傍にいるよ。深く、深く息を吸う____
肺に貯まりきらない空気はげほ、げほっと、音を立てて外へ逃げていく。その様子を見て大丈夫ですか?と声をかけながら心配そうに背中をさすってくれる。
わたしが大丈夫だよ、と笑えば彼……識は困ったように微笑み返す。風邪かなぁって大人は言ってるけど、何だか違う気がしている。こういうの、違和感って言うらしい。識が教えてくれた。伝染らないように最近ずっと識とお話はしていない。寂しいなって毎日思ってる。
それを識はどうしてか、わかって寂しい時はぎゅっとしてくれる。頭がずっとズキズキして、泣いてる時は背中をさすってくれるの。
「大丈夫ですよ、傍に居ますから」
これが識の最近の口癖になってる。ごめんね、も言えないこの口じゃ何も伝わらなくてもっと泣いちゃう。泣いちゃうと、また識が困っちゃうの知ってるのに我慢できなくて泣いちゃう。
識は優しいから許してくれる。だけど、本当はダメって知ってる。ごめんね、ごめんねって何度も謝ってるけど口からは出てこないの。
その間も頭がズキズキして、時々絵本で読んだ海っていう場所が浮かぶ。海から突然大きな岩みたいなのが出てくる。その中で大きな大きな何かが動くんだ。
あーなんだか、眠くなっちゃった。識はあったかい。落ち着く識の匂い。大人になってもずっと一緒だよ。
すやすやと腕の中で眠る。抱きしめた身体が少しだけ重くなる。ようやく眠れたのだろうかと安心して、顔をそちらに向ければ今日も変わらず辛そうな表情。ここ1ヶ月穏やかな眠りというものが、瑠香には訪れていない。毎日酷い寝汗と、涙でぐちゃぐちゃになりながら朝を迎えている。
何か悪い夢でも見ましたか?と尋ねても、瑠香はいつも首を横に振っていつも通りを貫こうとする。だけど、そんな日々も簡単に崩れ去ってしまった。最初はただ眠れないだけだった。だけど、気がつけば昼夜を問わず酷い頭痛が瑠香を襲い泣きじゃくる日々。
泣き疲れて眠り始めたわずかな時間だけが、瑠香にとって唯一穏やかな時間。
今日もその束の間の時間がやってきたと、思っていると突然耳を劈く程の悲鳴が響いた。思わず抱きしめていた手を離し、耳を塞ぐ。ずり落ちた瑠香は頭を抱えて、叫ぶ。
「いたいイタイいたい!もうやだいやだ!イタイよ!たすけて!いたい!いたいの!いやだ!やだやだやだやだやだやだ!」
左右に頭を振り、枯れてしまいそうな声で叫んだかと思うと突然前に倒れた。何かにぶつかる鈍い音がした。何が起きたか分からなくて、混乱していると瑠香はピクリとも動かなくなった。張り詰めていた何かがちぎれた様な気がして、急いで瑠香に近づいても反応は無い。
頭から血は出ていない。きっと、まだ瑠香は大丈夫…。大丈夫だと言い聞かせる為に瑠香の手を握ると、いつものように握っていた手がいつもより重く、冷たく感じた。
またね、なんてね。
識はまだ来ちゃダメだからね?約束、だよ?
だいすきな識、見えなくたってずっと傍にいるよ。