4.ふたりぼっちイルミネーション 共に過ごせる久々の休暇をどのようにして過ごすことが最適かは、おそらく未だ解明されていない問題の一つだろう。いよいよ明日に休暇を控え大量の仕事を終わらせて。互い、夕飯さえ別々に摂りあった上で僅かな時間を惜しむようオフィスの下まで迎えに来たクザンのことを、おれは苦しいほど可愛らしいと思ってしまう。面倒見がいいのだろう。それはガープから聞くクザンの、署内(今は庁内だが)での話を聞くだけでわかる。自分は面倒だからと部下に仕事を割り振る態度のくせに、それは後進育成のための援助であったり。かつては海軍大将であったために彼を師と仰ぐ者もいれば、相見え(その頃には〝元〟海軍大将であったが)た時には瀕死のスモーカーを庇うような素振りもあった。おれが思うクザンの美点であり悪癖である〝飄々とした態度〟のせいでそう見られることは少ないが、クザンという男は基本的に熱い正義を持った男なのだ。これがクザンの気紛れで続いている関係であることはわかっている。それでも、こうしてこの男に甘やかされるたび、凝り固まった自分の世界が少しだけ、色付いてさえ見えるのだ。ヴェルゴともトレーボルとも、ガープとも、それから——センゴクや、ツルとも違う愛の形を、この男はおれに教えてくれる。教えてしまった。知ってしまった。寒い時期のせいだろうか。クザンが軽く上げた手に、鼻の奥がつんと痛む。セクシーな唇がにぃ、とだらしなく歪む姿に、らしくもなくゾクゾクする。たまらなかった。まだオフィスの中で、ここではスマイル・カンパニーの代表として振る舞わねばならぬ場所であるはずだと理解しているのに。ひと気のない夜のオフィスが。〝あとは片付けておくから〟と背を押すヴェルゴが。〝いい休暇を過ごせよ〟と笑ったトレーボルが。かつては王であれと、そうすればもう誰も何も取りこぼさず強く生きていけると教えてくれた二人が、今は幸せたれと教えてくれる。コートを掴み、急く足が駆け出すのも構わず、クザンの元へ向かう。
「おつかれサン」
コートを着るあいだ、クザンは慣れた手つきでおれの鞄を持つ。悔しいのはそれが随分さまになっていることだろうか。普段、部屋着のクザンばかり見ているせいか(ここ最近は特に時間が合わず出勤する姿も帰宅する姿も見れていなかったから)かっちりと着込んだスーツとジャケットが目に新しく、余計に、クザンを紳士的に見せた。ずるい歳上の男はそれにめざとく気付くと、まるで見せつけるようにするりとネクタイのノットを撫でる。
「このままデート、しちゃう?」
握り合う手から伝わるクザンの体温が珍しくおれより低いくせに、覚えた温もりは愛、だとでも言うのだろうか。
「あァ…… 誘われてやっても、いい」
冷えた指を撫で、そう言えば駅までの街路樹がクリスマスに向けてライトアップされているのを思い出した。普段はヴェルゴの運転で横を通り過ぎるだけだが、せっかくなら二人で見て回るのもいい。クザンは彼の首からマフラーを外すと、まるで子供にするようにおれの首にせっせと巻きはじめる。
「歩くンなら、暖かくしねーと」
寒がりなんだから。そういって、なぜか嬉しそうに笑うクザンのにおいと熱が、じわりと頬に、首に、伝わってくる。彼が、半ば引っ掛けるようにしていた巻き方より遥かに防寒できそうなほどぐるぐると徹底的に巻かれ、最後の仕上げとばかりに前でしっかりと結ばれる。空調のきいたオフィスじゃ少し暑いくらいだが、外に出るならこれくらいはしたほうがいいだろうことは見るからに寒そうな夜の景色が物語っている。本来であれば、このままヴェルゴの車に乗り、そのままマンションまで送ってもらう予定だったのだ。乗降時だけなら耐えられるだろう。だが記憶にこびりついたドレスローザの熱気が恋しくなるほど、日本の冬は辛いほど寒い。
「おまえは?」
問えば、クザンは〝おれなら南極でもヘッチャラだもんね〟とまた自慢げに口角を上げる。こいつがたまに吸うタバコのにおいと、おれが使わないコロンの香り。包み隠さず言うのならば男くさいそのマフラーが、なんだかひどく落ち着く気がした。
「まァ…… ナントカは風邪ひかねェって言うしなァ」
「照れ隠し、下手くそ」
「うるせェ」
ほら、と差し伸べられた手を握り返す。人通りもまばらな深夜の、少しばかりもの寂しさのあるイルミネーションへと二人歩き出す。オフィスのドアを抜けた時一気に感じた寒さを言い訳にクザンの腕に少し寄って、少し理解したような気になった。おれは今〝この男のもとへ〟帰っているのだと。それは家だとか住所だとか部屋だとかそういうことじゃなく、そこで待っているであろう男の場所なのだと。
「おおー、結構立派じゃないの」
ふたりじめした終電間近のイルミネーションにクザンは楽しそうに声を弾ませる。それがなんとなく可愛くて。
「あァ、——悪くねェ」
絡めた指がゆっくりと、熱を生み出して溶け合っていく。悪くないな、とひとりごちた。