硲道夫/おいらの恋路:硲先生にラブレターを添削してもらった話 授業中にせこせこ書いてたラブレターを見つかって笑われても、おいらはちゃんと笑えた。
「ヒッコ、いい加減諦めろよ!」
「ンども、おいら好きだかんなあ」
子供の頃、ばあちゃん家で暮らしてたせいでおいらの訛りはきついらしい。俺、と言ってるつもりでも、おいら、に聞こえるらしく、意図的に一人称をおいらにしたのは確か小四のあたり。高校生になってもおいらはおいらで、ヒッコ、と呼ばれて頭をしばかれる。
「字ぃ汚ね! 内容もキモすぎるだろ!」
「ええ!?」
ラブレターは渾身の出来だった。隣のクラスの沓澤に、付き合うとかは無理にしたって良いって思ってもらえる、と思ったのに。
おいらの声にクラス中がどっと沸く。腹を抱えてひいひい言ってるクラスメイトを見ているのはいい気分だ。なんか、ほんとはもっと違う仲良しになりたかったけど、こうやって仲良しになるのも悪くはねえ。
「ちゃんと先生に見てもらえって――あ、硲先生ー! 見て見て!」
次の授業は数学で、硲センセはいつも教室に来るのが早い。いつもと同じに早く来た硲センセに、そいつはおいらの渾身のラブレターを差し出した。
「ヒッコが書いたんだけど、直してやってくださいよ!」
「現国の先生でなくて良いのか」
「いーっていーって! 隣の沓澤に出すんですけど――」
「沓澤……沓澤崇史君にか。貸してみなさい」
硲センセの目が、一行ずつおいらの渾身のラブレターを追いかけていく。
「渾身の出来なンすけど」
「……ふむ。確かに情熱は感じられる。しかし、更に良い内容とすることは出来るだろう」
「ンですか?」
うむ、とうなずく硲センセは、時計をちょっと見てから黒板にチョークを叩きつける。
「この『胸をギュンと撃ち抜かれた』の部分だが」硲センセの字で書かれた『胸をギュンと撃ち抜かれた』の文字に、クラスにまた笑いが起きる。「なぜ、胸をギュンと撃ち抜かれたのかといった具体的なエピソードが欠如している。具体例を挙げることや、比喩表現を用いることは、君の感情を伝えるには効果的なはずだ」
「ほぁ、なるほど……!」
言われてみればそのとおりだ。おいらが沓澤を好きだと分かったのは、沓澤がおいらの辞書を拾って教室まで届けてくれたからだ。それをちゃんと伝えねえと、おいらが沓澤をどんだけ好きかが伝わらねえかもしれない。
「ありがとさんです、硲センセ! おいら、もっといいラブレター書いてみせます!」
「頑張りたまえ。数学の知識があると、恋愛もうまくいくと言う。今日の小テストに懸命に取り組むことで、君の夢はまた近づくだろう」
「え!? 今日って小テストなンすか!? 聞いてねっすよお!」
おいらのスットンキョウな声に、またみんなが爆笑した。
――ンなことを思い出しながら、おいらはテレビの中にいる硲センセに目を丸くしている。
夢は叶う、なんだって出来る、そう歌う硲センセの言葉が常には当てはまらないことをおいらは知っている。玉砕続きの恋愛も、失敗だらけの仕事も、笑われてばっかの人生も、おいらが叶えたいおいらの形とは違った。
別に毎日、楽しく生きてるってわけではねえけど。
でも、硲センセがおいらのラブレターを笑わなかったのだけは、今もずっと覚えてる。