監督生さんinひいおばあさま監督生さんinひいおばあさま
「ぶなぁ!!ユウ!起きるんだゾ!遅刻するんだゾ!!」
ある朝のこと。グリムは気持ち良く熟睡しているところをゴーストと怪異達に揺り動かされ起きた。時計を見ると既に学園へ向かわないと行けない時間だった。
慌てて飛び起き隣で眠るユウを揺すって起こそうとした。だが、ユウはちっとも起きない。
『さっきからワシらも起こそうとしてたんだが……』
『体調が悪いのかね?』
『彼氏さんを呼んだ方がいいかな〜……』
「ゆ、ユウ……え、エース達に連絡を……」
オロオロとするグリム達だったが、不意にユウの瞼が揺れゆっくりと開いていく。
「ユウ!やっと起きた……」
喜色を声音に乗せて優雨の上に乗っかったグリムだったが、自身を見つめる金蜜の瞳が冷たく凍え切っている事に気付いて硬直した。
花唇が開き、彼女は言い放った。
「私のひ孫の上に乗るとは無礼千万。退け、狸」
「ぶっなぁぁぁぁぁっっ!?」
がしりと白い繊手がグリムの顔面を鷲掴み枕の上に放り投げた。
彼女はゆっくりとベッドから起き上がるとベッドの横で硬直しているゴースト達を睨め付けた。
「……ふむ。年頃の娘の部屋に男達が無断で入るとは度し難いな」
優雨だった。優雨の声だった。なのに声音が違って聴こえた。
「だ、だれ!?」
勇敢なゴーストが恐る恐る声を上げると彼女は鋭い視線をそちらに向け、一瞬でゴースト達が部屋の隅っこに移動した。
「私か?私は……アザミ。この子の曽祖母だ」
「「「「はぁぁぁぁぁぁ!?」」」」
驚きの絶叫がオンボロ寮に木霊した。
「え、えー……その、監督生、いえユウくんのひいおばあさま……ですか?」
ところ変わって学園長室である。制服をキチンと着た優雨、アザミが脂汗を滴らせる学園長を睥睨していた。
「そうだ。あの子は少々所用で出ている。暫くは私がこの体を護る。いいな?」
「どんな理由があったら体を入れ替わらせられるんですか……?いえ、ナンデモゴザイマセン」
学園長はその瞬間、ユウを恋しく思った。いや、だって目の前の彼女が非常に怖い。
荒々しさは一切ない。静寂と絶対零度の寒気があるだけだ。
優雨が春の乙女ならば、彼女は真冬の女王だ。逆らった瞬間に氷漬けにされる。間違いない。
「ふむ、賢い判断だ。見直したぞ」
「あ、ハイ。アリガトウゴザイマス」
そう言うと彼女はクルリと踵を返して学園長室から退出して行った。意外というか何というかキチンと失礼をします。と言って。
扉が閉まって室内が静まり返ってから学園長は全身から力を抜いて執務机にへばりついた。
「いや、なんですかアレ。怖すぎる……」
元気いっぱい悪戯盛りな一年生達が大教室でザワザワと落ち着きなく駄弁っていた。
緊急の授業変更で一年生達は全クラスが大講堂に集められていた。
「グリム、大丈夫か」
「ユウの体調が悪いのか?」
「あとでお見舞いに行く……?」
「若様もお忙しいと仰っていたし、ここは僕がしっかりしなくては!!!」
「……おい、本当に大丈夫か?」
一年生達の中でも目立ちがちないつものメンバーがグリムを取り囲んで心配そうに声を掛けている。
グリムは見事にしおしおにへしょげていた。最初はまたツナ缶の盗み食いをしたとか課題をサボったとかで優雨に叱られて凹んでいるかと思ったのだが、泣く事すら出来ないくらい落ち込んだグリムを見て揶揄っていたエースすら心配し初めていた。
「うう、っこ子分が……こわい……」
ふなふな呻くグリムは哀れである。
「おまえ、何やったん?……」
「むじつなんだゾ……ぐすん」
何かと話題になりやすい優雨の話題にやりとりを他の生徒たちも落ち着かない様子で聞き耳を立てていた。
一向に収まらない大講堂のざわめきを1-Aの担任教師が引き裂いた。
いつもよりも丁寧に扉を開いて入室したクルーウェルの後ろには見慣れた少女がいた。
監督生の無事な姿を見て少年達は一気に安堵の声を上げた。
だが、いつになく強張った顔のクルーウェルが教壇に立つと誰からともなく黙り込んだ。
「good -bye……いい判断だ。単刀直入に言おう。優雨の中身が曽祖母殿になっている。暫くは上品に振る舞え」
一瞬の沈黙のあと、絶叫が大講堂を埋め尽くした。
「ええ、っと、中身はユウのおばあさん、なんですよね……?」
「そうだ。デュース・スペード」
「なんだってそんな事に……」
「所用だ。何、そう時間は掛からん」
優雨の体に入った曽祖母アザミは実に淡々と話をした。どこまでも冷たく冴え渡る一刀の太刀の様だった。
どうも優雨の記憶をある程度は引き出せるらしく、名前の判別や勉強ついては問題がないらしい。
だが、彼女はどんなに理由を訊いても所用だ。としか答えなかった。
しつこく聴いた者は冷眼に貫かれて早朝のグリムと同じ状態になっている。
「あの眼力……只者じゃねぇな」
「ああ、デケェシマを治めていたカシラと同じ、いやそれ以上だ!」
「……だげ、カッケェ……っ」
何故か盛り上がる体育会系三人を余所にエースはグリムを抱えて面白くなさそうにしているし、セベクはこれが噂のひいおばあさまか……!と身を震わせていた。
彼女は授業を特に問題もなく熟し、魔法を使った授業はコツや他の生徒が失敗した所をしっかりとまとめ上げ、教師陣には無駄なく質疑応答を行う。
隙がない。
優雨のような柔らかさや温かさが一切ない。なるほど、グリムが落ち込む筈だ。
そんなもどかしい時間をある叫びが打ち壊した。
「監督生!助けて!露出狂が出た!!」
「げ!?復活早過ぎじゃね!?」
「またかよ」
「なんか俺らがいれば確実に復活するか叫んでたけど……」
「言ってはならん」
「……露出狂とはなんだ。警察を呼ぶべきであろう」
騒がしさは彼女の一言で静まり返った。
「え、ええ!?監督生から記憶を引き出せるって……」
「あくまでもあの子が覚えている大事な事象だけだ。どうでも良いこと引き出すのは難しい」
彼女は弓形の眉をそっと顰めて言った。
え、なに、監督生的には露出狂はどうでもいいの?
そんな空気が流れるが、そこに学園一の騒がしい男が飛び込んで来た。
「監督生くん!!助けてください!!」
「無理だと言っているだろう。私にはあの子のように穏当に説得するのは不得意だ」
出鼻でざっくりと叩き切った。いっそ清々しさすら感じる。
「そ、そんな……っ」
力無く崩れ落ちる学園長を冷ややかに見つめる彼女だったが、他のひ孫と同じ歳の子ら不安げにしているのを見てため息を付いた。
「いいか、私はあの子とは違う。だから対処法も違う。それでもいいな?」
「いいんですか!?ありがとうございます!!是非よろしくお願いします!!」
「……は、随分な人材不足だな」
再び冷眼と鋭い舌鋒に貫かれ崩れ落ちる学園長だったが、それは序の口であったことをまだ知らなかった。
『ふはははははははは!!性少年達よ!ワタシは帰って来たぞ!!』
「ぎゃー!!出た!」
「誰か監督生を呼べ!」
腰をくねらす全裸の変態に生徒達が逃げ惑う。この変態には魔法が効かない。
物理で殴っても身悶えして喘ぐのだ。気持ち悪いから触りたく無いし近付きたくなかった。
過去二回この変態を撃退している監督生に助けを求める叫びがメインストリートにこだました。
『! おお!麗しのレディ!お久しぶりだねッさあ、パゥワーアップしたワタシをジックリと見ておくれッッ』
学園長を伴って麗しの令嬢が現れ、生徒たちはこれで一安心だ。そう彼らは思った。
だが。
「……見苦しい。不愉快だ。暫くは寝てて貰おうか」
甘く冷え切った声と共に監督生は白い繊手を振り下ろした。
次の瞬間、彼女の手には黒いリボルバーが握られていた。
それを見て学園長が悲鳴を上げる。
「監督生さん!?そ、それは……ッ!?」
「喧しい。私に出来るのは追っ払うだけだ。優雨のように穏当な交渉なんぞは出来ん」
そう言って彼女はリボルバーを全裸の変態に向けて発砲した。
突然の強行に生徒が悲鳴を上げて逃げ惑う。学園長も逃げたい気持ちでいっぱいだったが、彼女のここに連れて来てしまったのは自分だと思い歯を食いしばって耐えた。
『ッッッ逝ったぁい!!れ、レディ!?それは……!?』
「ちっ威力が弱いか。まあ、いい。引っ込みたくなるまで甚振ればいいだけだ」
恐ろしい事をあっさりと言い放った彼女はリボルバーを全裸の変態の口の捩じ込んだ。
「……面倒だからさっさと消えてしまえ。見てて不愉快なんだ」
『ぉぉぉっっう!?』
熱を帯びた銃口が口腔内を焼く感覚は流石の怪異も初めての感覚であった。
なによりも絶対零度の視線は今までの令嬢からは感じなかったものだ。
全裸の変態はゾクゾクとした感覚が背筋を走るのを感じてひどく興奮した。
「度がし難い変態だな。私のひ孫で興奮するんじゃない」
『おっひゃいいっっっ』
小さく華奢なローファーに包まれた足が変態の股間をなんの躊躇いもなく踏み躙る。
変態は瞬間、極地に至った。
『ご、ご主人さま……』
「マスを掻くしか能の無い駄犬は要らん。さっさと逝ね」
優雨の足に追い縋ろうとする変態を蹴り上げ、額にリボルバーを押し付け発砲した。
弾が切れると淡々と空薬莢を石畳に捨て空中から新しい弾を装填した。
彼女は全裸の怪異が消え去るまでそれを行った。
空薬莢が石畳を叩く度、金の光が星屑のように煌めき酷い惨状であるにも関わらず、見物人達を魅了した。
「全く……この学園はどうなっているんだ。生徒にトラブルの解決を押し付けているのか?」
「そうっスね」
「いつも監督生とか寮長達に押し付けてます」
「つーか監督生、攻撃魔法ダメダメなのによく無事だな?」
「使い魔ちゃんズが有能だから……」
「魔法使えない頃の方が押し付けられてた定期」
「ひでぇ」
「ほう……?」
「ちょっと!皆さん!誤解を招くような……」
呆れた顔で呟いた言葉に生徒たちが一斉に声を上げるのを聞いて学園長が真っ青になった。
「貴様はろくでもないな。ひ孫を保護してくれた事には感謝するが、この学園所有の道具の所為でこちらに迷い込んだのだ。当然の義務であろう。それを恩着せがましく言うとは……恥を知れ」
「ひぃぃぃん……」
崩れ落ちる学園長を放置して彼女はさっさと授業に戻って行った。
「トレイン先生、今戻りました」
「ああ、レディ無事だったか」
魔法史の授業に戻った彼女はトレインに挨拶をしてからグリム達のいる席に着いた。
「あ、姐さん!」
「おお!姐さんがお戻りだ!!」
「誰が姐さんだ」
何故か姐さん呼びする生徒たちに彼女は困惑した表情であった。
「レディ、その、銃はいったい……」
「? ああ、怪異を撃った件か?」
トレインが授業中にそのような事を訊くのは珍しい。だが、銃などを持ち込んでいるというのは問題であるし、メインストリートに居合わせた生徒達が動画を学園内のスレッドに投稿してしまったから今更隠す事も出来ない。
ならばすぐに確認してしまった方が安全であろうとトレインは判断した。
「これはな、私の生前に愛用していたモノだ。まあ、召喚術の一種だと思ってくれれば良い。なに安心しろ。無闇矢鱈に振り回したりせんさ」
「……はぁ、是非そうして頂きたいものですな」
目頭をグッと押さえてトレインが嘆息し彼女は無言のまま艶やかな微笑みを浮かべたのだった。