■ うつくしいものざく、ざくりと、黒く焼け焦げた土を瓦礫の山から持ち出した道具で無言のまま掘るジンの後ろ姿をナガレは眺めていた。
中天に差しかかろうとする太陽はいっそ無慈悲なまでに焼き払われた光景もその下に晒し出している。
そんなんじゃ日が暮れちまうだろと呆れて言おうとした言葉は、きつく、かたく噛み締めた口元が見えただけで喉元に引っ込んだ。
その表情は、ナガレにも覚えがあった。
あの日、ドラゴによるナーガの居城への暴虐は朝方まで続いた。
何もかも壊し殺し尽くして、ようやくその場を離れたマシンザウルスは幸いにもナガレ達に気付くこともなくどこかへ飛んで行った。
「ゲッターがありゃ叩き落としてやんだけどなぁ」
悠々と飛び去るマシンザウルスを眺めて残念そうにそうボヤくナガレに、トモエが怪訝な顔で声をかけた。
「あのマシン、三人乗りなんだろ? ジンの怪我治すのが先じゃねえか。
一回戻ろうぜ。そのゲッターってマシンもサオトメの爺さんと一緒にあっちだしよ」
……それでいいか、ジン? と問う気遣わしげなトモエの声に白い顔が無言のままひとつ頷く。ジンの感情の薄い表情の中、落ちた前髪の隙間からナガレに見えた瞳は背筋が寒くなるほどに冷たく燃えているようだった。
コイツは力を欲している。きっと、ゲッターに乗る。
わざわざ足を運んだ事は無駄にはならなかった、これでようやくゲッターを動かせると思えばナガレの気は幾分晴れた。
そうして怪我をしたジンを支えながら夜を二回過ごして森を抜け、ようやく大猿の拠点に戻った頃には、往復一週間ほどの道のりに体力に自信のあるナガレも流石に疲れを覚えていた。
トモエが三年近く離れていたジンを連れ帰ったという話は瞬く間に拠点に広がり、手当のためのテントは騒がしく、ひっきりなしに誰かが顔を出した。トモエは後で説明をすると全員散らしてジンを自分のテントに運び込む程で、そんな様子を離れた場所からナガレは半ば呆れながら見ていた。
「どいつもこいつも、なんでそんなにあいつが気になるんだか」
行儀悪く丸太に大股で腰掛け、膝に肩肘ついて干し肉を齧りながらナガレはボヤいた。「弱いから群れる」のは理解しても、それで必要以上に他人を気にかけることになんの得があるのかわからない。そう言いたげなナガレの様子に、隣に座っていたサオトメは横目で彼を見やった後、静かに言った。
「それほど頼りにされていたか、大猿から話を聞かされていたか……離れている間も行動方針を相談しに行っていた程ならな」
「チッ、誰かに頼ってるようじゃ生きてけねえだろ」
「フッ、お前はまだまだ子供じゃな」
「なんだよ、文句あんのかよジジイ」
どこか不貞腐れるようなナガレの声と姿に、サオトメは目を伏せ、喉奥で小さく笑った。
「文句は無いが」
――お前にはわざわざ三日三晩かけて、何度も会いに行きたくなるような存在ができるかな。
ぽつりと落ちたその声は何を考えているかナガレには到底わからず「……そんな奴、もういねえし」とだけ返して小さくなった干し肉を口に放り込んだ。
ジンの怪我は幸いな事に深くなく、治りも早かった。何故かサオトメが詳しかった薬などの知識で熱を出したのも拠点に戻って数日で済み、彼が落ち着くなりナガレとサオトメはトモエのテントに呼び出された。話したいことがあると。
「あのマシン――ゲッターというのに乗ってトカゲ共と戦うのは俺としても都合が良い。
ただ、最初に倒すのはドラゴにしたい。アイツを誘き寄せる手段は考えた。実行に移すのもゲッターがあれば難しくは無いだろう」
肩から首筋にかけてまだ残る傷が隠れるような服の上、淡々と話す顔は落ち着いているように見えた。座って話す三人の後ろでトモエが武器を手入れしながら聞いていた。
「それは構わねえぜ。俺は順番なんてどうでもいいし片っ端から喰うだけよ」
「敵の性格を知っている人間の計画に乗るのが良かろう」
「ジンの頭の良さなら俺が保証するぜ」
ひょいと話に首を突っ込み、トモエがそう言って明るく笑えば「有難いがお前は少し黙っていろ」とジンがその胸を軽く叩いて引っ込めた。
二人の短いやり取りを見ながら、ジンはそんな顔をするのかとナガレには少し意外に思えた。表情は変わらないながら、少々雰囲気が違うように感じた。
そして、ジンは改めて真剣な顔に戻し、ナガレとサオトメに目を合わせ口を開いた。
「それと、もうひとつ、頼みがある」
+++++
ガッと何か固いものがぶつかる音が耳に届き、ナガレは小さく舌打ちした。
この周辺は岩場もあった。深く土を掘れば石にもぶつかる。
「……やってらんねえぜ」
誰にともなくそう呟き、ナガレは背を向けた。
手伝う義理も無いと思った。知らない奴等の墓など。
――ジンの頼みとは、ナーガの城に行きたいという話だった。ナーガ様とあそこにいた人々を弔わせて欲しい、と。
「……おそらく、生き残りはいないだろう」
ドラゴの執着は常軌を逸していた。何もかもを奪い自らのものとして俺に渡さんとするなら、念入りに殺したに違いない。
静かに、しかし暗い目でそうジンが語ったように、試運転を兼ねてトモエを乗せゲッターで向かった城跡は地獄が吹き出た後のようだった。
10年、死体を身近に暮らしたナガレでも、ゲッターから降りた途端、目前のあまりに生々しく凄惨な惨状に軽い吐き気を覚えた。
打ち壊された建物の瓦礫に押し潰され、炎に巻かれ、ドラゴの部下の仕業だろう槍に串刺しにされ晒され、ドラゴのマシンに虫か何かのように叩き潰され、踏み潰され。
数日前、遠目で見た白い城の面影など、無惨に砕かれ、焼け落ち、燻る臭いを残すだけのそこには無かった。
「……この辺りは涼しい山なんでまだ腐ってねえのがマシだな」
よっ、と声を出しつつゲッターの手のひらから降りたトモエが曇った顔でそう呟き、心配そうにゲッターを見上げる。ガン!となにか殴りつけるような音が、中から小さく一度だけ響いた後にジンも降りて来た。
目元が濡れているような気がしたが、ナガレは気付かなかった事にした。
「……胸糞悪ぃ」
そうとだけ吐き捨てて。
サオトメをゲッターに置いてしばらく三人で見回ったが、やはり生存者は見付からなかった。
ジンは城跡の片隅を無言で掘り返しはじめ、トモエは慣れた様子であちこちから死者を掘り出してはその近くに並べていった。見るに堪えない状態のものも悲しげな表情をするばかりで嫌な顔ひとつしなかった。
「……何回やっても、こういうのは嫌だぜ」
まだ綺麗な、両手の残る死体に手を組ませながらぽつとそう落ちた声がナガレの耳に残った。
ヒトもトカゲも並んでいた。はじめ、ナーガの城近くに着くまでに聞いたトモエの話は嘘では無かったらしいと、それでナガレは知った。
知った人間などここにはいない。真剣に悼むほどの気持ちも沸かず、何をすればいいかもわからず、ナガレはサオトメが待機するゲッターに足早に向かいながら顔を顰めた。
「弱いものは喰われる」それだけと言えばそれだけの事。だから、自分は強くなった。食われない為に。
アイツらは弱かったから殺された。
そんな単純な事がモヤモヤとした。理由はわからないがなんとなく気分が悪かった。
――弱いから喰われるのは、死ぬのは当然だ、と思うなら、あのクソトカゲ共と同じじゃないのか。
不意に浮かんだ考えはナガレを酷く不愉快にさせた。
「ジジイ! 動かすぞ!」
「どうした」
「どうしたもこうしたもねえよ……ドリルがあるんだから使えばいいじゃねえか、あの色男」
本当に頭良いのか、アイツ? と舌打ちして機体に乗り込むナガレを見やって、サオトメはやれやれと腰を上げた。その口の端を緩めながら。
ゲッターを持ち出せば穴を掘るなど腕をひと振りすれば良いだけだった。
唐突にゲッターに乗って戻って来たナガレの『ちんたらやってんじゃねえよ!』という声に、目を丸くして見上げるジンの顔がナガレには少し面白いと感じた。
ゲッターで穴を掘り、トモエとジンが遺体を並べ、またゲッターで穴を埋める。
休憩をしながらのそれも日が傾く前には粗方が終わり、何処からか花を摘んできたジンがそれを手向けて、しばらく膝を折って頭を垂れた。
トモエもサオトメも立ったままではあったが黙ってしばし俯き、ナガレもそれに倣った。
思うことは多くはなかった。ただ覚えておいてやろう、とだけは思った。ここのヒトもトカゲも、あいつに蹂躙されたと。
「少し、寄りたい場所がある」
立ち上がったジンはそう言い残して、森の中へ足を進めた。
「お、あそこか。ついてっていいか、ジン」
「おい、待てよ」
口々にそう声を上げれば、返すようにジンが足を止め振り向いて頷いた。
「すまないが、ゲッターを任せて良いだろうか、長くはかからない」
「わしは疲れたからな、ここで待っとるよ」
サオトメにことわりを入れて三人で森を進む。山間に傾きかけた光は木々の影を長く伸ばし、歩くほどナガレの視界を暗く明るく変化させた。地下にはあるはずも無かった光景にはまだ慣れない。
一際強い光が目をさして、ナガレは遮るように手を翳した。ぶわりと吹いた風が甘い香りを含んで髪を撫でる。パチパチと瞬きしたナガレの眼前に広がったのは、一面に花が敷き詰められたような花園だった。
「……ここは、無事だった」
安堵するようなジンの声に横を見る。懐かしいものを見るような目をしていた。
「綺麗すぎてなんか俺が入ると荒らしちまいそうなんだよな」とトモエが頬をかく。自分の足元を見れば花をひとつ踏み折ってしまっていたことに気付き、ナガレはなんとなくばつが悪く、その花を拾い上げ土を払った。
そうする間に、ジンがしゃがみこみ、柔らかな土を掘っていた。ナガレには知るよしも無かったが、ナーガの部屋の跡から見つけた手のひらほどの櫛をそっと埋める。
「……ナーガ様はあいつに奪われてしまったから」
けれど、魂はここにあるといい。望む場所にあればいい、せめて。
胸の奥から絞り出すような声にその顔を見ることは出来ず、ナガレは黙って折ってしまった花をそこに置いた。トモエも摘んだ花を手向けると、ジンの肩をひとつ叩き「爺さんも心配だしこいつと一緒に先に戻るぜ」とナガレの腕を掴んで戻り始めた。
「大猿! 手ぇ離しやがれ!」
「そうか、自分で歩けらァな」
「そうじゃねえってんだろ!」
引きずるような強い力にナガレが声を荒げれば、ガハハと笑ってトモエは腕を離した。
「ったく、てめえらはよくわかんねえな」
「何言ってんだ、他人なんてわかるはずねえだろ、自分じゃねえんだから」
不満そうな不機嫌そうなナガレの声に、トモエは眉を上げて返した。
「は? そういう事じゃなくてよ――いや、そういう事か?」
んん? と腕組みして首を傾げるナガレにトモエはまたひとつ笑って、こっそりとナガレに耳打ちした。
……でもよ、ああやって誰かを思ってるあいつはいっとう綺麗だと思わねえか?
山間に傾いていくオレンジ色の光が、跪いて指を組むジンの白い横顔を照らしていた。
山肌から吹き付けた風が花弁を巻き上げて、その黒い髪を揺らす。
トモエの声にジンの姿を横目で見たナガレは、ふいっと目を逸らしずんずんと帰路に向かった。
「……それとこれとがどう繋がンだよ」
「なんだよ、わかんねえけど似たようなこと考えてるかもしんねえぜって話じゃねえかよ」
「なら最初からそう言えって」
……似たようなこと思うのはわからなかねえよ。
「綺麗」と、あれをそう言うならそれでもいいとナガレは思った。