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    0615_ym

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    イベ終了後下げます。
    ネットプリントも出来ますのでお好きな形でお楽しみ頂けると嬉しいです。

    はじめましての話。

    #P道

    とある男の話とある男の話(ネップリver)

     やってしまった。そう思いながら駅の看板をホームで見上げる。
     久しぶりに早めに帰宅できた事に気が緩んだのか、電車の中でしっかり寝てしまった。慌てて起きて降車したが、本来降りるはずの駅から二駅過ぎてしまっている。このまま反対行の電車で帰ろうと思ったものの、寝てしまった分の体力をどう削ろうかと頭を悩ませた。
     イベント業界に身を置いてからそれなりの月日が経った。携わる業務は人手不足を理由に、何かと範囲外の事をしている気がする。人の入れ替わりも多いため負担もそれなりにあり、仕事にやり甲斐は見出せるものの常に多忙だった。最近は仕事が立て込み、特に忙しい。そのせいか生活リズムは整わず、今のように少し寝て体力を回復してしまうと、寝付きがとても悪くなってしまう。だからこそ体を疲れさせないと眠れないのだ。
     ここの駅区間はそこまで離れていない。この距離なら歩いてしまうか、と改札口を出る。記憶が確かならば、道はそれほど入り組んだものではない。念のために手元のスマートフォンで地図アプリを開き確認しながら帰路についた。
    (最近、運動もしてないな…)
     運動不足には丁度良いと前向きに考えながらも、頭の中は考え事でいっぱいだった。足取りもだいぶ重い。
     好きな仕事だと思っている。それが成功すれば何事にも代えがたい感情も充実感も得られる。だけれど、ここ最近は何かとネガティブな感情がチラつく。人は少ないが給与が少ないわけでもなく、残業代もキチンと出ている。家にも帰れてはいる。そしてそんな事を考えてしまうだけの余裕はあるのだ。まだまだ自分が未熟なのだと大きく溜息をついた。
     黙々と示された道を歩いていると、食欲を掻き立てる香りがふわりと鼻をくすぐる。もう少し歩みを進めると、ビルの一階に看板と暖簾が見えてきて足を止めた。
    (ラーメン屋だ…)
     暖簾に描かれた店名からしてもそうだろう。看板のメニューを眺めると、綺麗に整った文字が手書きだと解り驚いた。丁寧な店員がいるんだな、と思っていると店のドアが音を立てて開く。
     現れたのは背の高い男性だった。自分も低い方ではないが、その肩幅や体格の良さが余計にそう見せている。
     胸元に店名が書かれた黒いTシャツにカーキ色のエプロン。首には白いタオル、ふわりとした髪には赤いバンダナが巻かれている。そしてその出で立ちとは別に、なぜか目を引かれるオーラのようなものを感じた。急に出てきたからなのか、それとも店内の灯りがそうさせているのだろうか。
     そうしているとその男性がこちらを振り向いた。バチリと視線が合うとニコッと微笑まれる。
    「まだ店やってるんで、良かったらどうぞ!」
     バンダナで隠され表情が読みづらいはずなのに、人懐っこい笑顔が眩しく目に映る。まだやっている、とは言えこの時間は遅いのではないか? と時計に目をやると閉店時間まで余裕がない様に思える。
    「でも、時間が」
    「道流ちゃーん! まだお店大丈夫?」
     続けようとした言葉は大きめの声で遮られる。振り返ると妙齢の女性と探偵のような服を着た男性がいた。みちるちゃん? 誰の事だろうと気を取られていると、目の前の店員がお疲れ様ッス! と挨拶をする。どうやらこの人の名前の様だ。
    「おやっさんからは、あんまり遅いなら追い返して良いぞ、って言われてるんスよね~」
    「おっと、道流ちゃんも言うようになったな」
    「どうしても、ここのラーメン食べたいのよ!」
    「ハハッ、それなら帰すわけにはいかないッスね」
     その些細なやり取りでどうやら馴れ親しんだ仲だと解る。こういった常連のやりとりは疎外感を覚えやすいと良く聞くが、それとは逆でとても親しみやすい空気感だった。それになにより、笑顔が温かい。その光景を眺めていると店員はこちらに向き直る。
    「いつもこんな感じなんで、時間は気にしなくて大丈夫ッス!」
     本当に良かったらなんスけど、とこちらの意思を尊重してくれる言い方だった。
    「お兄さん! ここ美味しいからオススメよ」
    「そうそう、食べなきゃ損だよ」
     普段ならこういった勧められ方は何かと遠慮してしまうのだが、どうにも惹かれてしまう。
    「…じゃあ、お願いします」
     そう言うとにこやかに迎え入れられ、一緒に店の暖簾を潜った。
     
     カウンター席に案内されると、先程の二人とは二席ほど開けて程よい距離感で着席する。小さなメニュー立てに目を通すとオススメ! とかかれたものがあった。
     変わった名前だなと思いながらも水を置きに来てくれた先程の店員に注文をする。
    「愛増らーめん、一つ」
     そう言うと驚いた顔でこちらを見る。何か間違っていたか? ともう一度メニューに視線を落とすと、慌てて店員は口を開いた。
    「ちゃんと読んでくれたんで、嬉しくてなってしまって」
     愛憎ラーメン、ってよく間違われるんスよ~とニコニコ返される。確かにそう読めなくもない名前だと納得する。
    「すぐに作りますんで、お待ちください!」
     そう言い残して店員は作業に取り掛かった。
     「今日おやっさんは?」「閉店作業にまた来るって言ってたわよ」という楽しげな会話を耳にしながら、店内をぐるりと見渡す。居心地の良い雰囲気と先程のやりとりからしても、地域密着型の店なのだろう。どこか懐かさすら感じる。
     もっと近くにこんな店があれば良いな、けどあんまり通えないか、などと考えてゆっくりと注文した品を待った。


    「お待たせしました! 愛増ラーメンです!」
     そうこうしていると、注文したものが提供される。置かれた器から香り立つ匂いと湯気に期待が高まった。
     いただきます、と手を合わせ割り箸を準備して麺を啜る。
     
    「…美味しい」
     
     思わず言葉が漏れた。続けてスープも一口飲むと少しずつ体の芯が温まる。
     いつもは時間もなくコンビニのもので済ませたり、すぐに出てくる立ち食い蕎麦屋だったりと落ち着かない事が多く、こんな風にゆっくりと食事を楽しむことを忘れていたかもしれない。
    「うちのラーメンどうッスか?」
     先程の声を聞かれていたのか、問いかけられる。
    「美味しいです、こんなに美味しいラーメン食べたことないかも……」
     大袈裟でなく本音だった。ラーメンは他の店でも何度も食べているはずなのに、受ける印象が全然違うのだ。
    「…それは良かった」
     店員は一瞬だけ、どこか寂しそうな表情をしてまたすぐに笑った。
     
    「うちのラーメンは、頑張ってる人ほど旨く感じるんスよ」
     
     頑張ってる人。
    その言葉がじわじわと心に染み渡る。涙腺が緩んだ気がして、そうなんですね、とそれを誤魔化すように笑ってラーメンをまた啜った。食べる度に体がゆっくりと解れていく感覚がある。
     
     ああ。そうか。自分は頑張っているのか。
     
     まだまだやれる事も頑張る事もあるはずだと、毎日思い詰めすぎていたのだろうか。それならば今日くらいは自分を労るのも良いのかもしれない。残りをしっかり味わって食べようとゆっくりと箸を進めた。
     
    「ごちそうさまでした」
     食べ終えて一息つくと久しぶりに満たされたという充実感に胸が一杯になった。空の器を見た店員はありがとうございます、とまた笑顔をこちらに向ける。
     せっかくの巡り合わせにもう少しゆっくりしたい気持ちもあるが、時間も限られている。立ち上がり会計場所に向かうと「美味しかったでしょ?」「気を付けて帰ってな」と先程の二人に見送られ、礼を返してレジの前に向かう。会計を済ませた後に店員が何かを差し出した。
    「これ、次から使えるトッピング無料券なんでどうぞ!」
     渡された無料券は表の看板と同じ字体で作られたもので、下の方には有効期限の日付も記載されている。だけれど今日はたまたま来たのであって、期限内にはまた来れそうにもない。
    「えっ、と…多分そんなに来れないので大丈夫です」
    「そうなんスか?」
     思わず言葉にしてからハッと気付いた。黙って受け取れば良いものを、何故口にしてしまったのか。気が緩みすぎている。折角の好意を無駄にしてしまったのではないかと、慌てて続ける。
    「すみません、仕事が立て込んでて…でも、また来るんで!」
     言葉にすればするほど陳腐な言い訳になってしまい、まるで遠回しに断っている様だ。普段はもう少し言葉を選べるのにと焦る。
     そんな姿を見た店員は少し考える仕草を見せるとその無料券に何かを書き込んだ。
    「どうぞ」
     渡されたものを見ると下の日付に二重線が引かれており『無期限』と書かれている。看板やこの券の字体と一緒だった。そうか、この人が書いていたのか。
     顔を上げると店員はまた笑って続ける。
     
    「また、いつでも食べに来てください!」
     
     
     

     
     その後お礼と共に必ずまた来ますと伝えて店を出た。ありがとうございました! という元気な声がまだ耳に残っている。
     
    『頑張ってる人ほど旨く感じるんスよ』
     
     仕舞いそびれた無料券を手に握ったまま歩き、その言葉を心の中で反芻する。
    たまたま入った店でこんな気分になれるなんて思ってもみなかった。 無自覚な心身の疲労は先程のラーメンで少し解れてきた様だ。かといって積み重ねてしまった疲労は今すぐに全部消えはしないし、明日からの忙しさが変わるわけでは無い。
     それでも。
     足を止め、うーんと腕を上にし背筋を伸ばした。

     
    「…もう少し、やってみるか」

     今の自分には十分すぎる程の力になった。やれることはまだやってみるかと、少し前向きな気持ちになれる。とりあえず明日は少し苦手な事務仕事を処理してしまおうか。タスクを頭で整理しながらも足取りは軽い。
     仕事が落ち着いたら、またあのラーメンを食べに行こうと、財布の中に男道らーめんと書かれた無料券を入れた。







    すのうちるど。 希遊(@0615_ym)

    oredaenjoujikkekonshitekure gmail.com

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