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    ポメガバースの猗窩煉

    ■現代パロ、同棲

    #猗窩煉

    目が覚めると、恋人がポメラニアンになっていた。
     ──ポメラニアン、ドイツ原産の犬種。ポメラニアンという名称は、ドイツとポーランドにまたがる、バルド海峡に面したポメラニア地方にちなんでいる。性格は友好的で活発。飼い主とともにいることを喜び、仲間の保護意識も旺盛である。(wiki参照)…そんな、小さくてふわふわでちょっぴり香ばしい匂いがするポメラニアンになっていた。
     昨夜、「今日は遅くなるから先に休むように。」と恋人からのメッセージが入ったのは20時を過ぎた頃だった。それから夜食を用意して、風呂に入って、一人で見てもつまらないバラエティー番組を垂れ流し、日付けが変わる頃に「おやすみ。」とだけ返信して、言い付け通り先に休んだのだった。ふわふわの綿毛のような恋人が、俺の腕に小さな小さな顎を乗せてすぴすぴと寝息を立てている。

    「おはよう、杏寿郎。」
     小さな耳が震えるように微かに動く、俺の声に反応して無意識で動いているのだろう。柔らかい毛に覆われた目蓋は閉じられたままだ。俺の鼻息でそよそよと綿毛のような毛がそよぐのが面白くて、三角形の小さな耳に向かって細く息を吹き掛ける。恋人は、くすぐったさに敏感だ。聴覚に優れた犬になってしまっては、息が掛かる音ですらさぞやくすぐったいだろう、今まで深い夢の中へ落ちていたのにボタンを付けたような黒目だけの真ん丸の目をぱっちりと開いて見上げてくる。
    「おはよう。」
     声にまで驚かせてしまわないように、息を届けた耳に小声で挨拶する。深い眠りから覚めて、乾いてしまった鼻先を熱心に舐める恋人の姿を眺めて、本当にポメラニアンになってしまったのだと確信する。「ポメガバース」噂には聞いたことがある、負の感情が高まると体がポメラニアンに変化してしまうという体質らしい。恋人が俺の目の前で小さな生き物に変質したのは初めての経験だが、対処方法も聞いているので慌てる必要はない。本人が満足するまで撫でて、可愛がって、愛情を注ぐと人の姿に戻るというのだ。
    「よし、杏寿郎が満足いくまで構い倒してやろう。覚悟しろよ。」

     先ずはベッドの上で、その小さな頭を飽きるまで撫でる。狭い額に指先を伸ばすと、つやつやとしたボタンの目が細められる。麦畑のように綺麗に整列する額の毛に沿って指を滑らせる。なめらかな感触が心地よくて、何度も繰り返した。指を近付けると真ん丸の目が細められ、指を滑らせて撫でると目が瞑る手を離すと再び真ん丸に開いて強請るように見つめてくるのだ。摩擦で火が付いてしまうんじゃないかと思うくらい、飽きずにこれを繰り返す。
     杏寿郎が薄く口を開くと、口角が少しだけ上がったように見える。笑顔のようなその表情に胸を撃ち抜かれて、堪らずに抱き上げる。開いた口から犬歯に挟まれて生えそろった小さな歯が見える。薄いピンク色の舌が歯の上にチョンと乗って、俺よりも少しだけ早い呼吸に合わせて震えている。呼吸に押されるように、まるでしまうのを忘れてしまったように、ぺろりと舌がはみ出ている。杏寿郎は、ポメラニアンは、自分が可愛いということを自覚しているとしか思えなかった。可愛がられて当然、こんな姿を見て可愛がらずにいられる者はいないだろうと、そういう自信が伝わってくる。

     恋人は俺の腕をすり抜けていくと、ベッドから飛び降りて綿あめのような尻尾を揺らしている。綿毛から伸びる小さな四つ足を忙しなく動かして、歩くにしては速い、駆けるにしては遅い、絶妙な早歩きで離れていく。ローテーブルの下を抜けて、点けっぱなしのテレビの前で折り返し、隙間から朝陽が差し込むカーテンの中に飛び込んでいくと、カーテンの中を右往左往。「杏寿郎。」と迷子になりかけている恋人の名前を呼ぶと、陽光を背負ってカーテンの隙間から飛び出してくる。四つ足全部を目いっぱいに動かして、弾丸のように、飛び込みのように、ふわふわの毛をなびかせながら駆け付けて、足取り軽く俺の胸の中に突進してきた。軽やかな弾丸を抱き留めて、柔らかい顎の下の毛を撫でる。
     
     ペットを飼った経験はない。小学生の時、教室の隅の水槽で飼育していた金魚の世話係を任命されたのが最初で最後だった。名前は「金魚ちゃん」なんの変哲もない、ただの朱色の小魚だ。たった一匹で揺蕩う小魚の生活を守るため、必死に餌をやり、水を変え、環境を整えた。自分以外の事となると自然と全ての面倒事を煩わしく思わないというのは、自分の長所だなとその時に自覚した。少し早く登校するのも、重たい水槽の水を変えるのも、別に面倒だとは思わなかった。そうして八月になり、夏休みの間に世話をする者がおらずに死んだ。あの一回の挫折で、ペットを飼うのは止めようと思ったのだ。このポメラニアンは恋人なので、ペットではない、小さくてあたたかい、ふわふわの恋人の生活を守ろう。
    「杏寿郎。」
     愛されるためにポメラニアンになった恋人に、愛情を注ぐつもりで見つめる。腕の中の小さな重さは、俺よりも早い呼吸で、早い鼓動を伝えてくる。とくとくとく、小さな体の中で小さな心臓が跳ねている。ポメラニアンが刻む時計は、金魚よりはゆっくりなんだろうか。それでも、人間よりはずっと早いんじゃないだろうか。あんな夏休みはもう御免だった。

    「猗窩座。」
     こめかみから耳にかけて、ひやりとした不快感がある。目蓋の裏に見える穏やかな明るさに気が付いて目を開く、重たい睫毛を持ち上げて瞬きをするとぱちぱちと水気を帯びた音がする。
    「泣いているのか?」
     薄幕が張ったようなぼやけた視界に、ふわふわとゆれる毛が見える。麦畑のように整列はしていない、綿毛のように柔らかなものでもない。それでも、愛おしくてたまらない恋人の姿だ。深爪気味の手が伸びて、濡れている目許を乱暴に擦る。涙を拭ってやりたいという優しさはあるのに、細やかさが欠けている。杏寿郎だ、と思った。人間に戻ったんだ。

    「怖い夢でも見たのか?」
    「いい夢だった…、気がする。」
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    にし乃

    REHABILIマシュマロでアイディアを頂きました、『夏♀に暴言を吐く五』の呪専時代の五夏♀です。
    ここには捏造しかないので、何でも楽しんで下さる方のみどうぞ!
    ちなみに夏♀の寮の部屋は二階にあることになっています。学校の見取り図が欲しい。

    冬に書き始めた冬のお話だったのに、気付けば三月になっていました。遅くなってしまって申し訳ありません…。マシュマロを投げて下さった方、本当にありがとうございました!
    冬の寒さに書いた文字冷え込みの厳しいある冬の朝のこと。

    「さむっ。」

    家入はぶるりと身震いをしながら、古びた校舎の廊下を歩いていた。窓から見える空は鈍色をしていて、今日の午後から雪の予報が出ていたことを思い出した。気象予報士の話が本当ならば、それなりの積雪になるであろう。彼女は雪が積もって喜ぶような子どもではないので、邪魔くさいな、と思うだけであった。

    教室が近付くにつれて、聞き慣れた喧騒が耳に届く。たった二人しかいない同級生が、また何やら騒いでいるらしかった。
    半開きになった扉から中を覗くと、案の定夏油と五条が言い争いとまではいかぬ口喧嘩を繰り広げていた。

    「いちいち突っかかってきて君は本当に鬱陶しいな!」
    「鬱陶しいのはお前のワケ分かんねー前髪だろ!」
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