Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    ほしいも

    @20kmtg

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 138

    ほしいも

    ☆quiet follow

    猗窩煉ワンドロ

    第二回「雨」「いじわる」 個性を押し殺す画一的な制服姿の級友たちが、唯一といっていい個性の許された外履きに足を通す。
     下駄箱の横に置かれた傘立てから、名前は書いてはいないものの、皆自分の家から持って来たであろう私物を手に歩き出す。
     そういえば、しとしとと落ちる雨粒を受けるべく、ぱっと広げられた傘もまた各々自由に持ち出した個性の光る私物たちである。

     学年指定の靴紐で彩られた内履きから、ぴかぴかのローファー、履き潰したフラットシューズ、ぎりぎり校則違反の派手なスニーカーへと履き替えてめいめい帰路へと向かう級友たちの背中を見送りながら、「しまった。」と思った。傘立てに残された傘は残り三本。そのどれもが自分のものではなかった。家を出るときに確認した天気予報は、晴れのち雨。傘を持てとわざわざ玄関先で声を掛けて来た兄弟に、「俺には置き傘がある。」と意気揚々、少しだけ得意げに答えた自分を恨む。最後の砦の置き傘が、傘立てにない。

    「やられた。」
     何の変哲もないビニル傘だ。高校生にもなって傘の柄に名前を書くやつも、ネームプレートをぶら下げるやつもいない。きっと誰かが取り間違えたか、同じように傘を持たざる者が傘立ての隅で埃を被っていたコンビニのビニル傘を幸運アイテムよろしく持ち出したに違いない。
    「どうした、素山!」
     鬱屈とした心根に、陽が射すように快活な声が届けられる。背後から投げられた声に振り返ると、今まさに下駄箱に内履きを仕舞おうとしている煉獄杏寿郎の姿があった。下駄箱の内棚、下段の少しだけ広いスペースから丁寧に手入れされた濃茶のローファーを取り出し、屈伸の要領で膝を折り土間に靴を並べる。そこまで屈まなくても、手の高さから落としたって、多少靴は転がるが、履き替える事に難はない。それでも、この杏寿郎という級友は、人一倍丁寧に爪の先までお行儀がいい。
    「雨が降ってるんだよ。」
    「雨?」
    「そうだ。そして俺には傘がない。」
    「それは災難だな!」
     色とりどりの傘を見送った後、徐々に雨脚が強まっている気配を感じる。少し顎を上げて空を見上げると、暗い色をした雲が広がっていて、夕方から未明にかけて雨が続くという天気予報に誤りがない事を実感する。同じように空を見上げたままの杏寿郎が、傘立てに目もくれず一歩踏み出す。
    「なんだお前も、傘がないのか。」
    「そうだ!」
    「雨が落ち着くまでここに居たらいい。」
    「この調子では、幾ら待っても無駄だろう!」
     学校指定の鞄を頭の上に掲げる姿に、無駄な抵抗だなとどこか冷めた目を向ける。傘に比べても鞄一つでは雨粒を避けられるのはせいぜい頭の上くらいなものだ。ブラシの付いた玄関マットを踏んで、杏寿郎が振り返ると鞄を抑えた手とは反対の右手を差し出して、雨降りが嘘のような笑顔を向けているので面食らう。その顔はなんだ?悪戯を思いついたような、遊びに出掛けるこどものような、まさに無垢といって過言ない笑顔だ。
    「走ろう!」
    「はあ?」
     突拍子もない提案に、思わず声が上擦った。変声期を越えてから、不意に発声するときは上手く音に言葉が乗らずに鳥でも鳴くようなか細い音が息に交じってしまう。またしてもその間の抜けた音が鳴ってしまうと、少し気まずく思う自分を余所に、走ろうとマラソンか何かに誘うような調子の杏寿郎が俺の腕を掴んだ。
    「雨を前に指を咥えている時間が惜しい!俺の家はそう遠くないからな、うちへ来ると良い!」
     行くぞ、と返事も待たずに言い切った杏寿郎が雨に濡れる玄関先へ飛ぶように駆け出す。応とも否とも言っていない俺の手を引いて。

     濡れるより早く走ればいいんだ!と雨音の中でも晴れ晴れとした声で言うと、体育の授業で見せ付けられた瞬足で水溜まりを踏み越えて走り出す。
     車道を行き交う車が水飛沫をたててタイヤを転がし、屋根に当たる雨粒よりも巻き上げられる水音の方がうるさいくらいの、情緒が死んだ都会の雨の中を駆け抜ける。
     杏寿郎の宣言の通り、確かに比較的学校から近い立地にある煉獄家は俺の家よりは近所ではあるものの、制服を濡らすにはじゅうぶんすぎる時間が経っていた。
     今時珍しいくらいの立派な門を潜り、玄関で雨を凌ぐ。全力疾走で雨から逃げたせいで二人揃って肩で息をしていると、在宅していた杏寿郎の母からタオルが差し出された。凛とした佇まいの女性に、ずぶ濡れの自分を見られるのが少しだけ居心地悪く、濡れ鼠になった髪と顔を拭う。
    「俺は、君のことを誤解していたようだ。」
    「俺もだよ、こんなに無鉄砲な奴だとは思わなかった。」
    「あはは、そう言うな。雨の日にしか出来ないことだぞ。」
     玄関先の傘立て、大振りで傘骨の多い紳士傘を引き抜いて差し出す彼の手も、雨に濡れて水滴が光っている。貸してくれるつもりなのだろう、朱色の立派な傘を受け取る代わりに、ふかふかと柔らかいタオルを手渡す。
    「俺は、君のことを手当たり次第に喧嘩を吹っ掛ける意地悪な奴だと思っていた。」
    「喧嘩じゃない、手合わせだ。」
    「道場外でそれをしたら、喧嘩と同じだろう。」
    「違う。」
     杏寿郎は俺の言葉に何か言いたげた目を向けながら、広げたタオルを肩にかけて毛先から落ちる水滴を吸わせていた。傘のように鮮やかな朱色をした毛先が、水分を含むその重力分だけ下向きに垂れ下がっている。
     「誤解していた。」という真意を聞きそびれたまま、杏寿郎の言葉の続きを待つ。話しの腰を先に折ってしまったのは自分なので、先を促すのに躊躇がある。
     少しの沈黙間に、タオルを手渡した後、部屋の奥へと戻っていった級友の母が「着替えはどうしますか?お風呂を準備しましょうか。」と有り難い誘いがあったが、謹んで辞退した。
    「本当に良いのか?」
    「いいよ、傘も借りるし。じゅうぶんだ。」
    「そうか。それじゃあ、気を付けて。」
     煉獄家の玄関を出る。太陽のように赤く鮮やかな傘の花を広げると、傘の内側、無機質な骨組みの中央に小さなチャームが括りつけられている。土産物売り場で置いてありそうな、チープなキーホールダーのてるてる坊主が揺れていた。

    *

     大きな紳士傘が広げられると、成長途中の級友の背はすっぽりと覆い隠されて、普段父が差しているよりもずっとその裾野が広く大きな傘のように見えた。その背を見送りながら、数日前、今日よりも優しく雨粒が落ちていた放課後を思い返す。
     部室へ向かう途中、下駄箱の前で素山と女子生徒が問答をしていた。自分は素山の事を「誰彼構わず喧嘩を売る、粗暴な生徒」であると思っていたので、事の次第では二人の間に割って入る覚悟を決めながら聞き耳を立てる。
    「分からない奴だな。」
    「大丈夫、バス停までだから。」
    「お前は自分の弱さを甘く見過ぎだ。お前に何かあると面倒だ。」
     素山の手には細身のビニル傘が握られていて、同級生の少女へ向けて差し出している。どうやら、傘を貸す・借りないで押し問答をしているらしい。暴力的で傲慢、威圧的な同級生とばかり思っていたので驚いた。押し負けて傘を受け取った少女が頭を下げると、「さっさと行け。」と左手を空気を払うようにひらひらと振っている。
     雨の日に自分が濡れるのを厭わず、傘を差し出せる男なのだと知った数日前の背中を思い返し、父の傘に隠れる級友を見送る。

    *

     誰もいない校内の下駄箱。
     つらつらと並べ置かれた傘立ての中、三本だけ取り残された傘の中で一番骨組みの多い上等な傘に、小さなてるてる坊主が揺れている。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works

    にし乃

    REHABILIいんこさんよりアイディアを頂きました、『狭いロッカーに閉じ込められてむらむらむんむんしてしまうまだ付き合っていない五夏♀』です。好みで呪専時代の二人にしてしまいました。むらむらむんむんはしなかったかも知れません、すみません…。
    拙いものですが、いんこさんに捧げます。書いていてとっても楽しかったです、ありがとうございました!
    とても短いので、スナック感覚でどうぞ。
    In the ×××「元はと言えば、君が帳を下ろし忘れたせいじゃないか!何で私までこんな目に!」
    「うるせぇ、今は口より足を動かせ!」

    特級の二人は、呪専の敷地内を並んで激走していた。

    「待て〜!!」
    「待〜て〜!!」

    担任である夜蛾が放った、呪骸の大群から逃れるために。

    「チッ、しつけーなぁ!」

    呪骸達が悟と傑を追いかけくる理由は一つ、彼らの親(?)が大変にお冠だからである。
    事の発端は昨日の、二人の共同任務にあった。現場は三年前に廃業し廃墟となったコンクリート工場であったのだが、悟が帳を下ろし忘れ、彼の手加減なしの『赫』と傑が繰り出した一級呪霊の容赦ない攻撃が営業当時のままにされていた大きなタンクを破壊してしまったのだ。
    住宅街からは離れた場所にあったとは言え、空気が震えるような爆発音に周囲は一時騒然となり、野次馬達や緊急車両の他に、上空には新聞社やテレビ局のヘリコプターなどもやって来る大騒動となった。
    4867