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    真央りんか

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    真央りんか

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    神ミキ。夜桜見物。桜に攫われる(?)受。うちはこれでこの左右です

     シンヨコの桜もあちこちで咲き揃い、週末は満開だろうと予想が出ていた。
     散歩に繰り出した神在月は、待ち合わせていた三木と合流する。今日は販売員の仕事だったという三木は、手土産に今日の担当の桜餅を持ってきた。お隣さん達への分もあると、紙袋を提げている。せっかく平日の夜に出歩ける身なので、桜見物でブラブラしようという話になっていた。川沿いの土手の桜並木を、男二人のそぞろ歩きだ。
     土手下の道に街灯はあるが、桜をライトアップするためのものではない。土手の上は暗くて、そのせいだろう、満開といっていいのに、人の姿はちらほらとある程度だ。手元に灯りを持っているのが人間だろう。神在月も散歩用のライトで自分たちの足元を照らす。
     プラスチックのパックを一つ開けて、中の桜餅を二人で分け合い食べながら歩く。ときどき足をとめてライトを掲げて桜の木を眺めた。
     近頃は春季限定の桜フレーバーの商品が増えたとは言え、やはり桜餅は手堅い。独特の春の香りが口に広がり、生地と餡子の甘さに、桜の葉の塩気が最高に合う。
    「桜フレーバーの食べ物いろいろあるけど、あれって花の匂いじゃないよな」
     ほぼ満開なのに、桜並木を歩いても匂いに包まれる感じはない。三木が立派な一本の前で足を止め、顔の高さの枝に顔を寄せる。神在月も並んでかいでみた。
    「うん…ていうか、なんか…かびくさい…?」
     さっきからなんとなく感じていたが、土の匂いかと思った。近づいたことで、この桜から匂っているのだとわかる。ただ——
    「匂いっていうか、これ——」
     桜を見上げようとして、神在月は突然突き飛ばされた。ライトが手から抜けて弧を描いた。暗がりの中、神在月の目の前でザッと枝が下りて、三木が桜に覆われる。
    「ミッキー!」
     吸血鬼だ。桜の吸血鬼だ。慌てて取り縋ると、花の隙間に辛うじて三木の姿が見える。必死に花をむしり取ったら、ぶんと枝が振られて今度は土手の斜面までふっとばされた。ごろごろと転げたのがどうにか止まった。
    「ミッ…、…ハ、ハンター、きゅうたい」
     尻ポケットからスマホを出して、震える手で通報アプリを起動する。位置情報任せでボタンだけ押した。周囲でも悲鳴が聞こえた。ほかの人たちも通報してくれるかもしれない。
     よたよたと斜面をのぼる。どこか打ち付けてたようでいろんなところが痛い。もう一度桜に詰め寄ると、花の塊りが弾けるように割れた。衝撃で尻餅をついてしまった神在月に、黒い影が覆いかぶさる。次の瞬間、体が浮いた。
    「みっ、きー」
     すぐ目の前に、手にしたままのスマホに照らされる三木の横顔。
     抱えられて桜から離れていく。土手を滑るように下までおりたところで、神在月は姫だっこの体勢のまま地面におろされた。
     三木は神在月を隠すように、桜のいる方向に背を向けたまま、後ろを確認した。その手にはナイフが握られていて、刃に赤いものが付いている。三木が神在月に向き直った。
    「悪い、ナイフ当たらなかったか? 痛いところはあるか?」
     神在月は泣きそうな顔で、黙って首を横に振った。赤いものは、ナイフだけについているのではなかった。
    「みっき、血」
    「ん? ああ、ちょっとかすっただけ」
     出血の自覚はあるようだった。首の横、襟元から覗くあたりが赤い。神在月は傷に向かって手を伸ばした。三木は震えているその手を取って、ぽんぽんと軽く叩いて宥める。
    「お前が気付いたからこれで済んだ。助かった。ありがとな」
     三木の背後が騒がしくなる。退治人たちだ。少し先にある橋のたもとに、パトランプも見える。
    「お、来たか」
     三木はナイフを手早く拭ってしまうと立ち上がった。思わず神在月は三木の袖口を掴んだ。不安げな神在月の表情は見えただろうか。
    「手は足りてるみたいだから、俺は純粋に被害者枠でいいだろ。VRC来てんのかな」
     退避しようと促されて、神在月も立ち上がった。袖を離さないことに何も言われず、払われることもない。近くに落ちていたライトを回収して橋を目指すと、近づいてきた吸血鬼対策課の制服の大柄な男に懐中電灯で照らされる。
    「被害を受けた方ですか」
    「あ、はい。彼は連れで、通報者の一人です」
    「まずは避難を。お怪我してますね、歩けますか」
    「大丈夫です。ワクチンだけ受けて帰ろうかと」
     吸対の隊員は頷いた。
    「VRC到着してます。お連れします」
     神在月は二人の会話を聞くだけで、掴んだ三木の袖に黙って付いていく。橋に車を停めて待機しているVRCに引き継がれても、そのまま三木がやりとりするのを聞いていた。
    「吸血しようとした枝がかすった感じでしたねー、あとこのハンカチ、向こうに切りつけたときの体液かなんかです……ええ、予防ワクチンは年一で」
     止血と曝露後ワクチンをという話が神在月の耳に入った。それでも袖を離さない神在月に何も言わず、三木は手早く片手で服の前を開け、襟周りから肩にかけて肌を出す。消毒と絆創膏、そして注射を受けると、また片手で器用に服を整えた。
    「ではお二方とも、気分が悪いとかその他意識の異常が出たら、すぐご連絡ください」
     VRCの職員が離れても、すぐには歩き出さずに、なんとなく二人で並んで退治の現場を眺める。
     吸血鬼桜だけ照明を受けて、見た目だけなら美しかった。うねうねと動いているのは、悶えているのだろうか。ある瞬間、花の部分がドザッと灰になった。ほとんど地面に落ちたが、いくらかは風に乗って飛ばされていく。
    「花咲かじいさんの巻き戻しだな」
     目をこらして花を全て落とした桜を見ていた三木は、溜息をついた。
    「ああ…お隣さんの桜餅食われたな…」
    「……ミッキー」
    「ん?」
     ずっと平時ののんきな声で話していたのに、神在月に応えた声だけは甘く優しい。神在月を落ち着かせる響きだ。
    「……今、巻き戻しって言わないらしいよ」
     トスッと横から体を当ててつっこまれた。
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