ご主人様の逆襲【オル相】 オールマイトがベッドの上で微睡んでいると、遠くでドアが開く気配がした。枕元に置いたスマートフォンには着信も新着メッセージの形跡もない。時刻は深夜三時を過ぎているから、起こしてはいけないと配慮したのだろうなと思う。眠気はまだ残っていたけれど疲れて帰宅した恋人を無視して眠りに戻ることはできない。オールマイトはベッドから降りて、明かりだけは灯していた廊下をぺたぺたとリビングへ歩いた。
「おかえ……」
相澤はオールマイトが起きていると思わなかったのだろう。鉢合わせした先でぱちくりと目だけを見開き、無言で驚いている。
「起きてたんですか」
「いや、寝てた。君が遅くなるって言ってたから──」
言いながらオールマイトは、相澤が持っている紙袋からはみ出しているものを凝視せざるを得なかった。
大きな茶色の紙袋からはみ出ているのはどう欲目で見てもウサギの耳の先端だ。
意味が理解できず動きを止めるオールマイトに相澤はあー、と低い声で何をどう説明すべきか迷っている様子を見せた。
「潜入捜査だったんだよね?」
「ええ。無事終わりました」
「それはよかったけど……これは?」
「塚内さんに貰いました」
「貰った?」
ウサギの耳のカチューシャを何故塚内が相澤に贈る必要があるのか。ますます困惑するオールマイトの前で、相澤は捕縛布を首から抜くと、ヒーロースーツのジッパーに指を掛ける。
手と腕の隙間から首に何か巻いてあるように見えた。
紙袋を持てと差し出され、行儀良く両手で持って待つ。オールマイトの目の前で相澤は何の躊躇いもなく腕を抜き黒のツナギを脱いで行く。
肌色がそこにあった。
オールマイトの知る相澤のヒーロースーツの下の装備は機能性シャツもしくはタンクトップだ。だが今夜そこにあるはずのものが何もない。相澤の素のままの上半身があるだけだ。大小の傷痕が浮き出た、鍛えられた戦う大人の男の体。少し指先で捏ねるだけで快感に悶え暴れる乳首は急な露出で寒さに縮こまっている。
しかし、よく見ると肌が出ているのは前面だけで、腕も肩も黒いぴっちりとした素材に覆われている。首元には、お飾りのような襟とネクタイが付いていた。
ツナギは腰のあたりで止まっている。
相澤はよくわかっていないオールマイトを置き去りに、紙袋の中からウサギの耳を鷲掴みにして引っ張り上げた。それはやはり下の方でカチューシャの形をしていて、相澤はそれを無言で自分の頭に装着した。
「……ええと、それは、何?」
目の前で繰り広げられる展開に付いていけずとうとうオールマイトが口にした疑問に相澤はよどみなく答える。
「今夜の潜入捜査先の制服です」
「……バニーちゃん」
だが、オールマイトの知る所謂一般的なバニーガールとは制服がどうも違う。彼女たちは胸と腹を覆い、逆に胸の谷間を強調し鎖骨も腕も顕にし、というところまで考えてオールマイトは閃いた。
「ひょっとして、逆バニーってやつかい?」
単純に思いついたことを喜ぶように答えるオールマイトに相澤はそうですと頷く。
「へえ。あんた、逆バニー知ってるんですか」
「えっ、いや。単語としてどこかで聞いたことがあったけれど興味もないし深く考えもしなかったんだけど、君の格好見てひょっとしたらそうなのかなって。そっかー、それが逆バニーってやつかー」
オールマイトは呟きひとつ知見を得たことにうんうんと納得してからはっと我に返る。
「待って。君その格好で……?!」
やっと本題に行き着いたオールマイトの驚愕っぷりを相澤は呆れるものを見る目で見上げていた。かさかさと耳の入っていた紙袋を畳みテーブルの上に置く。
「だってバレると後でうるさいですから。どうせ塚内さんから報告だけ聞くんでしょう。あんた達の間に守秘義務なんかあったもんじゃない」
「う、うるさいって……君が潜入捜査に協力するのを私は別に止めたりしないよ。ヒーローとして君の実力を信用しているし君の力で助けられる人がいるんだから」
「でも俺がエロい格好して男に媚び売ってんのはムッとするくせに」
「……いや……それは……仕方ない……でしょ」
警察の要請を断ることもできるけれど相澤はそれをしない。ヒーローだから。そんな相澤のことをオールマイトは尊敬しているし、だが複雑な男心はそれとは別の次元で存在してしまうのだから困ったもので。
言い訳めいた単語を繰り返し結局黙り込んでしまった
オールマイトの手を取って、相澤はその指先に唇を寄せた。
「すみません。妬いてるのに俺を止めないの、俺としては結構嬉しいんです。諸手を挙げて送り出されるのも複雑ですし、勿論止めたって俺は行きますけど」
「……相澤くん」
「折角恥ずかしいの我慢して衣装着て帰って来たんで。ご奉仕しますよご主人様」
「え」
「それとも、寝ます?」
狙ったような流し目にオールマイトは両手を相澤に包まれたまま勢い良く頭を左右に振った。
「眠くない!」
あまりにも現金な返事に相澤は苦笑し、じゃあ、と骨盤のところで止まっていたツナギに指を掛け、ぱさりと床に全て落とした。
今度こそオールマイトは言葉を失う。
太腿の上まで覆う網タイツ、そして、隠しているとは言えない面積の少ない布切れが局部を申し訳程度に覆っている。臍の下から群生する相澤の下生えはほぼ丸見えで、飛び出した部分は布の巾着袋のようなものに包まれて、隠されていながらに強調されているのがあまりにも煽情的だった。
「これで、接客……を?」
「はあ」
オールマイトは手で顔を覆う。
職権濫用だと塚内に蔑まれることになろうとも、相澤の派遣はせめて露出の多くない店だけにしてくれと頼み込もうと強く誓った。
「雑談してたら色々店の人にテク教えてもらったんで、気持ち良くしてあげますよご主人様」
悪い笑顔を浮かべる相澤は、オールマイトの懊悩を知らない。今夜、返り討ちに遭うことも。