拿捕したタイムジャッカーを事務方に引き渡し、本部執務室で上長である管理官に敬礼をした後。
夜半過ぎに足を踏み入れたロッカールームは、空間を塗りつぶすような青白い光の元、人気なくしんと静まりかえっていた。
「理人」
私服を格納しているロッカーの扉に手をかけたところで呼ばれ振り返った先。顎を有無を言わせない指に掬い上げられて、背中に打ちつけるような衝撃を感じる。
「ん……っ」
恋人がいるのが理想的だが、不規則かつ守秘義務を伴う職務のせいか、平和に続いた話を聞いた試しがない。あるいは女を買うようなことをする隊員もいるのかも知れない。
ナハトからの何の甘さもない口づけを受けながら、理人は両の眼差しを閉ざした。
時空警察庁特殊部隊は、その名の通り警察機構ではあるが、性質はむしろ軍に近い。
今日のような任務のあとは、血の色を帯びた戦闘の興奮と、歪む次元の時空酔いが、からだの欲求を無様に覚醒させる。
「ふ、んぅ…」
いつも冷静沈着な相手にとって、不本意な体の発情を手短に発散させてしまえるのは都合がいいのだろう。
なにしろ、同じ任務に赴くバディは同じ瞬間に同じ興奮を共有しているのだから。
舌を絡めながら腰に回り撫でる手の、なだめるような優しさに睫毛をあげた。同性に懸想する趣味はないが、信頼と尊敬を寄せる人に求められることに、当初の困惑を越えて今は存在肯定の淡い喜びが優った。
故郷の風習で髪を伸ばしてはいるが、己には特に女性らしいところはない。相手もそんなものを求めているわけではないのだろう。
なにしろ、……深い口づけを交わしながらもこちらに据えられたその氷色の瞳はあまりに静かで、浅はかな欲とは縁遠い。
「う、んぅ…」
ちゅ、と重く濡れた音を立てて離れた唇が、息継ぎを経て首筋に触れた。
「今日の狙撃、なんだあれは」
響きの良い声に、耳元で低く小言を吹き込まれる。
叱責に自尊の芯を煽られ、羞恥に混濁したまま煮えていく理性。
「暁さん、……っ!」
「理人。いつも言っているだろう。こちらの存在を悟らせては終わりだ。何が起こったのか、わからせぬうちに仕留めなければ」
筋肉の動きを補強するパワードジャケット、その下の皮膚を保護する薄手のインナーの上から胸をたどられて、刺激に応えることを教え込まれた場所をなぞる指に喉が鳴った。
スーツ越しに押しつけられた下腹部の質量は、腰の動きに擦られるまま己も同じものを返している。
「っ、この服の、ままは」
「興奮するか?」
はは、とからかうように悪趣味な笑みを浮かべられて、戸惑う。ロッカールームに隣接するシャワールームで仕掛けられることが多い戯れ、こんなに明るい場所で、ここまで間近に相手を見ることはなかった。
そこでふと、抱きすくめられている肩越しに、仕事前に装備を確認している姿見を見る。乱れる隊服をまとい、切羽詰まったように抱き合う自分たちの姿。
脱ぎます!と慌てて、どうせ全部ランドリーに回すんだからいいじゃないか、などと無頓着に告げる唇に、理人は頬を染めて相手をにらんだ。汗とは異なる体液の染みた隊服を、職務装備の回収に出すなど御免被る。
しかし、そこで息を呑む。
うつむけられ、影に落ちた面。
見つめ合う、まるで余裕のない。信を寄せる暁ナハトの表情。
「は、ぁ……」
硝煙とオゾンの匂い。戦場でさえ端正に整えられた姿の整髪料と、肌にまとう清涼なコロンの香り。
覚えてしまったそれに、ぞくりと背を震わせながら、理人は己を貪るバディに身を委ねた。