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    狛恋と猗窩煉と思って書いています。

    #猗窩煉

    燃えている、息をするのも難儀な程に。
     草木の一つも生えてはおらず、生物の気配はない。空は墨を溶かしたような黒い雲が覆っていて、陽光を少しも通さない様にこの世のものではないのだと実感が湧いてくる。まるで世界に天井が誂えられたような圧迫感だった。この空のような暗澹たる心地が膨らんで、視線の先にそびえ立つ大きな門を見据えて、この向こうに広がる地獄はこの場所以上に過酷を極めるのだろうと想像に容易い。

     煉獄杏寿郎は、地獄の門前を歩いていた。
     枯れ果てた大地にその両足を着き、生前となんら変わらずにしっかりと両足を踏みしめて一歩、一歩と宛てもなく歩く。幽霊に足がないというのは虚偽であったな、と弟に読み聞かせた本の内容を思い返しながら自身が死人であることを忘れてしまいそうな程、はっきりと思考を巡らせて歩いていた。
     炭火を蓄えたように燻ぶっている地面から、熱気が立ち込めている。火の海地獄、これも本で見たことがある。もしかしてこの門の向こうには、弟が夢にまで出てくる程に怯えてしまったあの地獄が広がっているのかもしれない。深く息を吸い込むと、肺まで焼けてしまいそうだ。門前でこうなのだから、あの門の向こう側はさぞや恐ろしい場所なのだろう。

    「死人の肺が焼けることはあるんだろうか?」

     一人巡らせた思考の果て、この肉体の所在が何処にあるのか、果たして目に見えているこの身体が何なのか、煉獄杏寿郎の中に答えはなかった。人は生きて、生きて、生き切った果てに死ぬ。その後は無であると信じて疑わなかった自分が、死してなお、肺が焼けてしまっては呼吸を駆使した体の使い方は適わないなと考えることは妙に可笑しかった。今の自分はいったい、何になろうとしているのだろう?

     そびえ立つ大きな門、この場所にある唯一の建物で、唯一の目標。其処へ向かって両足を交互に前に出す。右、左、右、左、歩み出すときは右足から出す癖がある。居合いの鍛錬を繰り返すうちに、右足での踏み込みが体に染みついたからだ。幼い自分に稽古を付けてくれた父も、いつも踏み出す時は右足からだった。尊敬する父と同じ所作である事に、父の背中を送り出したときに気が付いて、飛び上がりたくなるほど嬉しくなって、直ぐに仏壇の母の写真に報告をしたのを思い出した。どうして、こんな昔のことを今、思い出すのだろう?

    ・・・

     少しずつ、禍々しい門が目の前に迫ってくる。見上げる程に高く、反り返っているかのように見えるほど、天辺が本当にそのまま空の上まで続いているかのようなその門に思わず、ずうっと繰り返し踏み出していた足が止まってしまう。何だか、この扉が開かれる想像が上手く出来ない。これ程までに大きな門は、いったいどうやって開かれるのだろう。人の手ではとても動かす事は叶わないだろう、たとえ大きな岩を動かせるような武人が何人束になったとしても。
     いや、岩柱であれば何人か束になれば何とかなるかもしれない、などと現実にはあり得ない想像を巡らせる。今の自分だって現実には存在しない存在、存在が終わってしまった後なのだから、このくらいの夢想が相応しい位ではないかと、胸中の自分自身と対話をしている最中、彼女は突如現れた。
     突如、目の前に現れたのだと説明しなければ納得が出来ない程に、一息を吐き切るよりも早く、まばたきをする一瞬の間に、薄紅色の反物を纏った小柄な少女が、目の前に蹲っていた。音もなく、また、何の気配も感じさせずに。

     地獄の門前、草木の一つも生えず、肺が焼ける心配をするほどの場所。陶器のような真っ白な肌、絹糸を束ねたような黒髪、膝を抱えるように蹲って地面を見下ろす姿は、年の離れた弟と重ねてしまうほど小柄で、とてもこのような場所で見る幻とは思えなかった。

    「お嬢さん、このような場所で何を?此処は、安全であるとは言い難い。」
    「お侍様、いいのです。私はここで、人を待っておりますので。」
    「待ち人ですか。此処は、ただ居るだけでも苦しいでしょう。」
    「ええ、ええ。それでも、待っていると決めましたので。」

     お構いなく、と深々頭を下げる少女の髪に美しい細工がされた簪が揺れている。銀細工だろうか、針金を編んだような簪の飾りは左右対称で、幾何学的な、なんとも清らかでどこまでも冷え切った意匠だった。春色を携えた着物とはどうにも不釣り合いで、目を奪われる。ひやりとした悪寒を覚えるも、すぐに周囲の灼熱に巻かれて散ってしまう。
     少女が再びその視線を足元へと落とす。長い睫毛が瞳を覆い、眠っているようにも、泣いているようにも見えた。無礼千万と一瞬躊躇いが過るも、どうせ死した身、心の思うままにと引き留める胸中の自意識に逆らって、少女の隣にしゃがみ込む。腰を下ろし地面との距離が縮まると、今まで枯れ果てた地面だと思っていた足元から水が滲み出る。屈んだところで水たまり程度、膝を折るとそれが広がり、少女と同じ高さまでしゃがむと目の前には小川が流れ、いつの間にか橋の上で二人並んで屈んでいる。さらさらと穏やかに水が流れ、揺れる水面に夜空が映し出されている。

    「この橋で待ち合わせを?」
    「いいえ、これはあの人が迷子にならないように…忘れてしまわないように、代わりに私が抱えている思い出です。」
    「美しい思い出ですね。これはいい道標になりそうだ。」
    「ありがとうございます。」
     夜空を映し出す川は美しい。こんなに穏やかな夜を過ごすことは、鬼殺隊に所属する前から経験がなかったと生前の記憶を思い返す。夜には人喰い鬼が出る、父上は命を賭して鬼を狩りに出て、家に残された家族はその無事を見たこともない神に祈りながら朝を待った。母が居た頃はその胸に抱かれて、二人きりになった後はこの胸に小さな弟を抱いて。その後に、今度は宵闇を駆けまわるように。水面に浮かぶ星空が、天の川のように美しい事も、また底がないように暗く深く見えるというのに、これほどまでに穏やかな心地になるのだという事に、肉体を手放すまで気が付かなかった。

    「私は生まれた時からずっと、体が弱かったんです。」
    「それは難儀でしたね。」
    「あの人は、そんな私を熱心に看病してくれました。」
    「それはよかった。」
    「お陰で、生きてみようと思えたんです。誰も期待しなかった私の命を望んでくれる、あの人のために生きようって。」
    「とても深く、愛されていたんですね。」
    「私も、愛しているんです。」
    「果報者だ。」
     穏やかな夜空の下、川のせせらぎに乗せて柔らかな声音が届く。不思議な心地がした、責められているような居心地の悪さと、母の胸で眠った安心感のような、全てが赦されるような気分だった。泣いたらいいのか、笑ったらいいのか、どうにも判断が付かず、ちりちりと鳩尾が痛むのを無視して時の止まった橋梁で話しをした。
     彼女の身の上も、自分の身の上も、話し尽くして舌の根が疲れ果てたころ。黒絹の髪を飾る簪が彼女の所作につられる以上震え、身を揺すって泣いているようにきらきらと月の明かりを反射させてた。夢のように美しい光景を前に、きっと、間もなく彼女の迎えが来るのだろうと察した。

    「お侍様、あの人が来たらお願いがあるのです。」
    「俺に出来ることなら何でも。」
     春色の反物が揺れて、少女が立ち上がる。その姿を見上げると、視線の動きに呼応して景色が移り変わる。彼女の足元から手元へ視線を移すと、夜の水面に花火が写る。更に見上げると周囲は室内に代わり、道場のような風景が流れていく。どれも自分の記憶の中には持たない風景ばかりで、彼女の言った待ち人の代わりに抱えている思い出が見せる風景なのだろう。どこか懐かしさすら覚えるそれらの景色を横目に、表情が見えるまで顔を上げると、そこは再び熱波の渦巻く門前になっていた。地獄の門前は、地獄ではないのだろうか。

    「あの人が此処に来たら、貴方のその燃えるような刀で私たちを斬ってほしいのです。」
    「それは出来ません、この刃が人に向くことはないのです。」
    「私たちは人ですか?」
    「俺は、答えのないものを考えることが不得手です。禅問答もお断りだ。」
    「煉獄さん、お願いします。あの人を灼くのは、あの人の頸を斬るのは、貴方の炎刀だけなのです。」

    ・・・

     目の前で真珠玉のように美しい涙を落とす少年に、鳩尾に救った熱が落ちる。存在していないはずの臓腑があたたまり、自然と少女と目配せをする。
     柄に手を掛ける、舐めるように静かに鞘から刃を抜くと、燃えるように赫い刀身に少年の姿が反射する。鈍い色をした幾何学模様の刺青が走った、俺のよく知る男の姿だ。
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