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    猗窩煉ワンドロ

    第三回「体調不良」「不意打ち」「馬鹿は風邪を引かないって言うの、嘘だったんだな。」
     室温22度。過ごしやすい筈の寝室で、真冬のように布団を鼻の下まで被って横になる素山を見下ろす影がある。
     朝から熱っぽく、起き上がる事もままならないと独り言ちた素山を横目に、興味なさそうに生返事を返しながら紫煙を燻らせていた煉獄杏寿郎そのひとだ。
     熱にうかされ、浮遊感すら覚える素山は、何処かで聞き覚えのあるような嫌味の言葉に腹も立たない程に疲弊していた。上目蓋と下目蓋が合わさる度に、自分の体温の高さを自覚するほど、体温計なんて気の利いたものがないこの部屋にいてもきっと熱が上がっているだろうと体感として理解が出来た。
    「杏寿郎。」
    「なんだ。」
     久し振りに唇に乗せる同居人の名前。間髪入れずに返って来る声。右手に下げられた、見慣れないビニル袋。部屋にいる時はいつも、着古した部屋着を召している同居人の装いは、一応、ぎりぎりご近所からの白い目を避けるための通称「擬態」用の私服だった。
    「なんだ…その袋。」
    「買い物してきた。」
     かいもの。ティーシャツにスウェット、靴下は履いていない。そんなラフな格好で出掛けるなら、せいぜい自販機、コンビニ、パチンコ、少し足を延ばしてスーパーだろうか。近所の行動範囲を思い浮かべながら、返事をする声を出すのも億劫で先を促すように視線を向ける。
    「じゃじゃーん」
     小振りなビニル袋から取り出したのは、美しいサシの入ったステーキ肉だった。
     子供じみた効果音を自分でつけながら、それでも勿体ぶって隠す真似ができないのは、せっかちな煉獄らしいと何処か冷静に突っ込みながら、それでも現状とステーキが一つの線ではつながらない。
    「なまにく。」
    「そうだ、生肉だ。脳みそはぶっ壊れていないようだな。」
     横臥したままの素山の目の前に丁寧にパックされたステーキ肉が迫る。
     目の前いっぱいに美しい桃色の肉が迫り、目一杯視界を遮って、それから鼻先にラップが引っ付いてきて、ひんやりとよく冷やされた生肉が顔面に押し付けられた。
    「つめたい。」
    「気持ちいいか?」
     どうにか苦言を告げると、満足そうな笑い声にあしらわれて冷たく厚い肉が離れていく。開かれた視界の先に、今度は悪戯っぽい同居人の笑顔が咲いていた。
     自分で放り出したビニル袋を蹴って退けながら、狭いリビングルームへ戻る背中に文句も言えない。
     テーブルの上を物色する煉獄の姿に、幾つかの疑問が浮かんでは、言葉にならないまま熱を孕んだ溜め息になって消えていく。
    「猗窩座、煙草は?」
    「切らしてる。」 
    「なんで。」
    「吸ったからじゃないか。」
    「それは残念だ。」
     煉󠄁獄が山のように吸い殻の詰まった灰皿から、比較的長さの残る一本を掬い上げる。フィルターが歪に噛み潰されたシケモクは、俺が揉み消した煙草の特徴だった。
     潰れたフィルターを唇に挟み、半分ほどで揉み消した煙草の先に火を付ける。空調の付いていない部屋では、静かに線を描いて立ち上り、鼻の詰まった自分の鼻腔には香りは届かない。
    「苦しいか?」
    「くるしい。」
    「元気のないときは肉を食うのが一番。」
    「それで、生肉か。」
    「君が焼くんだぞ、早く起きてくれ。」
     再び素山の顔に煉獄の影が落ちる。覗き込む煉獄の髪が素山の顔にかかり、つられるように嗅ぎ慣れた煙草の匂いがする。
     ひゅう、と掠れた喉から空気が抜ける音が立つと、煉獄の口角が歪つに片側だけ吊り上がる。幾ら呼吸に集中しても浅く息苦しさの抜けない素山の唇に、紫煙の香りの口付けが落とされた。
    「早く起きてくれ。」
     不意をつかれた素山の瞳が丸く開かれて、溢れそうな黄金の瞳に口付けを施した唇から紫煙が吹き掛けられる。
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