唐はじSSまとめ◆1
隣を歩く兄が道端をキョロキョロと見回している。
「何か落とし物?」
「いや、確かこのあたりに…あった!」
指差す先には黄色い花。
「綺麗で、はじめにも見せたかったんだ」
「福寿草だね。縁起がいいけど、毒もあるんだよ」
やっぱりはじめみたいだなぁ、などと抜かすのでデコピンをかました。
【落とし物は見つかった?】
◆2
積んであった本にうっかり肘がぶつかって、バサバサと落ちた。
「お静かに。猫がビックリしてます」
「すまん」
縁側で猫を撫でるはじめの顔はおだやかで優しくて、可愛い。とにかく可愛い。
「……お静かに」
「音出してないぞ?」
「顔がうるさいんですよ」
弟は耳まで真っ赤にしてうつむいた。
【お静かに】
◆3
「麻痺してると思う」
「はじめ、具合悪いのか?」
額を突き合わせれば至って平温でひとまず安心する。
「それ!距離が近すぎる」
「兄弟でもやるだろう?」
「やらないよ」
むくれた頬をつつくと急速に熱を持つ。今度は唇を合わせたら体温が移って電流が走った。
──ああ俺も、麻痺したみたいだ。
【麻痺】
◆4
「大蔵はそういうところ抜け目ないですよね」
「トッティはやさしいから!」
兄弟になりたてと思えないほど皆のこと色々知ったねと、はじめが嬉しそうに言う。
でもね、と声を潜めたあと
「俺だけしか知らない唐次さんは、誰にもおしえてあげないよ」
艶然と弧を描く美しい唇から目が離せなかった。
【だれにもおしえてあげないよ。】
◆5
年末年始は揃って村で過ごすことになったが仕事が立て込み一だけ先に行ってもらった。
「ああ……俺も皆と、一と過ごしたかったなぁ」
除夜の鐘の中にひときわ高い鐘の音が混じる。
「新年おめでとう、唐次さん」
軋むドアの向こう、いたずらっぽいはじめの笑顔で迎えた今年は良い年になりそうだ。
【人恋しい冬に、ひとりぼっちだ】
◆6
怪しげな村の古宿。
「おいしそうなご飯だね。でも」
「さすがに今までで懲りたな。俺が毒味するから、はじめはひとまず箸をつけないでくれ」
「うん。毒味って言い方も悪いけど」
「じゃあ味見だ」
「──ねぇ大丈夫?」
食べ始めて暫く、兄の様子がおかしい。
「なぁはじめ……身体が、熱いんだ」
【味見と毒味と、】
◆7
「やっぱり合鍵渡すぞ?」
「大丈夫、いつもの場所に入れとくから」
ちゃんと食べているか心配だと兄はよくご飯に誘ってくれる。そのまま互いの家に泊まる日もあった。
「行ってくるな」
「ん、いってらっしゃい」
そっと銀の縁をなぞって封筒に入れる。
──明日もこの鍵と縁がありますように。
【縁があったら、また明日】
◆8
「鍵を忘れた?」
「すまない、うっかり」
電話口から兄の情けない声が響く。
昨夜うちに泊まった時置き忘れたらしい。近くにいたので途中で合流した。
「本当にあなたって人は」
「それがな、鞄から出てきて……でもせっかくだから今日も行っていいか?」
ああ、いたずらっぽく笑う顔が憎らしい!
【いや、うん、うっかり。】
◆9
徹夜明け、コーヒーの空き缶を片付けてから会社を後にする。コンビニの前でふわふわの頭を見つけて思わず笑みが溢れた。
「はじめ、朝早くからごめんな」
「急に肉まんが食べたくなっただけだから」
「ん、食べながら帰ろうな」
冷蔵庫に四個入りの肉まんが鎮座していることは知らないふりをしよう。
【朝四時、ランデブー】
◆10
「今日は泊まってくの?」
「はじめ、それなんだが」
言いにくそうにモゴモゴ口ごもる兄を黙って見上げる。
「おまえの心の準備ができるまで夜は帰るよ。……俺がその、我慢できそうにないから」
今まで散々うちに泊まってきたのに可笑しいよね。
「──からつぐさん、明日の朝はパンでいい?」
【朝食を御一緒しませんか】
◆11
「もう言っていいよ。わかってるから」
兄はギクッとしておれを見た。
記者がこんなにも隠し事が下手で大丈夫なのだろうか。
「はじめ、すまない」
別々に育ったとはいえ兄弟。いつか別れを告げられるのはわかっていた。
「プロポーズ隠し通せなくてごめん…!」
いや、やっぱりわかってなかった。
【隠し事】
◆12
「はじめのほっぺっておいしそうだよな」
「は?」
突拍子のない投げ掛けに、渾身の疑問符が出た。仕事帰りに自分の家ではなくうちにばかり帰るようになったこの兄は、しばしば理解不能なことを言う。
「意味がわからないんだけど。ていうかおれのほっぺたも唐次さんのほっぺたも同じでしょ」
「いや、全然違う!それははっきり言える」
呆れてため息を漏らすと、一瞬後には距離を詰められていた。
メガネのレンズに光が跳ね返って、どんな目をしてるのかわからないのが怖い。
そのまますっと手が伸びてきて、指の背が頬を撫でる。
「うわっ、くすぐったいって」
反射で手を払うと、思いのほか近かった顔からもメガネがふっとんだ。
「あっ、ごめん」
「いやこっちこそスマン。すべすべで気持ちよくてつい……」
しゅんとする姿が叱られた犬みたいで、不覚にもかわいいなぁと感じてしまう。悔しい。
「……別に、顔触るくらいならいいですけど。あなたいつも突然だからびっくりするんだよ。一言事前に言って」
「わかった!はじめ、顔触ってもいいか?」
垂れていた耳と尻尾が急速に元気になるのが見える。おれは猫派なのに。
「……いいよ」
「ありがとう!」
最初は遠慮がちに頬をフニフニつつかれた。途端にパァッと輝く表情がわかりやすすぎる。
だんだん調子に乗ってきて、両手で挟んだり揉みしだいたり軽くつまんで左右に伸ばされたりした。
「いひゃい」
「ごめん。本当にモチみたいで感動してた……!」
すぐに手を離したものの、反省していないのは一目でわかる。
その証拠にすぐさま顔を寄せてきて、頬と頬をくっつけてきた。
「あ~はじめ、柔らかくて気持ちいいなぁ」
すりすりと何度も頬ずりされてるほっぺたが熱を帯びてくる。メガネをしていないぶんぴったりくっついて本当にちかい。
「白くて柔らかくてすべすべで……これはあの、雪がつくアイスみたいだな。冬におなじみの」
「成人した男のほっぺたを大福にたとえないでくれる?」
「おいしい大福は食べないと」
頬に唇が寄せられたかと思うと、ごく自然な流れのように吸い付いてくる。
「唐次さん、帰りがけに飲んできた?」
「飲んできてないぞ?はじめに一刻も早く会いたくてまっすぐ帰ってきた!」
酒の匂いなどしなかったからわかっていたけれど、酩酊してるとしか思えない行動への皮肉はまっすぐすぎる笑顔の前にかき消される。
「ふふ。アイスなのに、熱いなぁ」
うれしそうに頬を喰む大型犬に、おれは今日も絆されてしまうのだ。
【ワンドロお題:雪/おいしそう/メガネ】