猫がお尻を振って尻尾を揺らめかせる動画が流行っているらしい。
飼い主がその様子を見ればどんなストレスも癒されるというので今度一松と一緒に見てみようと思う。
それにしても、今日は本当に疲れた。
某国を牛耳っている大物の接待のあと重要取引先へカジノ内の案内、山のように積まれた書類仕事のあとやっと帰れると思ったらイカサマ騒ぎの対応だ。
時計はとうに天辺をすぎて、これから何かをする気力もない。もう寝ているであろう恋人を起こさないように、静かにドアを開ける。
「ん……オーナー、おかえり」
一松が眠そうな目を擦りながら本から視線を上げた。
普段は眠っている時間なのに、寝ずに帰りを待っていてくれたのかと思うとたまらない気持ちになる。
「ただいま、一松。待っててくれてありがとうな」
「べつに、待ってた訳じゃないし。本が面白くてやめどきがわかんなかっただけだし……」
見ると、手元の本は大してページが進んでおらずまだ序盤のようだった。素直じゃないところもなんてかわいいんだろう。
「疲れてるなら……マッサージとかしてやらないこともないけど」
魅力的な申し出に頷きかけたとき、あの動画のことを思い出した。
「マッサージもいいが、お願いしたいことがあるんだ」
「なに? おれにできる範囲のことだったら……」
「後ろを向いて、尻を振ってくれないか?」
「は、ハァッ!? おまえ疲れてるからって、そんな急に……!」
一松の目がビックリしたように見開かれる。
「かわいい尻尾を見せてほしいんだ」
「なんでそれ知って」
やっぱり一松も知っていたのだろう。
一緒に動画を見ようと思っていたけれど、オレの愛らしい猫が実際にやっているところを見たくなったと知られるのは気恥ずかしいものがある。
何を甘えてるんだと笑われるだろうか?
「……いちおうシャワーは、浴びてるけど」
ん? シャワー?
何かおかしいと思いながら何気なくクローゼット脇の姿見が目に入る。オレは想像していた以上に疲れていたらしい。およそハニーに見せるべきではない険しい表情で眉根を寄せていたのに気付いて、慌てて目の前の一松に視線を戻した。
真っ赤な顔を俯けてたまに上目遣いでこちらを窺ってくる。蕩けた瞳はたとえようのないくらい美しく濡れて艶かしい。
生唾を飲み込みつつ、自分を律する。今一松はあの動画の猫のように疲れたオレを癒そうとしてくれてるんだと言い聞かせた。
「じゃあ尻尾を……見せてくれないか?」
「ん、いいよ……まずは、触って?」
一松に手をとられ、そのまま尻の方へ導かれる。普段はないシチュエーションに鼓動が速まるのを感じた。
「一松? まだ猫化していないようだが……」
「……ん、これ。今日の尻尾」
布越しにカツンと硬質な物体に触れる。その先からフワフワしたものが伸びている感触をなぞったとき、プツンッと理性が焼き切れる音がした。
◇
オーナーが帰ってくるなりすごい顔で迫ってきた。
疲れが極限になると性欲が増すと聞いたことはあるけど、こんなにあからさまになるものなのかと息を呑んだ。
普段紳士然とした穏やかな笑顔を崩さない男の余裕のない顔に、心臓を撃ち抜かれない奴がいるだろうか? 正直ドキドキしたし、自分でも信じられないくらい積極的になってしまった気がする。今横で眠る表情は至っておだやかで、数時間前と同一人物だと信じられないくらいだ。
それにしても、こいつに言ったことはなかったのになんであの〝尻尾〟のことを知っていたんだろう……。床に落ちているそれを見つけて居たたまれない気持ちになりながら、視線を移す。
剥き出しの腕を眺めるとそこらじゅうに噛み痕や鬱血痕が散っている。きっと腕だけではなく、そこかしこについていることは想像に難くない。
いつもの優しいこいつもいいけど、獣のように荒々しく求められたことを思い出してはカッと全身が熱くなった。
「めちゃくちゃよかったな……」
「それは何よりだ」
「お、おまえ起きて……!」
見ているこっちが恥ずかしくなるような甘い表情で見つめられて、思わず目をそらした。昨日の今日で平静を保てるほどおれは大人ではない。
「なぁ一松、今流行ってる猫の動画のこと知ってるか?」
この状況で昨日のことを掘り返されたら恥ずかしさで死ぬから、話題を変えてくれたことはありがたい。
「おれ動画はあんまり見ないから……でも猫のなら見たい」
「うん、あとで一緒に見ような」
その後勘違いから盛大な墓穴を掘っていたことが判明し、しばらく口を聞かなかったのは言うまでもない。