見つかってよかったね、と呟いた ある日の夜、琥珀はスマートフォンを操作してとある人物に電話をかけた。何度かの呼出音のあと、相手の声が聞こえた。疲れているような声が聞こえ、このタイミングでかけたのは悪かっただろうかと思いつつ、琥珀は口を開く。
『……はい、もしもし? 琥珀くん? どうしたの?』
「すみません八重さん、電話大丈夫ですか」
そう、その相手は創務省に所属している猫柳八重だった。自分の剣の師匠でもあり、ずっと探していた琥珀の親友である創の生存を初めに信じてくれた相手でもあり、サクリの名前は出していないのだが、無免連と組んでいる事も秘密にしてくれている相手。琥珀はそんな八重にあるお願いをしたくて電話をかけたのだ、琥珀は深呼吸をした後に、話し始めた。
「……八重さん、実は、創が見つかったんです」
『え、うそ! ほんとに? ……よかったですね、琥珀くん』
「いえ、八重さんのあの日の言葉があったから俺は……」
琥珀はあの日の事を昨日のように思い出すのだ。八重が持ってきた創のコート、生存は絶望的だろうという言葉を遮った事、生きてると言った自分の言葉を信じて、強くなりたいと願った自分に三年間修行を積んでくれた事、全てが思い出せるのだ。挫けそうな時もあった、けれど、八重を初めとした色んな人に支えられたのだ。だが、今回八重に電話をしたのはその話をするだけではなかった。
「……それで、八重さんにお願いがありまして」
『うん? なにかな』
「……明後日、創は創務省に行きます。死んでいたとされていたので、空白の三年間、どこで何をしていたのかと聞かれるのだろうと思うんです。……なので、八重さんには、創が不利にならないように、上の方に報告してくれませんか」
『……とりあえず話を聞いていいかな』
その時、八重はどこかに移動したのだろう。恐らく誰にもこの会話をスマートフォンから漏れないように、人気のない所に移動してくれたかもしれない。やはり八重は信頼出来る、その心遣いに琥珀は感謝しつつ、琥珀は話し始めた。
「……八重さんにだからいいます、創はあの日大怪我をして、たまたま通りかかったニジゲンに救われて三年間、同人地下帝国に匿われてたんです。……創務省が同帝を捜査中ってのは知ってます。……俺と創は、助けてくれたニジゲンに恩義があります、そのニジゲンは同帝のニジゲンなんです、だから……」
『……そのニジゲンを守りたいから、同帝の事を上に報告しないで欲しい……って事でいいのかな』
「……はい。創務省の猫柳八重に、そして俺の師匠でもある猫柳八重にお願いしたいんです」
琥珀は思わず服を強く掴んだ、汗が額から滲み出す。創が創務に呼び出されたと聞いた時、恐らく今回のことで創務は創に話を聞くという名の尋問をするのだろう、と琥珀はすぐに気づいた。創もそれをわかっていたのだが、創は三年間の空白のせいで創務に味方になってくれるような人物が居ない。その時、琥珀の頭の中に真っ先に思い浮かんだ人物が八重だったのだ。
八重が琥珀の頼みを受けてくれるかは琥珀も分からなかった、それをするという事は、下手をしたら八重の立場が一番危なくなるという事は分かりきっていたからだ。八重の沈黙が長く感じ、スマートフォンを持つ手が震え始めた時、声が聞こえた。
『……うん、いいですよ』
「……え」
自分でも驚く程に間抜けな声が出てしまった、その声に笑った八重は言葉を紡ぐ。
『確かにバレたら僕の立場は危うくなるけど……。……せっかく親友と再会できたし、なにより可愛い弟子の頼みですし。……創くんの事は任せてください、もちろん、命の恩人のニジゲンくんの事もね』
「……八重、さん」
あぁ、やっぱりこの人と知り合えてよかった。自分の立場が危うくなると言うのに、それを承知で引き受けてくれた。琥珀は胸が熱くなる感覚と、泣きそうになった目を慌てて擦り、少し呼吸を整えて頭を下げながら口を開く。
「……八重さん、ありがとうございます。……本当に、ありがとうございます」
『あはは、いいって。なら創くんにもその話をしてね? 当日は僕が創くんと話が出来るように手を回すから。……ねぇ琥珀くん』
「……はい?」
琥珀が返事をすると、八重はその後に言葉を続けた。
『……よかったですね、本当に。……琥珀くんはさっき僕の言葉があったから、って言いましたけど。僕からしたら、三年間諦めずに、僕の修行にも耐えて、強くなって探して見つけた琥珀くんが一番凄いですよ。僕、なんだか琥珀くんの成長を感じれて嬉しいな』
「……八重さん」
八重の言葉に先程まで我慢していた気持ちが溢れた、涙をボロボロと流し、床を濡らしていく。しゃくり上げるように泣き出して座り込んでしまった琥珀。
「ほん、ほんとうに、おれ、おれ……創が、みつかって……」
『うん、うん。本当に見つかってよかった』
子供のように泣き出してしまった琥珀の言葉を、八重は相槌をうちながら聞く。八重は思い出していた、三年前の事を。あの時は親友は死んでいないと涙を流していた琥珀が、無茶をして倒れかけて自分に怒られた時、自分は弱いと泣いていた琥珀が、今流してる涙は悔し涙ではなく、嬉し涙を流しているという事に八重は笑った。