ライジャン 新任の高校教師のライナーは少し遅い仕事を終えて駅の改札を抜ける漸く週の終わりの金曜日の夜だが特に予定もなく冷えた体にブルりと身を震わせておでんでも買うか、と駅前の街に足を踏み出す。
「——先生、!」
どこかから聞こえた声に咄嗟に辺りを見回す自分の条件反射に呆れながら一つ息を吐くとこちらへと走ってくる私服姿の生徒、ジャンが近付いてくる。ジャンは受け持ちの生徒でもなく、特に何かしら繋がりはあるわけでは無いけれど何故だかライナーにやたらと懐いてくる言ってしまえば可愛い生徒だ。
「——ジャン、お前何してんだ?」
「先生のこと待ってた、前にこの辺て言ってたろ」
「待ってたって、…お前いつから待ってたんだ」
下校してからもう随分時間は経っているはずで駆け寄って来たジャンの鼻先は少しばかり赤い、それが余計に時間の経過を感じさせて思わずライナーは眉を下げて自らが来ていたジャケットを脱いで差し出す。
「風邪引くだろ、で…待ってたって、何かあったのか?」
「…サンキュ。前先生言ってたじゃんか、体育祭のリレーで一位になったらご褒美くれるって」
「体育祭、…あー…言ったか、そんなこと」
「言ったろ、!」
「分かった分かった、…で、それがどうした」
「今日泊めてくれよ、ウチ母ちゃん達旅行行ってて一人だからさ」
「………ダメに決まってんだろ」
「は!?なんで!?いいじゃん…!」
「あのなぁ…俺は先生でお前は生徒だろ」
「別にただ泊めて、っつってるだけじゃん」
そのジャンの言葉にライナーは確かに、と妙に納得する。寧ろ今の会話の流れでは自分がジャンを特別視している様ですらある。親がいないから泊めてくれ、と言われれば無責任に突き放すのは果たして教師として正解なのか、と頭の中でぐるぐると考えを巡らせると自然と唸り声が漏れてそのまま一つ深い溜息を吐く。
「大人しくしてろよ…あと誰にも言うなよ、バレたら贔屓してるだの何だのうるさいから」
「……!分かった!絶対言わねえ!」
「とにかく飯買いに行くぞ…飯ぐらい奢ってやるよ」
「やったー、先生太っ腹じゃん」
「人前で先生って言うな」
「へいへい、」
なー何食う?俺おでん食いたい。と隣を歩きながらこちらを見上げるジャンに肩を並べつつ苦笑いを浮かべて俺もだ。と返事をして最寄りのコンビニへと向かう。
傍から見れば年の差は六歳程の二人は友人に見えなくもない、「先生」の一言が無ければ誰も気にも留めないだろうやり取りだ。
ライナーの自宅で夕飯を済ませて二本ほど空のビール缶が転がった頃、クッションを枕にして小さくいびきをかき始めたライナーの寝顔を隣に座りテレビを眺めていたジャンがチラと見下ろしソッと隣へと横になり仰向けの寝顔を眺める、今先生が目を覚ましたらどうしよう、そう思うだけでジャンの体は緊張で激しく鼓動が脈打ち少し体を動かすだけで震えが来そうな程だ。
「……ご褒美、くれよ先生…」
ぽそりと消え入りそうな声でジャンが呟き身を乗り出してソッとライナーの唇へ唇を触れさせ直ぐに離れる。一瞬眉を詰めて小さく唸ったライナーにビクリと肩を跳ねさせ隣でギュと固く目を閉じ寝たフリを決め込むとこちらへと寝返りを打ったライナーと距離が詰まり肩に力が籠った。
恐る恐るに片目を開くとすぐ目の前の喉仏が寝息に合わせてゆっくりと隆起していた。
緊張と嬉しさでにやけそうなジャンが瞼を伏せて現状をかみ締めていると尻ポケットの中で擦れた携帯の画面が反応して光る。
——今日友達の家泊まる、飯いらない——
——迷惑掛けるんじゃないよ——
ライナーを駅で見つけたジャンが慌てて母親に打ったメッセージが静かに、表示されていた。