スクカライジャン 夕暮れの部屋に締め切られたカーテンの隙間から夕日が差し込みまるでスポットライトのように折り重なる二人の体の一部を照らす。部屋の持ち主のライナーの膝へと跨り規則的に自ら腰を揺するジャンの首元でシルバーのネックレスが揺れ、時折差し込む夕陽の光をキラリと反射させる。
「ッ、おい、…!やめろ、」
「いっ、て…何で」
「ふざっ、けんな…そう言うんじゃねえだろ」
ギシ、と規則的に鳴いていたベッドが静まりライナーの口元を手で押し退けるように逸らすジャンの苛立った言葉にライナーは何故だと不満げに眉を寄せる。
セックスの流れでキスをするなんて極々自然なことであるはずのそれをジャンは毎度拒絶する。確かに二人の関係は恋人同士ではない、数ヶ月前のパーティーで酒に酔ったジャンを送って行った部屋でそのまま、まさに今日のように跨られて始まった関係だ。
ハイスクールではライナーはジョック、ジャンはバットボーイと普通であれば縁のない二人がこうして週に一、二度ライナーの部屋で抱き合っている。
「何回言わせんだよ、やめろっつってんだろ」
「けど、」
「…っぜえな、萎えた」
ハア、と深い深いため息を吐きながらジャンは俯き頭を掻いてベッドから降りて足元に脱ぎ散らかされた衣服を拾い上げる。
そしてそのまま激しい音を立てて扉を締めて部屋を出ていく、シャワーを浴びてそのまま帰ってしまうのだろうことは簡単に予想出きた。
案の定、ジャンは部屋へは戻っては来なかった。
ジャンの香水と煙草の残り香だけ残された部屋でライナーは乱れたシーツへ掌を滑らせジャンの痕跡を辿る。何となく、で始まった関係だったジャンへいつの間にかにライナーは恋をしていた、それはもしかしたらセックスの延長の気の迷いかもしれないけれど体を重ねる度に確実に思いは募っていた。
「……あ、」
漸くベッドを降りたライナーの視線の先にジャンの忘れ物である煙草とジッポが留まる、先程まで抱き合っていたジャンの髪や指先から漂っていた残り香とは違う「ジャンの香り」を鼻の奥に感じておもむろに一本取り出し火をつけ咥えてみる。
吸い方も分からずに思い切り吸い込んだ煙が肺の方へと流れて当たり前に激しく咳き込んでライナーは吸いさしの煙草を灰皿へと揉み消す、口の中に広がる苦味と仄かな甘さが先程まで触れていたジャンを余計に思い出させて、返そうと思えば直ぐに返せるその忘れ物をライナーはサイドチェストの引き出しへと仕舞う、返してしまえばもうこの部屋へジャンが訪れることは無いような気がしたから。
それから一週間程なんの音沙汰もない毎日を過ごしていたライナーの頭にカサ、と何かが背後から当たる。辺りを見回しながら足元へ転がるガムの包み紙を拾い上げると少し離れた植え込みの根元にジャンがしゃがんだまま恐らくこのゴミの中身だろうガムを噛んでいた。
「よお、ジョック様」
「ジャ、「気安く名前呼ぶんじゃねえよ」
「……じゃあ何の用だ」
「ライター返せ」
「俺が盗んだみたいな言い方するな」
「…あれ気に入ってんだよ」
「なら取りに来ればいい」
「アァ?」
「いつもの時間には家にいる」
出向かなければ返して貰えそうに無いと分かったらしいジャンは舌打ちを一つしてフイと背を向け不機嫌な様子で歩いていく、ライナーはただ黙ってその背中を目で追う。
もうジャンが部屋を訪れるのは今日が最後かもしれない、そう思いながら。
そしてまた、夕日が部屋へ差し込み始めた頃ジャンがライナーの自宅へとやって来る、別れた時と同じ様な実に不機嫌な顔をして。出迎えたライナーはそんな表情ですら間近に見る顔は脳裏に焼き付けていたいとジッ、と見つめる。
「…何だよ」
「入れよ、コーヒーぐらいなら出せる」
「……おう」
部屋へと招き入れ、サイドチェストから煙草とジッポを取り出して差し出す。それを受け取ろうと伸ばしたジャンの手は何故だが、宙を掴む。
「テメエなめてんのか」
「…なめてない。話が、したかった」
「話?何のだよ」
「俺達、もう終わりなのか?」
「……ハァ?何も、始まってねえだろ」
「本当にそう思ってんのか?」
「何がだよ」
「少なくとも俺は、ただヤりてえからお前とセックスしてる訳じゃねえ」
「…じゃあ何だよ、ジョック様がバッドボーイにご執心てか?笑い話にもなんねえな」
「笑い話じゃねえ、真面目な話だろ」
「……それ聞いて俺にどうしろっつうんだよ」
「………俺の気持ちは伝えた、後はお前が決めろ」
「は、…?」
「これを持って今すぐ帰るなら、俺はもう追わない」
「…帰らなかったら、どうすんだよ」
「恋人になる」
「……バッカじゃねえの、」
至極真面目な表情のライナーが上へと持ち上げていた手を下ろし、宙を掴んだジャンの手へとそれを差し出す。手の内へ握るといつもは余裕綽々な表情のバッドボーイの顔はなりを潜めていた、どこか照れを隠すような、困ったようなそんな顔だ。
「俺だって、誰でもいい訳じゃねえんだよ…」
「…ジャン、」
「人の気も知らねえで、グイグイ来んじゃねえ」
ジャン自身もライナーに特別な感情を抱いていて、体から始まった関係だからとこれ以上勘違いしたくはないと頑なにキスを拒んでいたことも、あの日煙草を忘れていたけれど平然を装えないから戻ることは出来なかったことも、勢いに任せて吐き出す。
それを最後まで黙って聞いていたライナーは言葉が終わるのと同時にジッポを握り締める手をグイと引いて距離を詰める、初めて見るジャンの驚きに見開いた目は実に、新鮮だ。
「なん、だよ…」
「もう、していいだろ?」
「い、ちいち、聞くな、…」
ライナーの指が顎を掬ってまた二人の距離が詰まる、まるで初々しいカップルの様にジャンは途端に落ち着かない瞳をさ迷わせる。平然とジョックとセックスしていたバッドボーイはもういない。
目、閉じろ。そうこそりと囁かれて漸くジャンは目を閉じ初めて、二人の唇が重なる。触れ合うだけのそれを二度三度繰り返せばぎこちなかったジャンも自ら唇を寄せて互いに啄めば唇が触れ合う音だけがやたらと部屋に響いてジャンの体が熱を纏う。
「…あ。」
「……んだよ、」
「大事な事忘れてた」
「大事な事…?」
「好きだ、ジャン」
「…ア、アホか…!」
「お前は?」
「す、きに決まってんだろ、…」
照れ隠しのぶっきらぼうな言い方もまた愛しいとライナーの顔が綻び、ギシリとベッドが軋んで何度目かのキスを繰り返しながら二人は雪崩込む。
互いの唇が触れ合う度にライナーの口の中へ甘くて苦い香りが仄かに伝わって、ずっと味わっていたい。なんて頭の隅で思いながら今までの時を埋めるように夕暮れが過ぎて夜になるまで、恋人同士のキスが終わることは無かった。