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    告知
    本作は2022年6月12日(日)開催のPassion! VIRTU@L STAGE現地1st in福生(パバステ現地)、スペース番号【し20】にて頒布開始予定の新刊です。

    通販→https://roomshiki.booth.pm(6/19以降受付予定)

    #クリ想
    clitoris
    ##同人誌サンプル

    incandescent(3,000K) ※一部掲載//incandescent(3,000K)

     年が明けると、少しずつ仕事の忙しさが穏やかになってきた。
     バレンタインや新年度に向けた仕事が増え始めてはいるものの、クリスと想楽はタイミングを合わせて終日の休みを取ることが出来た。
     家を出る前に、想楽は鏡を覗き込む。仕事でヘアアレンジをする機会が多かったから、ヘアワックスを使わずに人前に出ることは久しぶりだ。クリスは想楽がどんな髪型に変わってもそのたびに褒めるから、想楽も悪い気はしない。
    (髪型、変えてみてもいいのかもー?)
     洗面所には想楽の兄が使っている整髪料がある。毎朝ここで髪をセットしてから出かける兄は、使いたければ使っても良い、と言っていた。「頻繁に使うんなら自分で買えよー」と笑っていたから、想楽が一度使ったところで咎められることはないだろう。
     前髪をつまんで、軽くねじる。
    (……うん、やっぱり――)
     ヘアワックスにもう一度視線を送ってから、想楽はそれを使わずに家を出た。
     いくら仕事で会っていても、プライベートなクリスの表情が見たいからデートの約束をした。クリスも同じ気持ちなら、ヘアワックスを使わない普段の想楽を見たいと思うはずだ。
     待ちに待ったデートに心臓の鼓動は早い。心音に合わせて足を早める想楽が待ち合わせ場所に到着すると、既にクリスはそこにいた。
    「クリスさん、お待たせー」
    「想楽! 会えて嬉しいです」
     クリスも普段と変わらない服装で、長い髪はマフラーに巻き込まれて膨らみを作っている。想楽の姿を認めたクリスは安心したように顔を綻ばせたから、ヘアワックスを使わなかった自身の考えは正しかったのだと思えて想楽は顔にかかる髪を払う。
    「では、早速ですが移動しましょう」
    「そういえば、行きたいところがあるんだよねー」
     アイドルらしく表情やポーズを決める必要がない分、クリスの足取りは伸びやかだ。遅れないように隣を歩きながら、想楽は近くのショッピングモールへ誘った。
    「もちろんです」
     想楽の誘いにクリスは大きくうなずく。クリスと並んで歩けば、クリスが立つ側の腕ばかりが暖かいような気がした。
     初売りの賑わいは過ぎて、バレンタインの色に染まるにはまだ早い時期のショッピングモールは、どこか素顔のようなあどけなさすら感じられる。欲しいものも見たいものも特別思いつかなかったが、隣にいるクリスと時間を考えず気ままに過ごしたいからと、想楽は見かけた店を覗きながら歩いていく。
    「! これは……!」
     何店舗か覗いたところで急にクリスが言い、大股でずんずん進み出る。
    「何かあったー?」
     言いながら想楽はゆっくりと後を追う。クリスの長身はよく目立つから見失う心配はなく、目当ての棚の前で立ち止まったクリスの手元を覗き込むと、白黒に塗られた焼き物があった。
    「……マグカップ?」
     言いながら、違うと想楽は頭の中で言葉を打ち消す。
     マグカップや<ruby>湯呑<rt>ゆのみ</rt></ruby>と呼ぶには大きく、蓋もついているらしい。クリスが蓋を開けると中には同じデザインのスプーンが入っていたが、スプーンつきのスープボウルにしてはスプーンが小さすぎるようだ。
     蓋には白く、T字に近い取っ手がついている。ボウル――あるいはカップ部分には白い模様が描かれ、よく見ると足元には魚のヒレらしいものがついていた。
    「クジラ……かなー?」
    「その通りです!」
    「、」
     想楽が思っていたよりもクリスの声は大きい。
    「クジラ型のシュガーポットです! スプーンが尾ヒレになっているのですが……この愛らしいフォルムはザトウクジラでしょうか。素晴らしいです!」
     片手に収めたシュガーポットの蓋を開け閉めし、回転させながら角度を変えて眺め続けるクリス。そうしてクジラについて語り続けるクリスの隣、息継ぎをしたタイミングで「買うのー?」と訊くと、クリスの髪は肩から滑り落ちた。
    「シュガーポットは既にあるので……買って帰ったら母に叱られてしまいます」
    「家族との、暮らしに気遣い持つべきか。――そうだねー、こういうのは多くあっても使えないからねー」
     言いながら、想楽は自宅の本棚を思い出していた。
     兄と二人で暮らす自宅には、リビングとは別にそれぞれの部屋がある。手狭な部屋に置ける本棚は小さいもので、教科書のほかに気に入っている本を入れ、小物を何個か配置すればそれでいっぱいになる。おかげで想楽は気軽に本を買い足すわけにもいかず、いつも本棚のスペースをやりくりすることに頭を悩ませていた。
     実家と比べて手狭な今の住まいに不満はいくつかある。リビングのエアコンの効きの遅さや二口コンロの右側の火力がいやに低いこと、浴室のドアの軋みなどを感じるにつけ引っ越したいとは思うものの、兄は想楽ほど不満は抱いていないらしい。実家から出たい一心で兄との同居の約束を取り付けた想楽がこれ以上のわがままを言うことはためらわれて、引っ越しを提案するつもりはなかった。
     クリスはクジラのシュガーポットの隣にあった、シャチの豆皿に目を奪われたようだ。先ほどと同じように豆皿をくるくると回し眺めるクリスに「落とさないでねー?」と声をかけるうち、引っ越しへ向けた気持ちもしぼんでいった。
     シャチの豆皿は二枚買い、ショッピングモールを一通り見終える頃には夕食の時間が迫っていた。
     明日の午前までオフは取っている。夕食の後はラブホテルに泊まろうと想楽は計画を立てていた。クリスが手洗いに立った隙にラブホテルをチェックしており、営業していることは分かっている。
     ショッピングモールの出口を目指して歩いていると、背後から「兄さん!」と叫ぶ声が聞こえた。
    「おや――」
     クリスが振り向くと声を上げたらしい女性がクリスの元に駆けつけた。
     明るいウェーブヘアとスカートの裾をはためかせる彼女はクリスを見上げる。彼女の手の中ではいくつかのショッピングバッグが揺れていたが、クリスは手を差し出してバッグを全て引き取った。
    「兄さんも来てたの?」
    「はい、買い物ですか?」
    「うん。なんだ、いるなら試着見てもらえばよかった」
     並んで会話をする二人の面差しはどことなく似ていたから、事情が飲み込めない想楽にも彼女がクリスの妹であることは見当がついた。
    「それで――」
     親しげな会話の切れ目に彼女は想楽に向き直る。クリスはゆったりとうなずいて、想楽を手で指し示す。
    「こちらは、私と同じLegendersの――」
    「知ってる。今日は二人なの? 雨彦さんは仕事?」
     口早に尋ねる彼女は、クリスと想楽が二人きりでオフを過ごしている理由は訊かなかった。クリスと想楽の交際を知らないのかどうかの判断がつかず、想楽は中途半端な笑みを浮かべたまま佇むばかりだ。
     彼女がどこまで知っているのかを判断するより早くクリスは歩き出し、想楽と彼女も
    ついて行く。
     クリスが予約していた店は急に人数が増えても快く対応した。Legendersの三人での食事と比べると賑やかな食卓の中で、クリスがシャチの豆皿を買ったと聞いて妹は大きく眉を寄せる。
    「二人暮らしでもないのに二枚ってどういうこと?」
     クリスの妹の表情の移ろいは目まぐるしく、そんなところにもクリスとの血のつながりが感じられて微笑ましい。話題を探さなくても彼女の方から喋るので、想楽は彼女の話に相槌を打ち、返事をし、彼女が見せたクリスの写真に感想を述べるばかりだ。
     家族旅行の時の写真だと言って、広島県のベイサイドビーチで撮った一枚が彼女のスマートフォン上に表示される。アイドルになる前、想楽と出会う前の写真らしく身体の彫りは今よりも浅い。それでも歓喜に満ちた笑顔は輝かしく、想楽がしばらく釘付けになっているとクリスの妹は微笑して、「画像、送りますね」と伝えた。
     LINKのアカウントを交換してすぐに、先ほどのクリスの画像が届く。想楽からはお返しに、ライブの前にLegendersの三人で撮った写真のうち、SNSに公開していないものを送ることにした。
    「あ、電話」
     想楽が画像を送った瞬間、彼女のスマートフォンが鳴り始める。通話のために彼女が席を立ち、ひとときの静けさの中で想楽は「明るい人だねー」とクリスに声をかけた。
    「はい。妹と母が家にいると、八月のビーチのように賑やかです! 今日は母がいませんが、今度はぜひ紹介させてください。母のおいしい料理を、想楽にも食べていただきたいです」
    「機会があればねー。料理って、どんな料理かなー?」
    「私のおすすめはパエリアです! 魚介の旨味が染み込んでいて、とてもおいしいですよ」
    「パエリアは家であまり作らないから、楽しみにしてるねー」
     クリスの妹から受け取った家族旅行の写真が脳裏にちらつく。ぬくもりに満ちた、楽しげな家庭を想像すると胸のどこかに疼痛があった。
    「想楽は普段、どのようなものを食べているのですか?」
    「普通のご飯だよー。どちらかといえば、和食が多いかなー?」
     家事の役割分担をしっかりと決めてはおらず、一人暮らしの経験が長い兄が料理をすることが多かった。想楽も兄に教わった料理やSNSで見かけた料理を作ることもあって、少しずつレパートリーは増えている。先日想楽が作った鶏大根の残りは、まだ冷蔵庫の中に入っていることだろう。
    「和食ですか。焼き魚や煮魚、天ぷらなど、海の魅力を引き出す方法はたくさんありますね!」
    「さすがに天ぷらは作らないよー。煮物ならうまく作れるようになってきたけど、食べてみるー?」
    「良いのですか!」
     冗談めかした想楽の問いに、クリスの双眸が煌めく。
    「いつが良いでしょう。事務所に持ってきていただければ、容器は洗ってお返ししますので……」
    「事務所だと、食べられちゃうんじゃないかなー。名前を書いておけば安全だとは思うけど――」
     などと話している間に、クリスの妹は戻ってきていた。二人の会話を遮らずに座る彼女に視線だけ向けて、想楽は言葉を続ける。
    「せっかくならうちに来るー? 来週とかなら、予定も空けられるよー」
    「そうですね、帰ったら予定を見ておきます!」
    「…………あ!」
     そんな二人のやり取りを見ていて、クリスの妹は声を上げる。
    「――今日、もしかしてデートしてました……⁉」
     瞠目し、口元に置いた指先を微かに震わせての言葉に、クリスも想楽も沈黙を返す。
    「そっか、そうですよね! さっき兄さんと一緒に帰るって言っちゃった、ごめんなさい……!」
    「……いえいえー、気にしないでくださいねー」
     にこやかに返事をして、想楽は「料理はされるんですかー?」と無難な話題を出して話を逸らす。
     クリスの妹はしばらくは悄然とした態度を取っていたが、食後のデザートが配膳される頃にはすっかり元の調子に戻っていた。
     食事を終え、彼女が伝えた通りにクリスは妹と共に帰宅することになった。駅での別れ際に三人で手を振り合い、想楽はクリスらとは逆方向に歩き出す。
     冷え込む外の空気の中を歩いていても、クリスと彼の妹と囲んだ食卓のおかげでお腹の奥はほんのりと温かい。それでも冷えだす指先が手持ち無沙汰で、一人で寝る布団の冷たさを思い出させた。
    (寒い夜、思い出すのはクリスさん――……なんて、いまいちかなー?)
     肉厚なクリスの手は暖かく、触れられているだけでまどろみの中のよう。人目につかない場所でしか触れ合えないから、今日のデートの中では手だって握ることは叶わなかった。今日は体温に手が届かなかったのだと思うと、仕方がないと分かっていても口惜しい。
     学生とアイドルを両立させる想楽のプライベートな時間は多くはない。クリスと重なる時間はもっと少なく、体力や欲求ではなく時間の問題でセックスを諦める日はたびたびある。クリスは暇さえあれば海に繰り出してしまうから、予定を合わせることは容易ではなかった。
     想楽とクリスが今の暮らしを維持したまま、もっと会う時間を増やすには――
    (一緒に暮らすしかないかもねー?)
     両親と離れたくて上京した自分が他人にそんな思いを抱くことがおかしくて、人知れずに想楽は笑みを浮かべた。
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