吉田の家で、ちょっと早いんじゃないかというタイミングで出されたコタツに、顔を突きあわせる成人男性三人。
普段なら隣人同士いわゆる便利モブ三人衆で揃うその内訳は、今夜は少し異なっていた。吉田の右側はクラージィ。そして左側には三木…ではなく、ノースディン。
今夜はクラージィの呼びかけによる集まりだった。三木は仕事で欠席どころか呼ばれてもいない。更には今日のことは三木に秘密だと、前もって言われてあった。つまりは、彼に聞かせたくない話なのか。
恋人同士である三木とクラージィは、付き合いはじめてからスタートダッシュと言えるような時期は過ぎていた。吉田から深く聞きはしないが、順調に進展していると窺える。以前と変わらず吉田の家で三人で過ごす時間は多いので、二人の仲睦まじさは充分知っていた。
何も心配などないように思っていたので、何かサプライズを企画したいという相談かと、吉田は気楽に捉えて今日の場に臨んでいた。
だが、二人分の視線の先で、クラージィの表情は硬かった。
「三木サンハ、吸血鬼ニナリタイト思ッテイマス」
予想していなかったデリケートな話題が飛び出した。吉田はチラリと横のノースティンを見る。彫りの深い横顔は、目を細めた仏頂面だ。
吉田たちの反応を見てから、クラージィは付け加えた。
「タブン」
もう一度ノースディンを見ると、今度は視線を寄越された。顎が僅かにくいっと動いたので、吉田はクラージィに向いて質問を開始する。
「『たぶん』ということは、お二人の間でこのことを話し合ってはいないんですね?」
クラージィは小さく頷いた。言葉を探すように視線が彷徨う。
「三木サンハ、エー、『ハイ』ガ早イ人。コノコト話ス、スグ『ハイ』ニナル、ソレハ怖イデス」
抽象的な表現だが、吉田にも容易に想像ができた。クラージィの戸惑いを理解する。
「私ハ…マダ何モワカリマセン。イヤ、デハナク、タダワカリマセン。今ノ三木サンノ『ハイ』ヲ受ケ止メルコト、デキマセン」
抱えた悩みを吐き出すと、クラージィは俯いてしまった。
日常のささやかなことですら、行き違いが積み重なればいずれ崩れてしまう。まして比喩ではなく人生がかかった選択についてだ。妙にこじれる前に、二人の間できちんとすりあわせるのが良い。
もちろん吉田はそのための手伝いはいくらでもするつもりだ。ただ、まず確認しておくべき前提があった。
「三木さんと話したのではない。クラさんは、どうして、三木さんが吸血鬼になりたがっていると思ったのですか?」
「ソレハ…」
吉田の質問に対して、俯いた頭から、ぽつりと声が出た。
「三木サン、ヨク吸イマス」
ん?と吉田は戸惑った。
「…血を、ですか?」
見ている先で、モジャモジャ頭が躊躇いがちに頷いた。
「噛マナイデス、デモ、スゴく吸イマス。肌ノ中デ血ノ跡デキマス。血ヲ吸ウ真似デス…?」
「…」
だいぶ事情が変わってきた。ひょっとしたら三木のアイスバー案件、いや、三木は特に悪いことはしてないが、突然の事情暴露に吉田の左からひんやりした空気が漂ってくる。
もしかしたら吉田の勘違いで、純粋にクラージィの懸念通りかもしれない。吉田は質問を重ねてみた。
「あの、言いづらいかもしれないんですが、」
クラージィの顔が上がった。なんでもしっかりと答えるというまっすぐな瞳だ。
「その、三木さんが吸うのって、お二人が『なかよし』してるときですか」
瞬きをしてから、気付いたようにクラージィの表情が揺れた。青白い肌がほんのり赤らんだ。
よかった、通じたし、恥じらいはあった。その行為の意味だけわかっていない。
知識からして無垢だったんだな、と吉田はしみじみしかけて、自制した。
クラージィは落ち付かなげに、ハイネックで隠れた自分の首元を軽く押さえた。
「ダイタイ、ハイ」
手が少し下に下りる。
「首ダケジャナク、アチコチ」
吉田の左からパキッと音がした。ひんやりした空気はまだ漂っている。コタツの中は暖かい。たぶん見えてない手の辺りが凍っている。
あえてそちらを確認しないで、半ば意味なくうんうんと頷き、吉田は安心させるようにクラージィに微笑んだ。
「僕らで三木さんに訊いてみましょう」
頼りにするような視線が眩しい。
「三木さんも僕らに質問されたら、前のめりに答えはしないと思います。先に三木さんのお答えがわかっていたら、クラさんも心構えができるでしょう。それからお二人できちんと話し合えばいいです」
ね、と呼びかければ、クラージィはほっとした顔で頷いた。
吉田は、そこでずっと黙ったままの吸血鬼に振り向く。
「ノースディンさん、三木さんと話すお時間取ってもらえますか」
「…うむ」
「オタノミシマス」
二人の顔を交互に見てから、クラージィが頭を下げた。
ノースディンの溜息が、話の終了の合図となった。
吉田は軽くポンと手を打ち鳴らす。
「さて、と、ごはん食べていきませんか。悩んだらお腹すいたでしょう。ノースディンさんもよかったら付き合ってください」
ごはんと聞いて、上がったクラージィの顔が綻んだ。
吉田はニコニコした顔を返して立ち上がり、台所に向かう。
話し合いの日は風呂を沸かしておくよう、三木に言おうと心に書き留めた。