「 ……おう、それ半分よこせ」
最近、なんだかそう言われることが増えた。
中身は食べ物だったり、作業だったりいろいろだけれど。
今日は、さっき淹れたラテ。
最近冷えてきたからと用意したものだ。
もしかして、はんぶんこがブームなのだろうか。……ふとそう思ってないない、と首を振る。彼は合理性を重んじる人で、流行やブームに流されると言うことがない。
少なくとも、自分が知る限りでは。
「 ……飲みかけだけどいいの?新しいの淹れるよ?」
「 いちいち新しく作るのも非合理だろうが」
まあ、確かに言う通り、作る手間と片付ける手間は二倍になる。
「 じゃあ、千空ちゃんあと飲んでいいよ」
ちょっとぬるくなっちゃったけど。
「 おう、悪いな」
千空はカップを受け取ると、そのまま中身を飲み干した。……あれ?でもコレって。
そう思っていると、ふいに。
生温かいものが口に触れて、口腔内に人肌くらいの液体が注がれた。
こくんと飲み下すと、ほんのりほろ苦いラテの味。
「 ……半分だろ。20ml多かったから返す」
「 せ、せせせせせんくうちゃん……⁉︎ 」
ええと、今のは。まさか。
口移しで、ラテの差分を返された……?
状況を理解すると、逆に理解が出来なくなって。頭の中が茹ってしまう。
「 あとこれやる」
言葉と共にてのひらに落とされたのは、シンプルな包みの……おそらくキャンディ。
「 甘いモンは脳疲労に効く。……作業もそろそろ落ち着くし、ちゃんと休めよ」
「 千空ちゃんがそれ言う?」
普段、自分などよりよほど作業に追われているだろうに。
呆れたように言うと、ちゃんと寝てるわバーカとデコピンされる。
「 適度に睡眠摂らねぇとパフォーマンスが下がってかえって効率が悪いからな」
「 ならいいけど、……よくない、なんで今俺デコピンされたのドイヒー!」
思い出して抗議すると、少しバツが悪そうに。
「 あ"〜、悪かったよ」
そう言って、あたまをなでてくれた。
最近、千空ちゃんがやさしい。
もともと、わかりにくいだけでやさしいひとではあるけれど。
何か、心境の変化でもあったのだろうか。
やさしくされるのは、うれしい。
だいすきなひとにやさしくされて、うれしくない人間はそういないだろう。
けれど、もともとの立ち位置がふわふわした、自分のような人間は、過分な幸せに免疫がない。
── ……そう言えば、飴をもらったんだっけ。
なんだか思考が不安定で、気を紛らわせるように包装紙を解いた。
正方形に刻まれた、ふんわりした茶色の物体。……ああ、これはわたあめだ。
しかし、この色はなんだろう。
くん、と匂いを嗅いで、あるものに思い当たった。
口に含むと、焦がしたカラメルとほんのり柑橘の香りが広がる。
……コーラ味の、わたあめ。
わざわざ忙しい中、作ってくれたのだろうか。そう思うと、心が暖かくなるとともに、ほろほろと涙がこぼれた。
……え、なんで?
自分の情緒がうまく把握できず、糸をたぐる。……そうか、俺は。
こんなふうにやさしくされて。大切に扱われて。幸せで。……怖いんだ。
本来、それは自分のような人間に与えられるべきものではなくて、例えばもっと純粋で善良な……そう、大樹やクロム、コハク、スイカ、彼らのような人間に与えられるべきものだ。どうしても、そんなふうに思ってしまう。
「 ……ほんと、弱いね…… 」
弱い。情緒の糸を適切に手繰っていないと、迷路に迷い込みそうになる。
しばしの沈黙の後、ごしごしと目を擦って、視線を上げると。
「 終わったか?」
部屋の壁にもたれて、千空がこちらを見ていた。驚きのあまり、涙が瞬時に引っ込んでしまう。……一体いつからいたのだろうか。
千空はつかつかとこちらに歩み寄ると、乱暴にわしわしと頭を掻き撫でた。
「 ……半分寄越せ」
「 え 」
「 テメーが頭の中に抱え込んでるモン、半分寄越せっつってんだよ。二人仲良く地獄落ちとか吐かすならそれがスジだろうが」
言葉に、思考が止まってしまって。
またほろほろと涙がこぼれた。
「 で、それは悲しくて泣いてんのか?それとも……、ああ、もうなんでもいいわ。
とりあえず、テメーが持て余してるモンは全部半分寄越せ」
そう言いながら、不器用にあたまをなでてくれる。伝わる温度に、なんだか心が軽くなっていった。
「 ……千空ちゃんは、ずるいなあ。いつでも、カッコよくて」
「 なんだそりゃ。……まあ、軽口叩けんならもう、問題ねえな?」
問われて、こくりとうなずく。
「 うん、なんでも言って!今ならマンガン電池1000個でも作れちゃう!」
「 おー、言ったな?じゃあコレ、明日までに500個な」
「 ドイヒー!!!」
そんなふうに何気ない言葉を交わして、互いに顔を見合わせる。
なんだかおかしくなって。
二人で馬鹿みたいに笑ってしまった。
願わくば。
できるだけ長くこんな日々を、『一緒に』すごせますように。