いつかの未来、少しでも君といられたら「鶉は変わったよね」
冬、冬の夜空は綺麗だ。空気が透き通っているからか、星がいつも見るよりキラキラと見える。鶉は今日、琥珀の借りているマンションに遊びに来ていた。泊まってもいいという琥珀の提案で、泊まることも決まっていて、今琥珀の作品のニジゲンのディリーと共にベランダに出て、星空を見ていた。
琥珀が冷えないように、と鶉とディリーにブランケットとカイロを渡してくれたおかげで寒くない。そもそも、今日はあまり寒くなかった。いつもだったらよく見えない星空も、今日は珍しく見えていた。とても、綺麗だった。
変わった、とディリーの言葉に鶉はオロオロとする。
「そ、そうでしょうか……僕はそうとは思えません」
「いや、変わったよ」
ディリーは鶉の言葉に首を振る。鶉は変わった、それは彼をよく見ていた自分自身がよく分かっていた。初めて出会った時は、泣いているか眉を下げた顔をしていた鶉。はっきり言っていいほど、笑ってなかった。鶉の笑顔が見たい、その琥珀の気持ちで生まれたディリーからしたら、こんなにも笑わない子が居るのだろうか、と思うほどだった。
どうしたら笑顔になってくれるのか、産まれたばかりのディリーはこの世界の仕組みはよく分からない。それと同じように、鶉がどんな道を歩んで、こうなったのかもわからない。知らないことなら、知っていけばいいと気づき、鶉の手を取っていろんな所へと連れ歩いたものだ。
そして、色んなこともあった。鶉が琥珀に刃を向けたこともあった、その時は胸が締め付けられそうになったものだ。そこまで追い詰めていたのか、と。
その時は琥珀が鶉をちゃんと見て、話したから解決できた。泣いている鶉の顔を見て、自分は何が出来ただろうかと悩んだ。自分を創った琥珀は、お人好しと言ってもいい。自分に刃を向けた鶉に対して、最終的にマキナを捨てて鶉を受け入れたのだ。知りたい、と言ったのだ。
ディリーは純粋に琥珀の事を凄い人だ、と思った。凄い人であり、優しくて、純粋なツクリテなんだな、と。その光景を見た時、ディリーは今まできちんと鶉の事を知れたのだろうか、と思ってしまった。
その時に、あの夢を見た。真っ白で、なにもなくて。窓の外は暗く、泣いていた鶉の夢を。あの夢を見た時、心の底から鶉を救いたい、と思った。前から思ってはいた。けれど、改めてそう思ったのだ。
「鶉はよく笑うようになったよ。鶉の笑顔、僕は大好きさ! だからね……」
ディリーはそう言うと、優しく鶉の手を握る。少し冷たかったが、優しく包むように握る。
「だからね、鶉がこれからも……笑顔でいるのを僕はずっと、見守る。ずっとそばに居るからね、むしろ、いさせて欲しい」
ニジゲンという括りが煩わしい。もし自分が琥珀や鶉と同じように人間───ツクリテだったとしたら、どんなに良かっただろうか。自分がいつまで鶉の隣に居られるか分からない、もしかしたら没になってしまうかもしれない。没になって、鶉を傷つけてしまうかもしれない。没にならなくても何かしらの、お別れが来るかもしれない。
そんな未来は残酷だ、とディリーは考えを止めるように目を伏せる。もし、お別れが来ても、鶉の心の中に自分という存在がいればいい。
ディリーの言葉に恥ずかしそうに、けど照れくさいのか少し笑う鶉。
「貴方が僕の笑顔を好いてくれたから、こうして貴方の傍で支えられてるのかもしれません……。ディリーさんが、琥珀さんが、僕に幸福を……教えてくれたから」
「そうかな? 僕からしたら鶉が変わりたいって思ったのもあると思うよ。今の鶉、幸せそう」
鶉の言葉に嬉しくて笑う。幸福、つまり鶉は救われていると解釈していいのだろう。琥珀は以前、自分はとある作品を読んで救われたと話してくれた。その作品のように、自分も誰かの心を救えたら、とも。
救えている、今目の前にいる子が、救われている。しかも自分の作品、自分自身と出会って。それがとても嬉しく、泣きそうだった。
「貴方が与えてくれた幸福を、僕は誰かに与えることが出来るでしょうか……」
「出来るよ!」
ディリーの即答に思わず目を見開く鶉。ディリーは手を握ったまま、笑って話す。
「鶉なら出来るよ。僕からしたら、今の鶉と昔の鶉。全然違うもの、僕みたいに心の底から幸せにしたいって相手がいるのなら、もしかしたらその相手は今から見つかるかもしれない。どっちにしろ、そうしたいって思える気持ちがとても大切だよ」
「……」
鶉は黙ってディリーの言葉を聞いていた。こころなしか、薄らと涙が見えた気がする。それは、悲しい意味での涙ではないことをディリーはよく分かっていた。
「出来ないって不安になるのなら、僕が一緒に考えるよ。鶉なら大丈夫、僕はそれを知っている。大丈夫だからね、大丈夫……」
そう言ってディリーは優しく鶉を抱きしめる。鶉がそうしたい、って気持ちが聞けて嬉しかった。鶉に大切な人が出来て、その人に自分と同じように【幸福】を与えられるなんて、どんな幸せなことなのだろう。
───あぁ、少しでも鶉と一緒に居たいな。
「二人共、ココアいるか?」
琥珀がベランダの戸を開けて、マグカップ二つ見せる。マグカップから湯気がのぞき、淹れたてのようだった。琥珀があまりココアを飲まないのをディリーは知っていた。鶉のために用意したのだろうと思いつつ、受け取る。その後すぐ部屋に戻ると、自分用にマグカップを持ってきた琥珀。
「あ、ありがとうございます」
「ありがと琥珀! ココア美味しいね鶉」
「今日は綺麗な星空だな」
琥珀も鶉の隣に立ち、ココアを飲む。ディリーと琥珀、その間に鶉という立ち位置だ。楽しそうにココアを飲むディリーと、ディリーの笑顔を見て少しだけ笑う鶉。そんな二人を見て笑う琥珀。本当に鶉は前と比べて笑うようになった。ディリーのおかげだ、と琥珀は思う。
二人が幸せそうに笑えてるのを見て、【Dear】を書いてよかったと心の底から思う。作品の出会いで人は変われる、かつての自分のように。それを今、実感した。
琥珀は星空を見る、思うことは一つ。二人を題材に話が書けそうだ、なんて思いながらココアを飲んだ。