危険な出会い 琥珀は路地裏の狭い道を走っていた、没討伐をしていたが、大通りでは被害が及ぶため、ほぼ人通りのないであろう路地裏に没を誘い込むように走っていた。琥珀の思惑通り、没は琥珀を追いかける。道に置かれていた荷物の上に飛び乗ると、そのまま勢いで没を真っ二つに斬った。
それが致命傷になり、そのままシュレッダーゴミとして琥珀の周りに舞っていく。琥珀はそれを、なんとも言えない顔で見ていた。
琥珀の足元に散らばるシュレッダーゴミ、それを手に取った。何が書かれているかわからない紙、周りを何度か見た琥珀は、目を伏せた。
───何も見つからない。
琥珀は三年前に行方不明になっていた親友───創の手がかりが少しでも見つからないか、とこうして没討伐したあとにシュレッダーゴミを見る。けれど、毎回の事だが、なにも手がかりはない。
思わず手に力がこもり、クシャり、と紙の潰れる音が聞こえる。大丈夫、アイツは生きてる。生きてるんだ、と目を閉じて暗唱する。創は生きていると、信じてくれる人がいる、それだけで、自分は前を向けれるのだ。
琥珀は一呼吸置くと、あらためて周りを見た。そして、一言声を出す。
「……しまったな、ここ、どこだ……?」
琥珀は思わず頭をかく、没を誘い込むのに夢中になっていたせいか、今自分がどこにいるのか分からなかったのだ。ここに来るまでにけっこうな道を曲がったりしたような気がするので、なおさら分からない。スマートフォンの地図アプリで確認しようかと思ったが、電波の入りが悪いのか、起動が遅い。
琥珀は諦めてスマートフォンをしまった。とりあえず来た道をゆっくり戻れば道を思い出せるのでは、と考え道を歩く。道は没が追いかけてきたからか、少し荒れていた。
ゴミは当たり前のように道に落ちている、コンクリートで舗装されてはいるが、所々剥がれていた。歩きにくいが、自分でもよくこの道を走れたものだ、と感心してしまう。
大通りの道と違い、シン、と静かな空間。自分以外誰もいないのでは、と錯覚してしまいそうだった。辺りを見回すようにゆっくりと歩く、ふと、何か気配を感じた。
なんだろうか、この気配は、と琥珀は振り向かずに考える。一定の距離を保っているが、誰か自分の後をついて来ているのだ。浮浪者か、と思ったが、それにしては違和感を抱く。かといって、没の気配でもない。
琥珀は少し迷って、既に剣から普通の万年筆に戻っているマキナを握る。何かあった時は、その時だ、と考えて。
琥珀はたまたま目に付いた曲がり角を曲がり、待ち伏せをしてみた。冷や汗がいつの間にか流れ、琥珀の頬を伝う。そして、曲がろうとしてきた誰かに向けて万年筆を振り上げた。
「うわ!」
聞き覚えのある声にピタリ、と既で手を止めた。そう、琥珀の目の前にいたのは遼貴だった。遼貴とは先程の没討伐の時一緒に居たのだが、その時他のところで没が出たということで、一旦別れたのだ。なぜここに、と琥珀は困惑してしまった。
「……遼貴? どうして……」
「いやどうしてって……こっちも討伐終わったんで琥珀さんの事探してたんですよ。よかったー、無事に見つかって」
遼貴はいつもの笑顔で琥珀を見る。だが、琥珀は素直に遼貴の言葉を受け取れなかった。嫌というほど、なにか気持ち悪い何かがまとわりついていたからだ。まるで、目の前の遼貴はお前の知っている遼貴ではない、そう言っているようだった。
目の前に居るのは確かに遼貴のはずだというのに、まるで、外側だけを被った別人に見えるのだ。琥珀が何も言わないからか、遼貴は不思議そうに声を出す。
「どうしました? 早くここ出ましょうよ。俺、道知ってるので」
そう言って手を差し出してきた遼貴、琥珀の中で警報音が鳴り響く感覚に満ちる。この手を取るな、と。琥珀はおもむろに万年筆を突き出すと、睨むように言った。
「……お前、誰だ。遼貴じゃないな」
琥珀はそう言ってゆっくりと相手から距離を離す。近寄るな、早く逃げろ、と。すると、遼貴の顔が先程の笑顔から無表情になった、その無表情に思わず背筋が凍るほどの恐怖を覚える。やはり、目の前にいる相手は遼貴ではない、そう痛感した。そして、相手の口元がニタリ、と口角を上げて笑う。
「なんだ、つまんねぇの。すぐ分かっちまうんだな」
そう言って相手は姿を変えた、遼貴より身長が伸び、服も、顔立ちも、目の色も変わる。ただ、髪型は遼貴と変わらないように見えた。チラリと見えたような金目は、顔半分を隠すようなヴェールのようなもので隠された。
琥珀の表情が強ばる、ニジゲンなのは分かっていたが、どことなく自分が適うような相手では無い気がしていたのだ。そして、相手は琥珀の反応を見て笑う。
「そんな怖い顔しないでくれよ、俺もあいつとなんら変わりないんだぜ? あんた、よくあいつと一緒にいるよな? 一言ご挨拶しにきたってわけ」
「……」
そう言って近寄ってくる相手に琥珀は後ろに下がるしか出来なかった、想像力もない以上、本当に相手に抵抗できる術が無かったのだ。
その時、琥珀の背後から大きな物音がした。
「……?」
後ろをむき、思わず目を見開く。そこには没が居たのだ。こんな時に、と。後ろには没、そして前には名の知らぬニジゲン。なんてタイミングで、と琥珀が舌打ちした時、ゾクリ、と悪寒が走る。
「なぁ、力を貸してやろうかァ?」
琥珀が後ろを向いた隙に近寄ったのだろう、琥珀の顔に黒い骨の手を滑らせる。ただ、それだけの事なのに動けずにいた。冷や汗がドッ、と流れる。自分は、この怪しいニジゲンと一時的とはいえ力を借りていいのか、と。
琥珀の反応をよそに相手は嬉しそうに、この状況を楽しんでいるかのような声で、耳元で琥珀に言う。
「お前、ニジゲンいないんだろ? お前らみたいなツクリテは、想像力がないと戦えないしなァ? ……どうする? 認可作家さんよォ」
「……っ」
悔しいが、このニジゲンの言う通りだった。先程の戦闘で想像力を使い果たしてしまっていたのだ。想像力のないツクリテなど、没にとっては格好の餌だろう。没は言葉にならない雄叫びをあげ、ゆっくりとこちらに向かっていた。もう、考えてる暇はない。
「……なぁ、力貸してやろうかァ?」
もう一度、相手が琥珀の耳元で同じ言葉を呟く。
「……手を貸してくれ」
琥珀は観念して相手に向き合う、真っ直ぐと、相手の目を逸らさないように。相手は琥珀の顔を見てにんまり、と満足そうに笑う。
「そうこなっくちゃなぁ」
相手はニンマリ、と笑う。琥珀は何も言えなかったが、どうしようもならない。
琥珀と目の前のニジゲンは知らない、まさか、この目の前の相手とバディを組むなど。この時はまだ、知らない出来事だった。