扱いやすい相手 琥珀が創務省に用があるということで着いてきた創、琥珀が用事で行ったあと、琥珀が戻ってくるまで創務省の中にあるカフェに行こうかとして、可愛らしい職員を見つけて話しかけたのが数十分前。
「お茶しません〜?」
へらへらと笑って言っている時、突如背中に悪寒が走る。一瞬、琥珀が戻ってきたのかと思ったが、琥珀にしては少し違う気がした。そもそも、用事は時間がかかると言っていた、こんな早く戻ってくるわけはない。後ろから、冷静そうな声が聞こえる。
「創さん、まだ……免許持っていたいですよね?」
その声を聞いて、顔を青白く、口元を引き攣らせながらゆっくりと振り向く創。その声の主を知っていたからだ、ナンパしていた職員は助かった、と表情を浮かべてそそくさと逃げていったのにも気づかず、創はあはは、と苦笑いをする。
その相手───羽紅の顔を見ながら。羽紅は創務省職員で、琥珀がお世話になっている八重の部下だった。創にとって苦手なタイプの分類にも入る、因みに、琥珀のほうは羽紅と合うからか、よく話しているのを見かけた。
「ご、ごめんなさい……」
「よろしい」
羽紅が現れたからか、周りにいた女性職員から黄色い声が聞こえる。羽紅は確かよくモテる、と同じ八重の部下である凪が言っていた気がするのを思い出す。確かに創から見ても、羽紅の顔立ちは綺麗だ。
けど、自分の方が顔はいい気がする。決して自分はナルシストというわけでもないが、すくなくとも不細工ではないだろう。うん、やはり自分の方が顔がいい。なんて考えていると羽紅がチラリと創のことを見た。
「おや、自分の方が顔がいいと思ってます?」
何だこの人、心でも読めるのか。と創は大袈裟に反応してしまう。創は悟られないように作り笑いをして慌てて返答した。
「や、やだなー、そんな事思ってませんよぉ。天下の創務省職員の羽紅さんの方が、綺麗ですぅ!」
あはは、と笑いながら早く離れよう、と創はさりげなく後ろに下がろうとする。琥珀、早く戻ってきてくれ、なんて考えていると羽紅がなにやらスマートフォンを取り出し、創に見せた。
創はなんだろうか、と液晶を見る。液晶画面には見覚えがあった、没の討伐リストだ。それを見せながら、羽紅は口を開く。
「ええ、ええわかっておりますとも。そんなイケメンな創さんに五件ほど没討伐を追加しておきましょう。イケメンですからね、こなせますよね」
「……は!?」
今なんて言った、と創は羽紅を見る。羽紅は表情を変えることなく、スマートフォンを操作する。ほどなく、創のスマートフォンに通知が行き、慌てて確認すると本当に五件の没討伐が追加されていた。危険度は低いのは分かったが、それでも五件は骨が折れる。
「げぇ! まじで追加してる! この鬼! 悪魔! すっとこどっこい!」
本当に作家か、と言わんばかりの語彙力のなさの言葉を羽紅に言う創。やんや、と文句を言っている創に、画面を見らずにスマートフォンを操作する羽紅。また、通知が来て創が確認すると、更に十件追加されていた。
「げっ! また追加……!? 八重さんに言いつけてやるー!」
既に涙目の創がそう羽紅に文句を言うと、羽紅が創の言葉を制するように指を一本立てて、ある提案をしてきた。
「そのかわりに幽さんとのお時間をこちらから提供いたしましょう? お忙しいようですのでね、創さんが」
「……え!?」
創は思わず反応した。羽紅のいう相手が自分の知っている相手なら、と先ほどまでの表情とは打って変わって、途端にやる気に満ちた表情をし始めた。というか、羽紅と知り合いなのか、と今ここで初めて知ったが、創にはもう関係なかった。彼女とデートできる、それだけで怒りが収まるのだから。
「! 幽ちゃんとデートできるの!? よーし羽紅さん! 五十件でも百件でもどんとこい!」
「そのいきですよ。助かります」
「なら行ってきまーす!」
創の言葉で更に没討伐件数を追加していく羽紅、それでもそのまま創務省を後にした創。そして、その後を琥珀が呆れながら戻ってきた。実は少し前から用事が終わり戻ってこようとしたのだが、羽紅と創の会話に頭が痛くなっていたのだ。主に、創の方に。
琥珀はそのまま羽紅の隣に来て、そのまま口を開く。
「……扱いが上手いな」
「似たようなのが近くにいますからね」
「……あぁ、なるほど」
恐らく凪の事を言っているのだろう。確かに似てる気がする、それにしても、琥珀は羽紅に話す。
「……羽紅さん、考えたな……。時間を提供するっては言ったけど、デートさせるなんて一言も言ってない。……はぁ……」
そう、羽紅はあくまで時間を提供するとだけ言ったのだ。そもそも、幽はこの事を知らないはず。幽が創とデートするなんて確証もない。全て創が勝手にそう感じて、勝手にやる気を出して、没討伐に行った。カインが可哀想だな、なんて呆れたため息を吐く。
「貴方も手綱持っててくれると助かるんですけど、首輪でも付けますか、創さんに」
「いや、俺はあいつの保護者じゃないけど……。そんな趣味もない」
創、無事に帰ってくるのだろうかと遠く考えた。