ステレオ 大事なものだって一瞬で変わってしまう。それを俺は嫌というほど知っていた。母親と暮らしていたあの日。兄貴と暮らしていたあの日。いつだって一瞬で生活は激変した。
俺と総悟の関係だって刻一刻と変化している。最初は俺が弟弟子で、アイツが兄弟子。次は近藤さんの元で一緒に侍を目指す仲間で悪友。そして今は上司と部下。
それなのになぜ、変わらないと思ってしまったのだろう。俺たちの関係が。
俺は総悟に特別な気持ちを持っていて、総悟も同じものを持っている。それでも俺たちは関係を変えようとはしなかった。ずっとそのままでいられると思っていた。
静かな病室。窓辺に置かれた花瓶には悲しいかな花などない。交換されたばかりの白いシーツに横たえられた身体は、まるで自分のものではないかのように動かすのが億劫だ。
場違いなほどバタバタと音を立てて走ってくる足音と、看護師の咎める声が聞こえて逃げたくなった。
「死んでんじゃねぇよ土方ァ!!」
「いや死んではねぇよ……」
ドアを荒々しく開けて開口一番に言われた言葉は、あまりにも物騒だ。少なくとも討ち入りで爆破に巻き込まれ大怪我を負って、一週間寝たきりだったんですよと医者に説明されたような人間に向けていい言葉ではない。でも難じることはしない。
「土方さん……」
俺の顔を見て急に勢いを無くした総悟がゆっくりと近づいてきて、ベットの隣の椅子にずるずると座った。
ゆっくりと深くため息をついたのを見て、どれだけ心配させてしまったのかを察する。
総悟は真選組の中でも死に一番近く、でもしっかり生き残ってきたからこそ人の死に慣れている。仲間の死を幾度も乗り越えてきた。心を傷めるが、すぐに切り替え仲間を護れる剣を磨く。この先総悟の心を揺さぶり、乱すことがあるとしたら近藤さん以外ねぇと思っていたのに。
俺は認識を改めた。死に近いからこそ、一瞬で命は消えてしまうことをよく知っている。それは失う怖さを誰よりも感じているのではないか。
総悟はぽつりぽつりと報告をしてくる。俺が巻き込まれた爆発のこと。攘夷志士の思惑のこと。残党のこと。「もう山崎から聞いてる」とは言い出せず全部聞いた。
「俺が居ない間の指揮をしてたらしいな」
労ってやれば顔をぐしゃぐしゃに歪めて「これでいつでも副長になれまさァ」などと言う。痛々しい強がりだ。
「あのまま死んじまえばよかったのに」
『死なないで』
「安心してくだせェ、すぐに俺が殺してやりやすから」
『俺が殺すまで死なないで』
いつもの憎まれ口が全て一つの言葉に聞こえて来る。
「総悟、ごめんな」
俺が言ったら目をまん丸に見開いてポロポロと涙をこぼす。
あまりにも綺麗で、でも泣かないで欲しくて傷だらけの腕で総悟を抱きしめた。俺の腕についた点滴の管を避けるようにして、総悟もそっと俺の背に手を回してくれた。そうすることで俺たちが保っていた最後の一線を、越えまいとしていた最後の一歩を越えてしまったことには気がついていた。
俺の命を狙ってると公言するこの男は、俺より強い。こんなに弱った俺など一瞬で殺せるだろうにそれはしない。
「俺はお前が殺してくれるまで死なねぇよ」
「そうしてくだせェ」
その約束が守られることは多分きっと、絶対来ない。だって俺たちは刹那に生きている。それでも約束を繋いで、心を繋いで。俺たちは今日も息をする。上司と部下から、少しだけ特別な関係に変わって。