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    藍色の線と猗窩煉

    ■現代パロディ
    ■恋人で同棲

    タトゥースタジオに行く話しです。

    #猗窩煉

    ファーストタトゥーは二の腕に入れた二本のラインだった。左右の腕に対象に入れた藍色の線がしっかりと定着し、痛々しく見える腫れが引くと、もうこのラインがない体を思い出せないくらいしっくりと馴染んだ。次は腹、胸、腕は二本の線から手首へ向かって縦に走るラインも追加した。
     新しいタトゥーを入れるきっかけは衝動のようなもので、ある時ふと素肌であることに違和感を覚えるというものが殆どだった。風呂上がり、鏡に写る自分の体に未だ入れてもいないラインが見えた気がする、そうするともう素肌のままでいるのが心許ないくらいの違和感があるのだ。

     体にある彫り物全てを任せているスタジオに足を運ぶ。雑居ビルの四階、初めて訪ねた時からずっとエレベーターは故障中のままだ。狭い階段を上る、二つの足音が反響する。
    「君、毎度こうやって体に傷を入れる為に階段を上っているのか。」
    「お前だってつまらない授業のために毎日階段を上っているんだろう?」
    「俺の授業は面白いと結構評判がいいんだぞ。」
     新しくタトゥーを入れようと思う、そう恋人に言うのは初めてだった。付き合い当初、衝動に任せてファーストタトゥーを入れる時も黙っていた。自分の身体に何をしようと恋人の許しを得る必要はないと思って、打ち明けなかったのだ。しかしあれから状況が変わって、一緒に暮らし始めた今は、アフター期間に制限があるのも確かだ。黙っているのも気持ちが悪く、スタジオへ予約のメッセージを送りながら告げると、返ってきたのは意外にも「同行してみたい。」という好奇心いっぱいのものだった。自分の体に墨を入れる、ごく個人的な趣味に誰かを連れ立っていくことになるとは想像していなく、何度も訪れている場所なのに今日は何だか景色が違って見える。

     オープンスタジオのテイを取っているこの店は、カタログや雑誌、フリードリンクもある開けた雰囲気がうりだ。アーティストの過去の施術写真が並べ置かれたラックを、興味深そうに眺めている恋人を一人待たせても何ら問題はないだろう。ふらふらと興味が引かれるものや、衝動的に寄り道してしまう迷子癖のある恋人も、この狭い店内では逆立ちしたって迷子になりようがない。一応、勝手に店外へ行くなと釘を刺してアーティストと共にカウンセリングルームへ向かう。
     今回は、ファーストタトゥーと同じ二本線を首回りに入れようと決めてきた。腕に比べると皮膚の柔く薄い箇所になるので痛みが強いだろうと注意を受ける、そういえばこの男は喉仏に墨を入れたときに痛くて泣いたと言っていたのを思い出した。
     大きな卓上の鏡に自分の姿が映ると、顔面にもぼんやりと藍色のラインが浮かび出て見える。波紋状に広がるラインが左右対称に浮かび、鏡写しの自分が此方を覗くようにじっと見ている。泣き出しそうな、憐れんでいるような、なんとも言えない顔をしていて「お前は誰だ。」と心の中で唱える。
     痛みに滅法弱い担当が背後に立つと、鏡面の自分が自然と元来の姿に戻る。首元に入れるラインの太さ等を相談して、施術の日取りを決める。次は顔にいれようかな、と早速その先の予定を示唆すると、首の比じゃないほど痛いよ、と脅されてカウンセリングが終了した。個室を出るときにもう一度鏡を振り向くと、今度は波紋のタトゥーは見えなかった。

     待っているはずの恋人の姿が忽然と消えていたら、と薄暗い想像をしながらロビーへ戻る。すぐに、不安感など吹き飛ぶくらい見間違えようのない派手な獅子髪が目に入る。壁面に飾られたアーティスト別の作品集を指差しながら他の客と談笑しているようだ。時折快活な笑い声がロビーに響き、隣に立っているブロンド髪の女がえらく親し気に俺の男の肩を叩く。 
    「随分と楽しそうだな。」
     長い髪を揺らす二人の間に割って入り、悋気心を隠す事もなく勝手に触れられた肩を抱き寄せる。「おかえり」と呑気な声が返って来ると、続いて女からやけに早口な外国語が返ってくる。授業で習うくらいの知識はあると自負があったが、聞き取りもままならないほどに矢継ぎ早に繰り出される言葉に面食らって顔を顰める。朗らかな笑顔に、嫌悪の情が混ざっているものではないと読み取れるものの、単語のひとつも理解が出来ない。
    「彼は俺の待ち人だ。彼が出て来たということは、じきに君も呼ばれるだろう!」
     肩に置いた手を自然な流れで払われた事によりも、何時も通りのはっきりとした、少し声量の大きすぎる調子で告げられたのが忖度なしの日本語だったので更に面食らう。
    「やはり俺は、この瞳と同じ色が似合うと思う!上手くいくといいな、検討を祈る!」
     それでは、と片手を上げて別れの挨拶をする恋人に、同じように手を振って返す女は相変わらずリスニング不能の言葉で返してきていた。この調子で、お互いの母国語でコミュニケートしていたと言うから、本当にこの男には敵わないと思い知らされる。

    「楽しかった。」
    「そうか。」
    「あそこから帰って来る君が、少しずつ違う者になってしまう気がして。俺は薄っすらあの店を嫌いそうになっていたが、勝手な思い込みだったな!」
     帰り道、同じように四階分の階段を下る足取りは軽い。スタジオの入っているビルを振り返りなが言った恋人の言葉に、脳裏に浮かぶのは鏡面に映し出される波紋柄の自分だった。恋人の真っ直ぐな言葉に初めて、自分が少しずつ違うもの、鏡面の自分に成り代わろうとしているかもしれないと思い至る。何時から、自分は生まれたままの姿では居られないと感じるようになったんだったか。
     先ほど簡単に払われてしまった右手を、今度は恋人から握ってくる。自分よりも少しだけ大きな手、骨の太い指、高い体温、手の平で溶け合う感覚に二人でいる事を強く確かめる。指を絡めて握り返すと、全てを見透かすような硝子玉の瞳がじっと見詰めてくる。真ん丸の瞳の中に浮かぶ自分の姿に波紋を広げたような模様が滲んでいる。俺を映し出す瞳と、その中の男と、まとめて見詰めたまま顔を寄せ、唇を触れ合わせる。何度口付けても、触れる瞬間に少しだけ緊張して結ばれるそこに愛おしさが込み上がる。見詰めていた瞳は、自然と目蓋が下ろされて、執念深い自分も見えなくなった。
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