美味しいチーズと平和ボケ【オル相】 オールマイトが行方不明になったと判断されたのは、彼が白昼堂々雄英の校舎内で忽然と姿を消したからだ。監視カメラには休み時間中に次の教室へ移動するオールマイトが一人で歩いているところが記録されていた。途中で何か気になることがあったのか足を留めて空き教室の閉じられたドアを開け、中に入ったところで姿の記録は途絶えている。
窓は施錠されており、開錠も窓を開けられた記録もない。教室の中には脱出用シューターや隠し通路も存在せず、しかし部屋から出て来る画像は現時点に至っても皆無となっている。
電話もメールも通じない。GPSも機能せず、端末は破壊されたものと推測する。
未知のワープ能力を使った敵の侵入かと色めき立つ職員室の中、相澤はひとり、授業を続けましょう、と告げた。
「あの人がすぐにくたばるとは思えません。侵入経路も誘拐方法も不明な以上、敵による悪意以外の可能性もまだ十分あり得ると思いますが」
職員が動揺して生徒達に不安が伝播する方が問題でしょうという主張はもっともだった。
ひとまず世界が落ち着き授業が再開されるようになった現在でもまだ各地で敵は騒ぎを起こしている。
後継者を騙る奴らの対等だけは許すまいと奮闘し続ける最前線からは一応退いたが、今度ばかりはそうも言っていられない。
「……」
幸いにも空きコマだった相澤はパソコンで監視カメラの画像を再度確認する。オールマイトが空き教室に近づき、部屋の中へ足を踏み入れるシーンだ。教室内はプライバシーの観点から録画されていない。
どことなく違和感を覚え、スクロールバーをいじって繰り返し再生する。自分がどこに引っ掛かっているのか洗い出そうとするのに掴めない違和感だけが仕事をしている。
「──そうか」
相澤は席を立つと椅子から立ち上がる。既に授業中の静かな校舎を足音を消して駆け抜けて、オールマイトが姿を消した空き教室のドアを開ける。室内を一瞥して、教室横の階段を上がり、今度は真上の部屋のドアに手を掛けた。
「おや。早かったね」
ドアを開ける前に声がする。廊下の向こうからてくてく歩いてきたのは校長だ。
「抜き打ち訓練にしちゃ悪趣味では?」
「弛んでるとは言わないけれど、ほっとした瞬間を狙うのが一番効くってのは世の常さ」
「ラブラバに監視カメラのハッキングと偽の映像工作を頼んだんですか?」
「君以外は誰も気付かなかったのかい?」
「皆は授業に行かせました。遠からず皆気付いたと思いますよ。学内にスクランブルをかけなくて正解でした。種明かし後の他の先生方からのブーイングの後始末はお願いできますよね」
「それはもう。私のポケットマネーで美味しいチーズのお店にでも招待するさ」
「そうですか。それが今夜なら俺とオールマイトさんは頭数から抜いてください」
ドアを開ければ、がらんとした教室の中オールマイトが真ん中で椅子に縛られ相澤を見て笑っている。
「君が来てくれると思ってた」
拘束の意味のない紐を手品師のように解き立ち上がるオールマイトに向けて相澤は怒りの形相で瞬時に距離を詰め飛びかかった。
咄嗟のことに判断のつかないオールマイトが反射的に伸ばした腕を掻い潜り、その長身に遠慮を知らない子供のように首を絞める勢いで全力でしがみつく。
「相澤くん?」
「肝が冷えました」
「ごめん」
「今日何の日か知っててこの訓練の話受けたんですか」
「ンン」
そこを突かれると痛いオールマイトは謝罪の意味を込めてしがみついたまま顔を上げもしない相澤の背を撫でた。
「それは、後から君が満足するまでお詫びをするよ」
「それは詫びじゃなくてただの趣味だろ」
不機嫌な睨みのまま相澤はオールマイトから飛び降りる。
その表情の影に結構な深さの心の傷が見えて、オールマイトは校長の悪ノリに協力し過ぎた自分の額に手を当てた。
完全にしくじっている。
オールマイトの恋人は怒らせると怖いということを自分はどうしてか忘れてしまっていたらしい。
「私も平和ボケしたのかな……」
「オールマイトの平和ボケは大いに結構でしょう」
呆れたような溜息の相澤の頭をオールマイトがしょげた顔で撫で回す。その手は弾き飛ばされず、されるがままにしているのだから相澤の甘さと優しさにオールマイトは感極まってむぎゅりと抱き潰した。
「というわけで校長。私今日は愛する相澤くんの誕生日を祝うため定時で上がらせて頂きます」
「定時になったら帰っていいのさ。許可はいらないよ」
「苦しいんで離してください」
「うん、続きはうちでね」
「……」
「校舎内でのいちゃつきは程々にね!」
見つめ合う二人の間に桃色の空気が流れ出した瞬間声だけで割って入った校長は、これが抜き打ち訓練であることを添えてオールマイト発見せりの通知を教員端末へ送信し、職員室に戻ろうか、と言った。