「 虹彩って、一人ひとり色も形も違うんだってね 」
千空ちゃん知ってた?
問いかけると、あ"〜、と即答される。
「 セキュリティなんかにも導入されてんだろ。眼球の虹彩認証 」
「 えっそうなんだ!じゃあ眼球盗まれないようにしなきゃね 」
リアクションに、うわ引くわ〜と返されてメンゴメンゴと笑った。
「 じゃあさ、比べてみよ?最初に鏡で自分の虹彩確認して、そのあと俺と千空ちゃんで見比べるの 」
「 ……あ"〜、確かに他人の虹彩まじまじ見る機会なんざそうそうねぇわな 」
上手く好奇心に火がついたらしく、千空はニヤリと唇を歪める。
まずは鏡を二枚用意して、自分の眼球をよく観察した。
虹彩の色、形、広がり方。
それから、向かい合ってお互いの目を見つめた。
様々な角度から眺めることで、普段単色に見える瞳の中が実に多彩な色で構成されていることがわかる。
形も、先程鏡で観察したものとは全く異なっていた。
「 ……千空ちゃんの目は、宇宙みたいだね。中央から外側に広がってて、きらきらしてる。赤く見えるけど、うーん……オレンジ、茶色、……複雑な色。
あっ!満月が赤く見える時みたいな色 」
ブラックホールみたいに、引き込まれそうな深い深い色。
「 ……テメーの目、よく見ると青いんだな。青が深くて黒に見える……いや違うか、黒が透き通って、見る角度や光の当たり方で青く見える。虹彩のフチにある青い部分の幅が広いのか。……夜空みてぇだな 」
星を宿した、吸い込まれそうな深い闇色。
思いがけずロマンチックな表現をされて、少し恥ずかしくなる。
千空の方は、その間もしげしげと興味深げに観察対象を眺めていた。
……未知を既知に変える。可能性を確信に変える。まっすぐな瞳。
それに、たまらなく魅せられる。
ああ、やっぱりこういうところ、好きだなあ。
ひっそり心の中で、そうひとりごちた。
互いに互いの瞳から目を逸らせず、どのくらい見つめあっていただろうか。
一秒のようにも、一時間のようにも感じる。
「 どーした?二人して見つめあって。目にゴミでも入ったか?」
明るい声で話しかけられて、ハッと我に返った。振り返るとクロムと、なぜか少し離れたところにコハクがいた。
「 ……クロム、君は本当に空気が読めないな」
しみじみとため息をつくコハクに、あらぬ誤解が発生していることを悟る。
「 違うから!そーゆーんじゃないからコハクちゃん!」
さりげなく気遣った距離取るのやめて!
お互いによく見ようとしていたため、ほとんどくちびるが触れそうな距離まで近付いていたことに気付き、慌てて身を引いた。
クロムにはコハクのニュアンスが通じなかったようで、きょとんとしている。……よかった。これでクロムにまで誤解されていたら身の置きどころがない。
「 あ"〜、ちょっとした検証してただけだ。なんかあったか?」
背後から甘い雰囲気など微塵も感じさせない声がしたことで、コハクの誤解も無事に解けたようだった。
「 そろそろ食事の時間だというのになかなか来ないので呼びに来たところだ」
「 おう、悪りぃな。すぐ行くわ」
では先に戻っているぞ、と言い残して、コハクはクロムと共にラボをあとにした。
「 じゃあ俺たちも行こっか 」
「 あ"ぁ。……そうだ、ちょっとこっち来い、ゲン 」
呼ばれて、てくてくとそばに寄る。
「 ん 」
握り拳を差し出されたので、なあに?と手のひらを差し出した。
その上に、ザラザラと深い青色の石がいくつか転がされる。
「 やる 」
なかなかおもしれーもん見れたからな。
「 これって……?」
訝しむゲンに、クク、と唇を歪めて。
懐中電灯のようなもので、手のひらの石を照射した。……ブラックライトだ。
光を浴びると、石は淡いブルーに発光し始める。
「 夜光石、ってやつだな。この前ついでに合成してみた。なんかの役に立つだろ 」
「 えっ!そんなの俺がもらっちゃっていいの?」
何かの用途で作ったのではないか、と問うと、千空はまた笑った。
「 ……似てるだろ?」
テメーの目に。
それだけ言い残すと、茫然としているゲンを尻目に先へ歩き始めた。
──……もうほんと、こーゆーところ、かっこよすぎてほんとズルイ。
「 何やってんだ、置いてくぞ 」
そう言いながらも、振り返って待っていてくれるその背を、ゲンは足早に追いかけた。