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    ■現代パロディ ■大学生同士

    #猗窩煉

    猗窩煉ワンドロ「火傷」「噂」「酔う」 赤提灯と暖簾が玄関を飾る、小さな居酒屋の一角。
    店内はほろ酔い客の大きな声が反響し賑わっている。その中でもこの、一番入口から深く入った角の席からは慎ましく潜めたつもりの大きな声が漏れている。
     
    「暑くないか?」
    「暑くない」
    「嘘だ、暑いだろう」
    「暑くない」
    「顔が赤いぞ」
    「しつこいな」
    「あ、もっと赤くなったぞ!やっぱり暑いんじゃないか!」
    「やかましい!」

     煉獄杏寿郎は何敗目かの空になった中ジョッキの取っ手をしっかりと握って、輪っか状に残る泡の縁が重力に負けて垂れていくのをじっと見ていた。
     大学で、級友たちの間でまことしやかに広まっている話しが耳に残って離れない。普段、他人の言葉や流れを気にすることなく生きていただけに、どうしてこうも気がかりになってしまうのかが煉獄自身でも全く理解が及ばなかった。

    「君、周りから何て言われているか知っているか」
    「知らない」
    「そうか」
    「なんだ、がそんな事を言うのは珍しいな」
    「俺は全く気にしていないからな」
    「何のことかさっぱりだな」
    「本当は、君の耳にも入っているんだろう」
    「知らないと言っている」
    「君は嘘つきだな」
    「歯切れの悪い杏寿郎は珍しいな」

     どことなく、重たい空気に変わりつつあることに気が付かないほど鈍感な二人ではない。
    向かい合ってテーブルを囲む猗窩座は、言い出しにくそうにじっと固まって僅かばかりの泡を残すだけになったジョッキを見詰める煉獄を見ていた。ただ眺めているだけでビールのおかわりが注がれるのならば幾らでもそうしていたら良いと思うが、大衆居酒屋、学生二人のセンベロ飲み会にそんなこ洒落たサービスはない。

    「…」
    「…」

     沈黙にも飽きて、食べ残すつもりでいつまでも取り残されていたお通しの枝豆に手を付ける。空調のせいで乾燥が進み、皮の周りに生えそろっている産毛が気になる。
     重たい口を先に開いたのは、煉獄の方だった。今は空っぽのビールジョッキも、この二時間で何回も満たされていた。アルコールが回って、普段よりも好奇心のたがが外れているんだろう。

    「……旅行のときに、」
    「はあ?」
    「温泉とか、どうするんだ」
    「どうするってなんだ」
    「温泉も、プールだって、入られないだろう」
    「そんなことないだろう?」
    「なんで!」
    「なんだ、温泉旅行でも連れて行ってくれるのか」
    「だから、君は行く事が出来ないだろう」
    「なぜ?」
    「だって」

     相変わらず、一人重たい空気を生み出して神妙そうにしている煉獄の口が重い。のらくらと本題を避けるように繰り返される質問は、本意が読めずもどかしい。
     また、空のジョッキを見詰める趣味を再開してしまいそうな煉獄を逃すまいとテーブルの下で軽く脛に触れる。文句ありげな視線が返ってくるものの、直ぐに観念するように普段の半分の声量で言葉が返ってくる。

    「…君、入れ墨がはいっているんだろう」
    「はあ?」
    「だからいつも首が詰まった服を、」
    「なんだ、噂っていうのはそれか」
    「そうだ」
    「それなら、温泉旅行は難しいな」
    「プールも」
    「そうだろうな、公共の場所では刺青は隠すべきだもんな」
    「そうだろう?」

     さんざんぱら焦らされた言葉が、ほぼ食べ滓だけになった食器と、泡も消えかかったジョッキの上に出されるとなんとも呆気ない。思い言葉を吐き出させるために触れた脛に、再び猗窩座の爪先が当たる。今度はさっきよりも少しだけ強く、遠慮のない速度で。

    「いたい!」
    「うそつけ」
    「嘘だが…」
    「俺は、墨なんざ入れていない。くだらない噂話を信じるなんて杏寿郎らしくないぞ」
    「くだらないかどうかは、俺が決める」
    「ふうん」

     猗窩座は、首元まで覆うインナーの襟ぐりに指を差し込んで、頑なに覆い隠していた素肌を見せ付けるように安っぽい店内照明の元に晒す。
     煉獄は、耳に届いた噂話と、何故かそれを否定できない確信めいた想像が綯い交ぜになって、青白く覗く首元を直視できずに眉を顰めた。「見てみろ」と弱虫を揶揄うような笑みを含んだ声に煽られて視線を向ける。
     猗窩座の言う通り、その肌の上には彩り豊かな刺青も、デザインやアートを楽しむような装飾も、禍々しい紋様もない。ただ、首筋から喉仏まで、ちょうど半分ほどを覆う裂傷のような、稲妻のような火傷痕が走っていた。

    「傷痕があっても、温泉はいいだろう」

     浮かれたプールじゃあ興を削ぐかもしれないな、と未だ笑って続ける猗窩座の姿を前に、煉獄は返事が出来ずただ静かに頷いた。
     噂話をくだらないと一蹴できなかった原因の、目蓋の裏にこびりついて離れない面影と目の前の男の傷痕が重なっていく。
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