黒猫 不幸があると決まって寄ってくる猫がいる。
戦乱の中で亡くなった隊士、過激派攘夷浪士に運悪く巻き込まれてしまった被害者。それぞれ家族に引き渡して、冥福を祈って。全てが終わると、それがどんなに深夜であろうと俺の部屋に来てひと言だけ喋る。
「土方さん、煙草」
「……」
普段はヤニ臭いだの受動喫煙がどうだの、極め付けに屯所を全域禁煙にしてくれた癖に、自分の都合のいい時だけ俺に煙草を吸うようにねだる。これもいつものことなので黙って煙草に火をつける。
俺が肺に煙を満たして吐き出すのと同じように、吐き出した煙を吸って、深い、深いため息を落とした。何回か深呼吸するように煙を吸って、吐いて。しばらくすると猫のように身体を丸めて小さくなって。
最初は不可解だった行動も、繰り返していれば理解もできる。この猫は自分の身体に線香の香りが染み付いているのが嫌なのだ。
総悟が静かな間、俺は黙って何本も続けて煙草を吸う。一日中不在で換気されていたはずの部屋が煙草で燻されて、煙が充満すると総悟はようやくスッと立ち上がる。
「この部屋、煙草臭くて俺まで臭くなっちまいました」
それを望んでここにいたくせに、そんな強がりを口にする。
「……お前は猫みたいなやつだな、総悟」
思っていたことをつい口に出してしまった。基本的には寄り付かないくせに、自分の好きな時だけ頼って満足するとすぐ立ち去ってしまう。俺の言葉を悪い方に解釈した総悟はニタリと笑った。
「そうですねィ、不幸を呼ぶ黒猫でさァ」
卑下したわけではなく、当然のことのように。殺した数と同じくらい、守られた命があることを、この猫は本当に気が付いていないのだろうか。
「そうかよ。……なら目の前一番横切られてるはずの俺が、まだ不幸になってないのはなんでだろうなぁ?」
それでも俺は優しく否定したりはしない。総悟もそれは求めていないだろう。言葉を話せるようになった総悟は、もう猫ではなく人に戻っている。
「まったくですぜ、早く副長の座を空けてくれねぇかなァ」
そう言いながら総悟は部屋を出ていった。おそらく自室でぐっすり睡眠を取るだろう。最初の頃こそ心配して見にいったがいつだって総悟はそうだった。線香の香りを煙草に置き換えて。その間に気持ちを切り替えてしまったら引きずることをしない。自分の姉のときもそうだったので例外はないのだろう。
俺の本当の不幸は自分の命なんかじゃねぇのに、それに気が付かない馬鹿なやつだ。俺の不幸は近藤さんと総悟と、そして真選組が無くなること以外になにもないというのに。
総悟が不幸を呼ぶ黒猫だというのであればそれでもいい。総悟を喪うのは俺の不幸だ。でもそうあって欲しいとも思う。
「俺だけはお前を置いていかねぇよ、総悟」
本人にはとても言えない言葉を煙と共に吐き出した。お前より長く生きて、見送ってやる。それが総悟を鬼に、人殺しにした俺の責任だ。仮に俺が先に死んで、総悟が悲しんで。でもその気持ちを癒せる煙草を吸う俺がいないのであれば、誰が彼を癒やしてくれるのだろうか。
願わくばその日が、永遠に来なければよいのにと思うばかり。