしっかり触れるし、本当どういう仕組みになってるんだか意味が分からん。
     意味が分からないのはこの生き物が言っていた謎の言葉も解せない。まあ、後半部分については自分の事だから渋々認めるとして、スパイディが俺ちゃんの事を好きだなんて事は絶対にありえない。どれくらいありえないって、蜘蛛に噛まれて 6844

    MandM_raka

    MOURNING初めてのモブ霊書きかけ供養大人になってから反省する事は山ほどある。
     それは子供には言えないような失敗がどんどんと増えていく。俺が子供の頃は大人は失敗しないものだなんて思っていたが、実際は大人は失敗しても子供に言わないだけで、それを隠しているなり嘘で誤魔化しているだけなのだ。
     ああ、大人になるってのは本当に面倒だ。俺は昔から要領も良かったしどんな事だって適当に何とかしてきた。実際の所、そこまで大きな挫折ってのは味わったことがないかもしれない。
     自分でも思うが俺は何とも悪運が良いのだから。
     話は冒頭に戻る。大人になってから失敗する子供にも言えない失敗の代表、それは酒だ。昨日モブが成人になった記念に俺の奢りで飲もうって誘って、居酒屋で飯食いながら飲んでたのは覚えている。
     そこでベロベロに酔っぱらってモブに迷惑かけまくったとかならまだいい。今回の失敗はそんな事よりも最悪の状況だ。
     まず目が覚めて俺の視界に入ったのは見慣れない天井だ。その上裸だったんだから何をやってしまったかなんてわかりきっている。何ともありがちな展開ではあるが、実際に自分がこの立場になってみて分かったがめちゃくちゃにパニくる。
     酒飲んだ勢 9550

    related works

    humi0312

    DONE2236、社会人になって新生活を始めたモブくんが、師匠と通話する話。
    cp感薄めだけれどモブ霊のつもりで書いています。
    シテイシティさんのお題作品です。

    故郷は、
    遠くにありて思うもの『そっちはどうだ』
     スマートフォン越しの声が抽象的にしかなりようのない質問を投げかけて、茂夫はどう答えるか考える。
    「やること多くて寝るのが遅くなってるけど、元気ですよ。生活するのって、分かってたけど大変ですね」
     笑い声とともに、そうだろうと返って来る。疲労はあれ、精神的にはまだ余裕があることが、声から伝わったのだろう。
    『飯作ってる?』
    「ごはんとお味噌汁は作りましたよ。玉ねぎと卵で。主菜は買っちゃいますけど」
    『いいじゃん、十分。あとトマトくらい切れば』
    「トマトかあ」
    『葉野菜よりか保つからさ』
     仕事が研修期間のうちに生活に慣れるよう、一人暮らしの細々としたことを教えたのは、長らくそうであったように霊幻だった。利便性と防犯面を兼ね備えた物件の見極め方に始まり、コインランドリーの活用法、面倒にならない収納の仕方。食事と清潔さは体調に直結するからと、新鮮なレタスを茎から判別する方法、野菜をたくさん採るには汁物が手軽なこと、生ゴミを出すのだけは忘れないよう習慣づけること、部屋の掃除は適当でも水回りはきちんとすべきこと、交換が簡単なボックスシーツ、スーツの手入れについては物のついでに、実にまめまめしいことこの上ない。
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